日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「経験を積むということは、甲羅に苔が生えていくこと…?」

2012-11-26 14:35:35 | 日本語の授業
 曇り。今日、午後から雨になるそうです。

 先週の金曜日の朝のことです。やって来た電車に乗り込もうとした時、降りてきた乗客の一人に「先生」と呼びかけられました。ぼんやりしていた私は、一瞬、空耳かと思いましたが、慌てて、顔を上げて前を見ますと、学生がニコニコしながら、こちらを見ています。

 金、土、日と連休が続くので、夜の部にしてもらっていたのでしょう。高校を卒業して直ぐの学生がよく頑張っています。いつも同じような表情なので、仕事の辛さというのは私たちには、ちょっとわかりかねるのですが、きっと嫌なこともたくさんあることでしょう。

 上のクラスの学生の一人が、立派な体格を持ちながら、卒業生やクラスメートにアルバイトを紹介してもらっても、直ぐに直ぐにやめてしまうのを見ていますと、本当にこんな学生にホッとしてしまいます。

 とはいえ、先日、寮費の計算をしてもらっていた時に、なかなかわかってくれなかった学生です。こうやって立派にアルバイトをして生活費を稼いでいるのを見ますと、確かに頑張っているなという気がしてきます。その時も、「私は大学に行きたいです」とはっきり言っていましたし。

 ベトナムから来た学生は、国で一度も外国語を勉強したことがないのかと疑われるくらい、日本語の音が取れない人が多いのです(普通、二つ目の外国語というのは、一つ目の時に比べてかなり楽に習得できるものなのですが)。勿論、他の国の学生と同じように音を取ることが出来る人はいることはいますが、それは、かなり少ないのです。これは何もこの学校の学生だけというわけでもないようです。

 一度でも外国語を学んでいると(ある程度のレベルまで)、外国語に対して、「カンが働く」という面もあるでしょう、それから、「あの音は取れないけれども、大丈夫、もう少し経てば何とかなるだろうから」といった飛ばして学ぶこともできるようになるでしょう。

 それなのに、それもない。音も取れない。もし自分たちの国にいて、生活費を稼ぐ必要がなければ、(時間とお金がありますから)勉強だけに集中することも出来るでしょう。けれども、ここは外国。アルバイトはしなければなりません。

 最初は、大学に行きたいと言っていた学生も、この日本語学校での2年間が終わる頃には疲れてきて、学費が安い専門学校へ行きたいと言い出したりするのです。

 なかなか思っていたようにはいきません。この学校も、留学生達を大学ないし大学院へやることを考えて教材なども準備していたのですが、やって来たのは、「初級」がせいぜいというスリランカの学生でした。初めてのことで、こちら側も、アップアップしながら教材作りに追われる毎日。「上級」が終わってからの教材のことを考えたことはあっても、「初級」の、しかも「四級」レベルの教材を考えなければならない羽目に陥ろうとは、多分、あのころの教員は誰も考えたことなんてなかったでしょう。だいたいそれまでは、「三級」とか「四級」というのは「流すだけ」のようなものでしたから。

 「本人がやる気がないのだから、いくらこちらが頑張っても無駄だ」という気持ちと、「それでも、日本にいるのだから何とかしなければ、辛い思いをするのは彼等の方だ」という思いとが、大波小波でやってきます。

 その頃は「いったい、どうしたらいいんだろうね」というのが教員達が集まればまず第一番に口から出てくる言葉でした。

 その、困ったさんの彼等が頑張れたのは、専門学校の入学試験の時だけ。「がんばれるじゃん」で、久しぶりに、教えれば覚えてくれるという満足感を味わい、そしてその時の学生達は「立派に」出ていってくれたのですが。ところが、こういう昂揚感はベトナム人学生からはどうも味わえないようなのです。

 なぜかと言いますと、ベトナム人で、今、学校にいる学生達は、本質的に真面目なのです。疲れていて、来られないとか、遅れてしまうということはあります。休み時間(10時半から11時まで。ただし、本来は漢字の練習時間です)になると、「先生、お腹が空いた。とても空いた。帰ってもいいですか」で、黙って帰ることなく、ちゃんと許可をもらって帰り、11時になる頃には大慌てで戻ってくるのですから。

 今はいい加減だと思われるような学生はほとんどいないのです。本当は適当にしたいと思っている学生も、皆の空気がこんなふうだとそれもしにくいのでしょう。だから、この面ではいいのです。ただ音が取れない。だから単語が覚えられない。習った単語をCDなどで聞き、確認しながら自然に覚えていくという作業が出来ない。「N3」のテストにしても、上のクラスは「ヒアリング」がよくて「読解」がガタガタなのに、彼等は「ヒアリング」がガタガタで、「文字語彙」は、まあ、それほどでもないのです。

 本当に同じ問題が生じるということはありません。とはいえ、確かに、こうやって、甲羅に苔が生えていくのでしょうけれども。

日々是好日