とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

鳳凰三山縦走2日目「前編」

2009-09-15 20:57:43 | 山登り
4時半に目覚め小屋の外に出ると、雲の合間から星がきらめいていた。雨は上がっていて三日月も輝いていた。雨上がりで、この日はいい天気になりそうな気配であった。鳳凰小屋の前では、多くの登山者が身支度を整えていた。


朝食を終え小屋をでようとしたら、ヤナギラン以外にも珍しい花がいくつか咲いていた。
まず見つけたのが、タカネビランジだ。南アルプス特産の多年草で、高山帯の岩礫地や草地に生え、夏遅く直径3-4㎝の、丈のわりには大きな花を咲かせる。花弁は5個で先が割れる。花の色は変化が多く、花弁は規則正しく並ばない。

鳳凰三山ではよく知られた花である。花の写真を撮っていたら、小屋番が声をかけてくれた。小屋の裏に“幻の花”があるから見て行けというのだ。名前は、「シラヒゲソウ」といい、花びらの縁が糸状に裂けた、独特の花を付けている。

名前は、花びらを白いヒゲに見立てたもので深山の木陰や山地の沢沿いの湿った場所を好むそうだ。ほとんど人目につかない場所に咲いているので、“幻の花”なのだそうだ。いろんな山に行っていたが、この花は初めて見た。いいものを教えてもらって嬉しかった。

樹林帯をしばらく歩くと岩場や深く掘れた登りにくい道になる。

やがて、白いザレ場の斜面をジグザグに登りだすと、一際目立つ地蔵岳のオベリスクが見えてきた。

キツイ登りだけに登山者の列がずっと続いていた。振り返れば、見事な雲海と

大きな富士山が地蔵岳と観音岳の間にそびえたっていた。

そして、白砂の斜面を上がっていくと圧倒的なボリュームでオベリスクが迫ってきた。

また、目の前にはナナカマドの赤い実が一杯なっていた、後数週間もすれば、ナナカマドの葉が赤くなり錦秋の彩を添えるものだろうと思われた。

9月下旬から10月上旬の紅葉の時期が、鳳凰三山でもっとも賑やかになるそうだ。

オベリスクの基部に着き、荷物を置いて上がろうとしたが、この辺りは風の通り道なのか、ものすごい強風に見舞われた。風速数十メートルはあろうかという強風に、岩陰にじっとして動かない人もいた。私も、さすがにあまり上まで行くことはできず途中で断念して基部まで戻った。地蔵岳の山頂(2764m)はオベリスクの先端だとすると、まずほとんどの人は登ることはできないであろう。クライミングの経験者じゃないと無理だろうし、この日の強風では、まったく無理な状況だった。ちなみにオベリスク(obelisk)とは、古代エジプトで多く製作され、神殿などに立てられた記念碑(モニュメント)のことをいう。ほとんどは花崗岩の一枚岩で作られており、四角形の断面をもち、上方に向かって徐々に細くなった、高く長い直立の石柱である。地蔵岳の山頂にあるこの巨岩は、自然の造形によるオベリスクなのである。

地蔵岳では、オベリスクとならんでもう一つ目立つ風景がある。白砂の平らな場所に何体も置かれたお地蔵さんだ。

この場所は、「賽の河原」と呼ばれる。「賽の河原」とは、死んだ子供が行く所といわれる冥途の三途の川の河原のことだ。ここで子供は父母の供養のために小石を積み上げて塔を作ろうとするが、絶えず鬼にくずされる。そこへ地蔵菩薩が現れて子供を救うと言われている。まさに、そんな伝承から地蔵岳という名前がついたに違いない。お地蔵さんの後ろには、甲斐駒ヶ岳の勇姿が見える。


地蔵岳の標識は、賽の河原にありここが地蔵岳山頂ということにして良いのだ。山頂写真はそこで撮り三山の一つを登ったことにした。

オベリスクは鳳凰三山のランドマークということで、ここの様子を目に焼き付ければ南アルプスの山岳同定に役立つのである。

地蔵岳を後にして、次は観音岳に向かうが、この続きは2日目後編に続く。