とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2014熊野古道:ホテル浦島大洞窟風呂

2014-11-06 22:09:44 | 観光
那智駅から紀伊勝浦駅前の民宿に向かう。予定よりだいぶ早く着いたので、民宿の主人にホテル浦島の温泉に入浴できるか聞いてみた。まだ時間が早いので、今から行けば夕食までには間に合うだろうと、日帰り入浴券を定価の半額で売ってもらった。那智勝浦温泉といえばホテル浦島の大洞窟風呂が有名である。ここまで来たら一度は行ってみたかったので、さっそく日帰り入浴券を購入し入浴セットを持って民宿を出た。

ホテル浦島は、勝浦漁港から連絡船でしか行くことができない。とはいえ、船に乗っている時間は5分程度だ。宿泊客や日帰り入浴客は無料で乗船できる。このホテルは、漁港の反対側にある半島の狼煙山という山の部分を丸ごとホテルにしたという超巨大な温泉ホテルである。

(ホテル浦島HPより)

ホテルで入浴手続きを済ませ、さっそくお目当ての大洞窟風呂「忘帰洞」に向かう。とにかく巨大なホテルなので、目的地に着くまでの距離も長い。通路には、まるで大病院のように色分けられたラインが示され、それに従って目的地に向かう。


ここが、大洞窟風呂「忘帰洞」の入り口だ。


中に入り上を見上げると、洞窟の天井が見える。この洞窟内には男女別々の仕切りがあり、それぞれ巨大な浴槽が広がっているのだから、如何に洞窟が大きいのかがわかる。


さっそく、「忘帰洞」の中に入った。大きな浴槽と流し場があり、その先には洞窟の出口が広がり外海が見えていた。日本には、こんな場所があったのかと驚きで一杯になった。名前の由来が「忘帰洞の湯に浸かれば家に帰るのを忘れてしまう」という事だと言われているのも大いに頷ける。

(ホテル浦島HPより)

洞窟の出口付近まで浴槽があり、熊野灘の絶景を温泉に浸かりながら眺めることが出来るのだからたまらない。早朝であれば、海からの日の出も見えるに違いない。

(ホテル浦島HPより)

このホテルには、「忘帰洞」以外にも、玄武洞、遥峰の湯、磯の湯、天海の湯等たくさんの温泉がある。すべての温泉に入るのは宿泊しないと無理なので、一番大きい「忘帰洞」だけで良しとした。機会があれば、このホテルに宿泊するのも悪くないと思った。

なかなか来られるわけでもないので、ホテル玄関前のカメと一緒に記念撮影だ。


ホテルの桟橋で、連絡船の到着を待つ。


連絡船は、ホテル浦島らしく可愛いカメの形をしている。船内は満員となっており、ひっきりなしに観光客が到着していた。このホテルは不況知らずで、まったく凄い人気である。


再び勝浦漁港に戻り、歩いて民宿に向かった。ちょうど夕食時間ぎりぎりに間に合った。民宿の料理もなかなか凄い。勝浦は、延縄漁法による生まぐろの水揚げが日本一だそうでマグロ料理が名物なのだ。この日も、マグロ料理中心に鯨料理もついた。メニューは、■すき焼き■ごまの豆腐グラタン■鯨の尾羽毛■鯨の内臓料理■マグロの酢の物■マグロの味噌カツ■漁師さんからもらったマグロの胃袋料理■マグロのカマの塩焼き■マグロのつみれ汁■マグロと旬の地魚のお刺身等マグロづくしであった。


ビールは、熊野古道麦酒という地ビールを頂く。


食べきれないほどのおかずでお腹がいっぱいとなり、話も弾んだ。民宿のお風呂も温泉なので、寝る前にもう一度入って就寝した。いよいよ、翌日は、熊野那智大社を目指す旅となる。

「2014熊野古道:那智駅から大門坂へ」に続く。

2014熊野古道:熊野速玉大社から高野坂へ

2014-11-05 23:08:16 | 観光
熊野川の川下りを終え、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)に向かった。川原から少し上がったところに速玉大社がある。




熊野速玉大社は、熊野三山の一つで熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。熊野速玉大神は、伊邪那岐神(イザナギノミコト)、熊野夫須美大神は伊邪那美神(イザナミノミコト)とされる。もともとは近隣の神倉山の磐座に祀られていた神で、いつ頃からか現在地に祀られるようになったといわれている。神倉山にあった元宮に対して現在の社殿を新宮とも呼び、現在の新宮という地名もそこから来ているようだ。まずは、拝殿に参拝する。




境内には、御神木「梛(ナギ)」がそびえている。樹齢千年のナギの大樹は熊野権現の象徴として信奉篤く、古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとされているそうだ。


これはお土産屋だが、この辺りでは古来から伝わる川原屋という造りの折り畳み式の家屋である。建物の各材をすべてはめ込み式にしていて、 釘1本も使っていない。これは、年に 5 ~ 6回あるといわれる不時の洪水の際、短時間で家を折り畳み、高い場所に一時避難し、水が引けばまたもとの場所に戻って家を建てる必要から生まれたきわめて簡便な住宅だ。全国でここだけにしかなく、八畳の建物が基本で、継ぎ足せばさらに広いものにもできるそうだ。


速玉大社を出るとお昼となり、新宮駅前で昼食とする。そして、いよいよ熊野古道中辺路の仕上げのコースに入っていく。しばらくは、市街地の中を歩くので古道らしくない。さらに歩くと中国風の建物の前に来た。徐福公園と名付けられたこの場所は、今から二千二百年ほど前、中国を統一した秦の始皇帝に仕え、その命により、東方海上の三神山にあるという不老不死の霊薬を求めて三千人の童男童女を引き連れ、この熊野に渡来したと伝えられている徐福を記念して整備されたという。


市街地から松林の中を抜けると、堤防に出た。ずっと先まで熊野灘の海岸線が続いているのが見える。


堤防が切れると、砂浜に下りて歩くことになった。




波しぶきが大きく、打ち寄せる度に白い白煙が高く上がっている。


時折、JR紀勢線が通り抜けて行く。電車に乗っている人たちからも波打ち際を歩いている我々が良く見えていたことだろう。


大きな岩山が見えてきたところで浜辺歩きは終わり、水路から線路の下をくぐっていく。


階段を上がるとトイレがあり、熊野古道高野坂(こやのざか)の入り口となる。


JR紀勢線の線路沿いに少し歩くと山林に入っていく。やや急な登り坂となり、いろんな植物や複雑な形をした木の根がおもしろい道が続く。




お地蔵さまや、五輪塔などを見て、金光稲荷神社を過ぎると展望台入口に出た。畑などもあり地元の人たちの生活の場所でもあるようだ。展望台方面に進むと、海に向かって視界が開け熊野灘が一望できる場所に出た。高野坂では、一番の絶景ポイントだ。




展望台から引き返すと、下り坂となり、熊野古道らしい石畳の道が続く。ただ、相変わらず小雨が降り続いており、石畳は滑りやすいので慎重に下る。




小川の横を歩いていくと、高野坂の終点となる。そのまま小川に沿って歩き、三輪崎駅まで歩いて休憩とした。当初の予定では、さらに歩いて那智駅まで行く予定だったが、この先は国道歩きで古道の雰囲気はあまりなく、つまらなさそうだったので、そのまま三輪崎駅で電車に乗り那智駅まで向かった。

那智駅で、置いてあった車に乗ってこの日の宿である那智勝浦の民宿に向かった。

「2014熊野古道:ホテル浦島大洞窟風呂」に続く。

2014熊野古道:那智駅から川の参詣道へ

2014-11-04 23:12:11 | 観光
今年の春に行った熊野古道中辺路の仕上げとして熊野三山全てを回ることにした。春の時は熊野本宮大社までだったので、秋はその先にある熊野速玉大社、熊野那智大社を巡ることになる。今回の参加者は、YさんとKさん夫妻だ。

熊野速玉大社と熊野那智大社の両方を1泊2日で回るとなると、車で行った場合は、那智駅前にある道の駅「なち」に車を止めるのが一番いい。前日夜立ちで到着した道の駅「なち」で朝を迎えた。雨模様で生憎の天気だった。


まずは、那智駅からJRに乗って新宮駅まで向かう。乗客は、我々中高年のメンバー以外高校生だらけだ。なんだか通学列車に乗り合わせたような雰囲気だった。


20分ほどの乗車で新宮駅に到着する。


新宮駅からは、熊野交通バスで本宮大社行きに乗車する。


日足(ひたり)というバス停で下車すると、熊野川川舟センターの人が迎えに来てくれていた。迎えの人の案内で川舟センターまで行き、舟下りの手続きをする。この日は、ずっと雨模様で舟下りが出来るかどうか心配だったが、水量はまだそれほど多くなく、ダムの放流もないので予定通り運航するとの事だった。雨具、笠、救命胴衣を全て身につけ、バスで乗船場まで向かった。


川原では、既に船頭と語り部が待っていた。


いよいよこれから乗船だ。


語り部の話を聞きながら、舟下りが始まった。徒歩を原則とした熊野詣だが、本宮-新宮間の往復には昔から熊野川の舟運が利用されていたそうだ。熊野川は単なる水上交通路ではなく、熊野参詣の道であり、世界に類のない「川の参詣道」として文化的意味でとても貴重なものだと考えられ、世界遺産にも登録されている。


午前中は、雨が酷く雨に打たれながらの舟下りではあったが、雨の日だから見られる景色が堪能できた。それは、雨で水量を増した滝がいたるところで見られたことだ。晴れている時では見られない幻の滝もあるのだ。




屏風を重ね合わせたような柱状節理の岩壁。


まるでサルの顔のように見える。苔が作り出した自然の造形だ。


語り部の話は、さらに続いた。


釣鐘石と呼ばれる岩場。


人の顔のような岩壁。


鵜が川べりにとまっていた。アユを食べてしまうので困るという。


御船島(みふねじま)。熊野速玉大社の境内の一部で、熊野速玉大社の例大祭「御船祭(みふねまつり)」で祭礼の場となる島だという。


国道の赤い橋が見えてきた。


無事、熊野速玉大社下の川原に到着する。これから、速玉大社に参拝だ。


「2014熊野古道:熊野速玉大社から高野坂へ」に続く。

熊野三山詣で、最終目的地まで歩く

2014-11-03 19:01:50 | 観光




1日、2日と熊野古道中辺路の仕上げという事で、熊野川舟下りで川の参詣道を通り、熊野速玉大社、熊野那智大社まで歩いた。
川の参詣道は、大雨の中どうなる事かと思ったが、雨の日ならではの滝見や奇岩景勝を堪能し熊野速玉大社に到着する。
熊野速玉大社に参拝した後、熊野灘の浜辺歩きや古道の雰囲気が色濃い高野坂を楽しむ。
高野坂の展望台からは、熊野灘の眺めも堪能できた。
紀伊勝浦温泉に宿泊し、洞窟風呂やマグロ料理を楽しむ。
翌日、那智から熊野那智大社まで歩く。
熊野那智大社の入り口となる大門坂は、苔むした石段と杉木立が熊野古道の面影を最も留め幽玄な趣がある。
最後の参拝を済ますと、三重塔の先には豪快な那智の滝が見える。古の人たちが如何に感動したかが良く分かった。
帰り際には、熊野三山信仰に先立つ古代からの聖地「イザナミノミコトの墓陵」とされる花の窟神社に立ち寄る。
まさに日本人のルーツといえる場所になるそうだ。
いろいろ変化に富んだ場所を巡り、楽しい旅となった。

写真の整理に時間がかかるので、詳細は順次アップしていくつもりだ。