とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

災害時の非常食等の見直し

2009-09-10 22:23:21 | 呟き
8月に震度6弱の地震に見舞われた静岡県在住の人間としては、改めて地震対策の必要性を認識したはずである。我が家でも何年も前から対策をして準備は抜かりないと思っていた。だが、喉もと過ぎれば暑さを忘れるがごとく、ここ最近は、地震のことなど全然気にしてなかった。

先日の地震で、すわっ「東海地震」かと思ったのは確かである。幸い、東海地震とは関係ないということで、さらに今後の備えを十分しなければいけないと思いを強くしたのであった。

家具などの固定について見回したら、本棚や食器棚、箪笥は固定済みだが、テレビなどのAV製品は全然対処してなかった。大型テレビが吹っ飛ぶとかなり危険だ。テレビ、パソコン類も固定方法を見直さねばならない。また、非常食も買ってから何年も経っている。賞味期限が過ぎてしまっているので、こちらも新しいものに買い換えておかねばならない。また、最も大事な飲料水も賞味期限が過ぎていた。非常食、飲料水いずれも手遅れにならないうちに買い換えておくことにしよう。

「選択的注意」で田部井さんの番組を発見

2009-09-09 22:27:49 | 呟き
心理学用語で「選択的注意」という言葉があるのを、松岡圭祐の「千里眼」シリーズを読んで知った。「選択的注意」とは、“人ごみの中から知り合いの顔を見つけ出すような、妨害物の中から意味のある「標的を見つけ出す」という重要かつ基本的な認知機能である”。そして、“選択的注意”を集中すると「人の次の行動が読める!」「表情の変化を察知できる!」「物が速く数えられる!」「勘が冴える!」「探し物が見つかりやすくなる!」などの効果があるそうだ。

「選択的注意」を集中していたつもりはないのだが、新聞のテレビ欄を見ていたら、NHKの昼間の番組で田部井淳子さんが出演することが書かれた番組が目に入った。テレビ欄等、普段からじっくり見ていたことはないのだが、何故か目に入ってきた。最近テレビでもよく見ていたし、先日、本人にも会ったばかりであったので特に印象が強かったのかもしれない。

早速、DVDレコーダーにGコードで予約して、帰宅してから番組を見た。NHK教育の趣味悠々に出演していたことから、番組紹介の一環で出演していたようだ。山登りの基本や、山を始めたきっかけの話、いろんな山に登った話、女性だけの山登りの会MJリンクの話など興味深い話を聞けた。2年前に乳がんを山で自覚したが、直ぐに手術をして一週間後には元気に海外の山を登った話にはビックリした。今年で70歳になるというのに若々しくて元気な女性である。田部井さんに負けないよう、これからも山登りを楽しんでいきたいものだ。


タイヤキについて考える

2009-09-08 23:47:29 | 呟き
車を運転中にラジオを聴いていたら、永六輔がタイヤキの話をしていた。
普通考えると、タイヤキの尻尾まで餡子が入っている店が良心的で、尻尾までは入っていないタイヤキ屋はあまり良心的でないと思うのだが、それを聞いていたある人が反論を唱えた。

タイヤキというのは、尻尾まで餡子を入れてはいけないと言うのだ。尻尾はカリカリに焼いたほうがいいらしい。カリカリに焼いた尻尾は、甘い餡子を食べた後の口直しになるから餡子が入っていないほうがいいというのだ。アイスクリームにウエハースを載せるのも口直しのために載せるらしい。

はっきり言えば、どうでもいい話だが理屈をつけるといろんな解釈があると思った。ただ、私だったら尻尾までしっかり餡子が入っていたほうが嬉しい。まだ、タイヤキの季節ではないが、寒くなったらホカホカの餡子が詰まったタイヤキを食べたくなるだろう。

そういえば、最近「白いタイヤキ」なるものが流行っているらしい。しばらく前に食べてみた。食べてみた感じは、まあ美味しかった。食感はモチモチ感があり、カリっとしたふつうのタイヤキとは違う。タイヤキの形をした大福餅といっていいだろう。しばらくは、目新しさから結構売れているようだが、タイヤキは昔ながらの茶色い色でカリっとしたほうがいいと思う。「白いタイヤキ」をまた食べてみたいとは思わない。タイヤキは昔ながらの味のほうが飽きが来ないだろう。

小説「千里眼シリーズ」

2009-09-07 20:59:23 | 読書
このところ、図書館から借り出して読み込んでいるのは、松岡圭祐の「千里眼シリーズ」である。クラシックシリーズ16巻、新シリーズ12巻という長いシリーズ物である。主人公は「岬美由紀」という28歳の女性で、防衛大学校首席卒業の後、航空自衛隊で女性自衛官としては史上初めてのF15のパイロットになったという伝説の存在であったが、不祥事を元に退職して臨床心理士(カウンセラー)となる。戦闘機乗りだったために動体視力が高く、人の僅かな表情の変化から一瞬にして人心を読み取ってしまうという能力を持つ。これが「千里眼」という呼び名がついた由来である。

ちょっと前までは全然この本のことは知らなかったのだが、図書館で本を探している時、シリーズ物としてたくさんあったことと、表紙の絵が気に入ったので借りてみたのだ。読み出してみると、北朝鮮の工作船や同時多発テロ・イラク戦争など、国際的時事問題を盛り込んで、スピーディに展開するストーリーに嵌ってしまった。美人で、人が考えていることを一瞬で判ってしまう能力、戦闘機や戦車、ヘリ等も簡単に乗りこなしてしまうスーパーヒロインに圧倒される。娯楽小説として、大ベストセラーになっていることも頷けた。

松岡圭祐の小説には他に「催眠」という作品がある。これは、稲垣吾郎が主人公の嵯峨敏也役を演じ映画化されていて見たことがあった。なかなかおもしろい映画だったのだが、作者のことまでは思いが寄らなかった。また、WOWOWでも「碧い瞳とニュアージュ」という作品が放送され、こちらは深田恭子が元臨床心理士の「一ノ瀬恵理香」を演じていた。これも松岡圭祐の作品であった。千里眼シリーズを読み出して、どちらの作品も同じ作者だったと知ってさらに興味が深まって、読み続けている。千里眼シリーズでは、嵯峨敏也や一ノ瀬恵理香も登場してくる。別のシリーズの主人公がクロスオーバーして出てくるというのはなかなか嬉しいものであり、作者のヒーロー、ヒロインへの愛着が感じられる。

今のところ11冊ほど読み終わった。まだ、半分以上あり、図書館に予約をいれて次の作品を取り寄せているのだが、新しい作品は、結構予約が入っていてなかなか回ってこない。たまたま連絡が来た作品は、上下巻もので下巻が先に届いたようである。やはり上巻から読みたいので、上巻が早く届かないかとやきもきしている。

鹿島花火大会

2009-09-06 21:53:01 | 観光

(花火1)

(花火2)

(花火3)

(桟敷席の様子)

昨夜は、浜松市天竜区の天竜川河原で行われた「鹿島の花火」大会を見に行ってきた。当初は8月1日の予定であったが、雨や河川の増水等の要因で延期され、結局1ヶ月遅れの開催になっていたのだ。各地で財政難のため中止されていたのも係わらず、延期とはいえ開催されたことはありがたい限りだ。

以前にも、打ち上げ場から大分離れた河原や道路上から見たことはあったが、今回は桟敷席の券を購入して見に行った。当日券は1000円だが前日までは前売り券で800円ということで、前日の日にあわてて販売先のコンビニで買い求めておいた。家族や親戚に声をかけたら8人ほど集まり、会場近くの駐車場に車を停め、1~2キロ先の桟敷席まで歩いていった。

堤防の端にはすでにたくさんの観客が思い思いにシートを敷き、食事をしたり寝転びながら開催を待っていた。桟敷席は有料だけあって、やはり一番見やすい。超満員というほどではなく、足を伸ばし寝転がって見れるだけのスペースは充分あった。持ち寄ったおにぎりや御摘み等を食べながら花火を充分堪能した。打ち上げ場が直ぐ近くなので、視線は横というより真上になってしまう。首が疲れるので寝転がってみたほうが楽なくらいだ。ただ、花火のカスが大量に頭に降ってくるのは閉口した。家に帰っても体についた火薬の臭いが気になった。

さて、今年はここの花火が最後になることだろう。9月に入り、夜は涼しく河原にいるのは心地よい季節となった。こんなことなら、来年も8月ではなく9月のほうがいいかなと思った。

以下は動画です。
「鹿島花火1」

「鹿島花火2」(縦撮影なのだが縦向きに表示できないので首を横にしてみて欲しい)

「鹿島花火3」


旭山動物園前園長“小菅正夫氏”講演「命のメッセージ」

2009-09-05 14:36:32 | 社会人大学
社会人大学7回目は、今をときめく旭山動物園の園長だった小菅正夫氏の講演だった。一時は閉園の危機に立った旭山動物園を再建し、日本最北にして日本一の入場者を誇る動物園にまで育て上げた人の話とあって、たくさんの人が聴きに来ていた。

小菅正夫氏のプロフィールを紹介しておこう。

北海道札幌南高等学校を経て、1973年北海道大学獣医学部卒業。在学中は柔道に打ち込み、キャプテンもつとめた。本人によると、ここでの過酷な練習であまりにも腕が太くなり、牛の直腸に腕が入らず産業獣医師を断念したという。就職先が見つからず悩んでいたところ、卒業間際になって旭山動物園の獣医師募集を知り応募。獣医師としてスタートした。 著書や雑誌のインタビューで必ず触れる北大柔道部の生活が小菅の原点である。そこで得た組織論が、旭山動物園の改革にすべてぶつけられ、大成功につながった。

講演の内容は、動物の飼育を通して感じた命の大切さについての貴重な話であった。いろんな動物の写真やビデオを交えた興味深い話が続き、時間が経つのも忘れた。動物にまつわる話をいくつか紹介してみよう。

「アザラシ」
とっても好奇心を持っている動物で、動物園での展示はその好奇心を遺憾なく発揮できるような構造になっている。プールの底には6mの円筒状のガラス張りのゾーンが作られ、アザラシはその周りにいる人間を見にもぐって来るそうだ。人間が見に来ているというよりもアザラシがおかしな動物がガラスの向こうにいるのを見に来ているというのだ。人間を観察しているのらしい。だからお客がいないときは、円筒にはもぐってこないそうだ。ビデオでの動きはとても可愛く、実際に見に行きたくなった(見られにかな)。子を産んだばかりの母アザラシは20日くらいまでは子アザラシをしっかり面倒見るが、その後はまったく手をかけないそうだ。好奇心が強いという習性によって採食に導くというのが子育ての基本で、あとは自分で生きていくしかないというは厳しい世界である。

「カバ」
動物園では、カバの繁殖力が強く増えすぎるというので出産制限のためにオスとメスを何年も離れ離れにして飼育していた。離れ離れになった夫婦は隣り合わせで鳴き声を交わすだけの長い別居生活が続いていた。本当は片時も離れたくなかったのであろう。だが、ある時空調機が故障して修理のために同じ部屋に二日間一緒にいることになった。2tから3tもあるカバ同士の繁殖行為はたいへんなことである。小菅氏もまずそんなことはないと思っていたらしいが、誰も気付かないうちに夫婦の愛を確かめあったらしく子供が出来たという。カバの夫婦愛はたいしたものである。

「オオカミ」
家族の絆が強い動物で、子供を生んだオオカミは命をかけてつくす。親は痩せ細っても子供のために餌を運ぶそうである。北海道に昔から住んでいたエゾオオカミは薩摩から北海道に移り住んだ人たちによって絶滅に追いやられたという話は、残念な話である。

「オランウータン」
別名「森の人」というだけあって、最もヒトに近い生き物である。生物学的にもヒト科に属しサルではないのだ。このオランウータンの子育ての様子も興味深い。人が子育てをするというのは本能ではなく、経験とか教えがあってできるという。子供を出産したメスのオランウータンは母親がいなく、子供を育てるという経験もなければ、見たこともなかったのだ。出産した時は、訳もわからずオロオロした様子がビデオで流されていた。飼育係が子供を抱いておっぱいをあげるように教えなければ、すすんで子供を抱くことがなかった。だが、何度も教え経験させることによって子供をしっかり抱きかえるようになっていく。以後、けっして子供をほったらかしにするようなことはなかったという。サルの場合は、本能で子供は親に抱きつき、親もなすがままに子供に乳を飲ます。それに引き換え、ヒトの赤ちゃんは親が面倒見てあげなければ死んでしまう。それがサルとヒトとの違いであるという。

小菅氏の話の中に、命が伝わった瞬間はどんな時だったのかという話があった。子供にウサギを見せて絵を描いてもらう。そして、感想を聞くと一様に「可愛い」と返ってくる。だが、見るだけでなくウサギを抱き上げる等直接体に触れさせてから絵を描いてもらうと絵の内容も幅が出来、感想は「あったかい」「やわらかい」「ふにゃふにゃしてる」といったように多種にわたってくる。これが命が伝わった瞬間であるという。まさしく、動物と触れ合うことによって命があるというのが伝わったのだなと思う。

また、死の重みには差があるという話もなるほどと思われた。人や動物には関係なく、我々の身近な周りで起こる死の瞬間、人の感じる死に対する重み付けは身近な命か遠い命かによって変わってくる。身内や大好きなペットの死は身近だが、見も知らない人の死や路上で死んでいた犬猫の死は遠い命である。気の毒と思っても、やがて忘れ去ってしまう。人が生きていることを実感するのは、大事な命が死んだ時であるという。やはり、身近な人の死というのは、残された人たちにとっては生を感じさせる大事な瞬間なのだと思う。

動物の飼育から得た話であったが、人が生きていくうえでは参考になる。全ての生き物は、他の生き物の命を糧にして生きているのだということを忘れてはいけない。今回も大変貴重な話だった。この講演の話は「旭山動物園園長が語る 命のメッセージ」という本が出版されており、そちらにはもっと詳しく書かれているようだ。

北アルプス大縦走「前編」を見た

2009-09-04 23:52:44 | 山登り
今日は、夜8時からNHKでアナウンサーの内田さんと登山家の田部井淳子さんが3週間かけて歩いた北アルプス大縦走の様子が放送された。用事があったので、予約録画しておき先ほど見終わったところだ。

この日は立山の雄山をスタートして、五色ヶ原、薬師岳、雲の平に到着するまでの前半の様子を放送していた。私が、何年もかけて歩いてきたコースを一気に歩いていたのだ。途中雨にも降られたりしていたが、無事に半分の工程を終えていた。

放送では、厳しい岩場や沢歩き、雪渓歩きもあり、美しい高山植物やライチョウ、可愛いオコジョなどの映像も流れ北アルプスの魅力全開だった。そして、太郎平小屋から見た燃えるような雲と夕日、雲の平から眺めた全天を覆う大きな二重の虹等は感動で泣けてくるほどの素晴らしい映像だった。こんな映像を見ると、やっぱり北アルプスが恋しくなる。素晴らしい番組を制作してくれた番組スタッフには大いに感謝したい。

谷川岳登山(後編)

2009-09-03 22:09:15 | 山登り
谷川岳のトマの耳とオキの耳を登り終え、山頂直下の肩の小屋まで下りていった。避難小屋と思っていたが、管理人がいて食事ができ、トイレも完備していてきれいな建物だった。

中で休憩していいとの事で、靴を脱いでフローリングの部屋で昼食休憩をとることにした。山頂で昼食にしても良かったのだが、風があり景色も見えないので小屋まで下ってよかった。他に来る人もいなかったので、広いフロアに荷物を広げた。お湯も沸かし、ラーメンやらスープ、焼そば等の温かい食事を取ることができた。

コーヒーを一服して、小屋を出ることにした。天神尾根のルートは西黒尾根と比べるとずっと整備されているかんじだ。道は広く、多くの登山者が行きかうことが出来そうだった。

しばらくすると、若い女性の一団が登ってきた。山でこれほどの若い女性を見かけることはなかなかない。何だろうと思いながら下っていくと、先頭にいたIさんが最後にすれ違った女性に声をかけた。「田部井さん?」との問いに、「そうです。」という返事が返ってきた。最後の女性は、若くないが(失礼ながら)あの有名な登山家の“田部井淳子”さんだった。つい先日もテレビで見たばかりの有名人が目の前にいたのでビックリだ。カメラマンもいるかと思ったが、この日はテレビとは関係ないようだった。登山中で失礼かとは思ったが、このチャンスを見過ごすわけには行かない。無理を言って、記念写真に加わってもらった。

あまり長話もできず、写真に入ってもらうだけで別れたが、はるばる静岡からやってきた甲斐があった。

帰ってから、Iさんが調べた情報によると、この日は“自然に親しみたい20代~40代の女性のためのネットワーク”「MJリンク」という会の催した登山だったようだ。会の呼びかけ人が田部井淳子さんで、年に数回の登山を企画しているようであった。私も出来ればこの会に入りたいのだが、残念ながら入会資格がないようである。

田部井さんと別れた後も、さらに尾根を下っていくと広いササ原の尾根に出た。

少しガスが晴れ下の様子が見えてきた。晴れていれば、開放的な斜面で気持ちいいだろうなと感じた。ササ原からは整備された木道がずっと続いた。

熊穴沢ノ頭避難小屋をすぎると緩やかなアップダウンの道になる。木道は更に続いていたが、途中で気を抜いたせいか木道でツルッと足を滑らせ転倒してしまった。濡れた木道は結構危ないのだ。幸い、大した打撲ではなかったので、そのまま起き上がり歩き続けた。肩の小屋からほぼ2時間程で天神平のロープウェイ乗り場が見えてきた。

周りには、たくさんの観光客がいるのが見えた。これで、登山は終わりである。


ロープウェイの片道切符を買って、ロープウェイに乗り込む。

ロープウェイは新しく乗車定員も22名と広々としていた。ロープウェイの中から山を振り返ると、ガスがとれ谷川岳の輪郭が見えていた。

今頃になって、こんなに見えてくるなんて、ちょっとガックリ。今山頂にいる人は、景色よく見えてるだろうなと思いながらロープウェイに乗っていた。

駐車場に戻り、車を出すと晴れた空になっていた。あとの楽しみは温泉である。温泉は近くにある谷川温泉・湯テルメ谷川にした。川沿いの露天風呂と3つの源泉が楽しめる素晴らしい温泉である。小ぶりながら、3種類の泉質が違う温泉を楽しめるのは贅沢だ。しかも、川沿いの露天風呂も風情があって、景色を見ながらの入浴は癒された。ゆっくりしたい温泉だが、帰りのこともあり、あまりノンビリできない。帰りの高速も渋滞に何度も嵌り、家に着いたのは日を跨いでいた。遠かったけど、充分楽しめたし、憧れの谷川岳はやはり名山であった。

谷川岳登山(前編)

2009-09-02 22:33:15 | 山登り
先週末、期日前投票を済ませ夕方から谷川岳へ向かった。日本百名山として有名な山ではあるが、別名「魔の山」として一般的には恐れられている山だ。昔から、遭難といえば谷川岳というイメージが強く、名前を聞くだけで恐れをなしていた山でもあった。ただ、それは冬期の一ノ倉沢などの岩壁登攀のことであって、多くの一般登山者が登る谷川岳は、まったく別の『行楽の山』と言ってもよく、肩の広場から山頂一帯にかけてはお花畑が広がる素敵な山でもある。つい先日も、NHK教育テレビの「田部井淳子の登山入門」という番組で谷川岳登山の様子が放送されたばかりであった。山は初心者である、タレント“ルー大柴”氏が田部井さんと楽しく登っていた様子も見ていた。

浜松から谷川岳までというと約400キロもある。現地に行くにも時間がかかるので、早めに家を出た。東名、中央高速、圏央道、関越道と高速を乗り継いでいったが、首都圏に近いことから各所で渋滞に嵌った。それでも、24時前には、登山口となる谷川岳ロープウェイの駐車場に着いた。ここの駐車場は立体駐車場で1Fだけは24時間何時でも入ることができる。今回は6名集まったので、車内に4名、テントに2名と別れ仮眠をとった。外は雨もパラパラと降っていたので屋根のある駐車場で助かった。

5時起床と約束していたが、長旅で寝過ごしてしまいテント組に起こされた。準備をしていると係員がやってきて駐車料金を請求され、500円を支払った。ロープウェイの始発は7時であり、駐車場はガラガラであった。我々も当初はロープウェイで先ず天神平に行くつもりであったが、よくよく調べてみると、ロープウェイを使って山頂往復では初心者向きのコースとなり、あまりにも楽すぎるのでロープウェイを使わず、そのまま山頂を目指すことにした。6Fのロープウェイ乗り場を尻目に、谷川ベースプラザから西黒尾根登山口に向かった。時間は6時半と予定より30分遅れだ。


登山口手前の「谷川岳登山指導センター」で登山届けを提出して、西黒尾根に取り付いた。

前日の雨は止んでいたが、ガスがかかり快晴は望めない状況だった。雨風がないだけでもありがたいと思い登りはじめた。鬱蒼とした森林のなかは薄暗く「魔の山」に登るという緊張感が張り詰めた。

とはいえ、そんな先入観がなければ、ごく普通の山歩きである。ただ、普段から陽が当らないせいか登山道は湿っていて、滑りやすい。粘土質の土の上は特に慎重に歩かないと滑ってしまう。この西黒尾根から谷川岳までは、登山マップでは約4時間となっていた。ガイドブックでは健脚向きとなっており、特に下山に使うと危険な箇所が多いという記載が多かった。急坂が続き、クサリ場の下りは特に慎重を記すようなのであえて時間がかかっても上りで行ったほうがいいという判断でこのコースにしたのだ。そして、今回の仲間はクサリ場が大好きな人たちばかりなので、結構楽しめたかもしれない。

1時間半ほど歩くと、お楽しみのクサリ場がいくつも現れた。一つ一つがかなり長く大きな岩をクサリを使って登るのはスリルがあって楽しく、ルートファインディングの練習にもなった。

(クサリ場1)

(クサリ場2)

(クサリ場3)

(クサリ場4)
上りだから良かったものの、下りに使うと濡れた岩場は滑りやすく危険なので正解だったかもしれない。上り始めて、ラクダのコブに行くまで他のパーティには、まったく出会うことなかった。早い時間だからなのか、元から歩く人が少ないのか判らなかったが、静かな山歩きだった。その後、しばらくして上から声がして二人組が下りてきた。始発のロープウェイに乗って天神平から谷川岳に登り西黒尾根を下山してきたらしい。初めてらしく、下りのクサリ場は気をつけたほうがいいと伝え、別れた。

ラクダのコルを過ぎると、高山植物をちらほら見かけるようになってきた。谷川岳も高山植物が豊富な山としても有名なようだ。8月後半なので、花の種類も変わり、この日はトリカブトの他、オヤマリンドウ、ツリガネニンジン、ハクサンフウロなどを見かけた。

(オヤマリンドウ)

(ハクサンフウロ)

(ツリガネニンジン)
7月下旬、8月上旬ではまた別の高山植物が楽しめたに違いない。

高山植物の間を更に進むと、北アルプスでは標高2500mくらいで出会うような岩場が標高1600mくらいで現れてきた。さすが谷川岳である。アルペン風の景色に感動する。

ここでも長いクサリ場をよじ登り先に進んだ。腕力がないと、筋肉痛になりそうな場所が長く続いた。

ザンゲ岩では、何かザンゲをしなければいけないかなと思いつつ写真だけとって先に進んだ。

そして、歩くこと約4時間で肩の小屋と谷川岳との分岐に着いた。

分岐から約15分ほどで、双耳峰である谷川岳のトマの耳(1963m)に到着した。さらにその奥にはオキの耳(1977m)があり、こちらも15分ほどで到着した。どちらでも記念写真を撮って、谷川岳の二つのピークを無事制覇した。


これで59番目の百名山である。

元来この山はトマ・オキの二つ耳(2つの頂上の意)と呼ばれ、谷川岳の名は隣の俎嵒(マナイタグラ)に与えられていたのだが、国土地理院の5万分の1地図の誤記のために、トマ・オキの二つ耳が谷川岳と呼ばれるようになったそうである。ちなみにトマの耳には薬師岳、オキの耳には谷川富士の別称があるらしい。

山頂を制覇したもののガスがかかり、展望はまったくない。晴れていれば、恐ろしい断崖絶壁や周辺の山並み等も楽しめただろうが、晴れる様子もなく下山することにした。この続きは後編へ。



映画「20世紀少年 <最終章> ぼくらの旗」

2009-09-01 21:12:13 | 映画


先週末、映画「20世紀少年 <最終章> ぼくらの旗」が公開され、早速初回上映を見てきた。3部作で作られている以上、最後まで見ないと見たことにならないので、評判はともかく直ぐに見たかった映画だ。

一応あらすじと解説を載せておく。

「世界大統領」となった“ともだち”が、世界を支配する“ともだち歴3年”(西暦2017年)。殺人ウイルスが蔓延した東京はそびえたつ壁に包囲され、都民の行動は完全に制限されていた。そして“ともだち”は「8月20日正午、人類は宇宙人に滅ぼされる。私を信じるものだけが救われる」と声明を発表。それは、その日時に新たな殺人ウイルスがばらまかれることを意味していた…。一方、ヨシツネ率いる反政府組織“ゲンジ一派”、武装蜂起を訴えるカンナ率いる強硬派“氷の女王一派”、そしてユキジとオッチョらは、それぞれ人類滅亡を回避する方法を水面下で模索していた。

総製作費60億円、300名を超えるオールスターキャスト、1年間におよぶ長期撮影と、すべてがこれまでの邦画のスケールを突き破った世紀のプロジェクトが、遂に完結する。“血のおおみそか”事件から、ケンヂはなぜ行方不明だったのか? キーパーソンとなるケンヂの姉・キリコは、今どこで何を? そして“ともだち”とは、いったい誰なのか…!? すべての謎が矢継ぎ早に明かされ、第1章から積み重ねられてきたエピソードが次々と繋がっていく。特にこれまでの大芝居のカラクリがあばかれ、メッキがはがれると同時に明らかになっていく“ともだち”の素顔は見どころだ。ハリウッド映画にありがちな単純な勧善懲悪で、ただ“ともだち”を断罪するのではなく、ケンヂ、オッチョらが彼と向き合うラストも深みがあり、切ない。またエンドロール後に10分間のスペシャル映像があるので、絶対に最後まで席を立たないで!


上のあらすじと解説のとおり、最終章では、悪の組織は滅ぼされ“ともだち”の正体も明らかになる。長い長い原作を3部作で約8時間近い映画にまとめるのも、大変なことであるが、キャストを原作に近いイメージで固め、内容もほぼ忠実になぞったことは大したものだ。ただ、結末とか細かい部分が変わったりしているとこもあり、映画となるとそれも止むを得ないことだろう。原作の熱烈なファンにとっては不満の点もあるかもしれないが、原作をさらっとナナメ読みした程度の自分にとっては映画のほうが判りやすかった。原作を読んでも、理解できないことが多かったので、映画を見てから原作を読んだほうがよかったかもしれない。

内容的には、荒唐無稽の話を巨額の費用をかけて豪華キャストで描いた超B級映画といっていいだろう。突っ込みどころはいろいろあるが、少年時代に空想した夢のような話が実写映画になるなんて、とても嬉しいし楽しいものだ。日本映画も、こんな遊びごころ満載で作られるようになったかと感慨深く、ますます日本映画が好きになってきた。

氷の女王となったカンナ(平愛梨)はイケメンメンバーを集め、地下にもぐって抵抗を続けている。そしてユキジ(常盤貴子)やオッチョ(豊川悦司)、ヨシツネ(香川照之)も合流し、人類滅亡を実行に移そうとする“ともだち”に戦いを挑む。ケンヂの姉キリコ(黒木瞳)は、殺人ウィルスのワクチン作りに命をかけ見事完成させる。「私が死ねば、ともだちの勝ち。生きれば、人類の勝ち」というフレーズは、結構決まっていた。また、ヤン坊、マン坊(佐野史郎)の特殊メークは凄いメタボリック体形で笑える。

後半は、“ともだち”が操縦する円盤と巨大ロボットの戦闘シーンとなり、オッチョ(豊川悦司)とケンジ(唐沢寿明)が立ち向かい、“ともだち”を倒し正体が明らかになる。第1作から巧妙に隠されてきた“ともだち”の正体が初めてわかるが、正直言って「あーそうなのか」という感じだ。最初から目立った存在ではなかったので、思ったより意外性は感じなかった。

カンナが万博公演で開催したコンサートには、大勢の人々が集まって会場を埋め尽くすが、人々が一様に“グ~タラ~ラ ス~ダララ~”と歌いながら集まってくるのは大いに笑える。ケンジが作った「ボブレノン」という歌が、“ともだち”に抑圧された人々の心に響き、その歌を聴きたくて集まってくるという設定である。こんな脱力感ある歌で、こんな大群衆が集まるというのは信じられない気がするが、何か頭に残るフレーズだ。映画館を出たとき“グ~タラ~ラ ス~ダララ~”が頭の中でリフレインしていた。

因みに歌詞を載せておく。

“ボブレノン” 遠藤ケンヂ

日が暮れて どこからかカレーの匂いがしてる
どれだけ歩いたら 家にたどりつけるかな
僕のお気に入りの肉屋のコロッケは
いつも通りの味で 待っててくれるかな
地球の上に夜が来る 僕は今 家路を急ぐ

来年のことを言うと 鬼が笑うって言うなら
笑いたいだけ 笑わせとけばいい
僕は言い続けるよ 5年先 10年先のことを
50年後も君とこうしているだろうと

地球の上に夜が来る 僕は今 家路を急ぐ
雨が降っても 嵐が来ても
槍が降ろうとも
みんな家に帰ろう邪魔させない
誰にも止める権利なんかない

地球の上に夜が来る 世界中が家路を急ぐ
そんな毎日が君のまわりで
ずっとずっと続きますように


どうですか。なかなかいい詩ではありませんか。

エンドロールが終わっても席を立たないでという映画館の注意書きがあり、その後も10分近く映画が続いた。まさに、この10分で“ともだち”が世界征服を企むようになった経緯がはっきりするのである。そして、ケンジはやらなければならなかったことをしに過去に戻る。勇気を出して、“ともだち”にしなければならなかったことは…。

長く中だるみもあったが、楽しめた映画といっていい。そして、中学校の校内放送でケンジがかけたT.REXの「20thセンチュリー・ボーイ」が流れ、新たなストーリーが始まった。