『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

鬱っぽい

2022-05-26 06:34:00 | 健康
寒暖差ストレスのせいか、
どうも、ここ数日、
鬱っぽくて
「抗うつ剤」を増やしている。

42才で発症して、
もう、20年来の持病なので、
主治医からも
クスリの増減を
自分でコントロールするように
任されている。

どちらかというと
身体化しやすい
「仮面鬱」の傾向があるので、
気分の落ち込みよりも
体調不良として症状化するので、
不定愁訴が吹っ切れずにいる。

すると、
当然、気力も上がらず、
何もする気になれなくなる。

そういう時は、
無駄な抵抗はやめて、
日がな一日
床に伏している。

それだって
安静養生にはなる。

病態は「軽度」で、
服薬しながらも
出勤・執務はできているが、
仕事日の緊張やストレスと
オフ日の無気力の
落差があり過ぎて、
それも気がかりな処である。

同病のクライエントたちにも
推奨している『生活改善療法』で、
日光浴・温浴・補液・軽運動を
自分でも進んでやらねばと
心掛けている。






鬱は脳内の
セロトニン不足が一因なので、
それを増やす食べ物を
進んでとるようにもしている。

脳科学者の
中野信子が
「バナナ」が一番いい、
と言ってたので、
毎日、一本常食しているが、
最近は、二本に増やしている。








鬱とはいいながらも、
夕飯当番の時には
買い出しには行かねばならず、
幸いにして、買い物と料理は
自分の「趣味」でもあるので、
"ぼっちフレンチ"の素材も
買ってきた。

好きな事ではあるか、
いつもと違ったのは、
"メンドクサイ"なぁ・・・と、
感じたことである。

食器棚を開けて
数あるフレンチ用お皿から
その日の気分に合うものを
いつも選び出すが、
なぜか、いつもと違った
ブルーのコーデにした。

気分がブルーだったからなのか、
やる気が失せていたのか
判らないが、
「青系」は食欲を萎えさせるので
最悪のチョイスだったが、
むしろ、それへ挑戦しよう
という意欲がチビッとだけ湧いた(笑)。

光の波長の長い
「赤系」「暖色系」は
食欲を増すというのは、
動物の色彩認知で
「完熟」=「可食」&「美味」
という遺伝子的な本能行動に
組み込まれているようである。

その逆が
光の波長の短い
「青系」なのである。



最近、値上がりの著しい
オーストラリア産の骨付きラムが、
半額の600円であったので、
久しぶりに買ってきた。

鬱っぽくて、
アタマがよく働かないので
普段やらないような、
魚焼きグリルで
こんがりと焼いてみた。

一ケは塩胡椒で、
一ケはケイジャンスパイスで。

出来るだけ
視覚の中心に入る
「青」をカバーするのに
ナンを焼いて敷いてみた。

鬱のくせに、
けっこう考えている(笑)。

いや、本能的に
ただ、作業しているのかもれしない(笑)。

切れっ端を
水耕栽培している
ワケギと三つ葉を飾り、
赤と黄のパプリカを
コンカッセ(みじん切り)にして
小型セルクル(丸型)で盛る。

骨付きラムは
アルミホイルを巻いて
手づかみで
『ギャートルズ』みたいに
ワイルドに食した(笑)。







ニューヨークで、
スーパーでの乱射事件が
あったばかりなのに、
また、小学校でも起こった。

犯人は
18才の高校生で、
現場で射殺されたという。

彼は、
祖母も射殺し、
犯行前には友達に
武器類の写真を
メールで誇示していたという。

いまさら、
心理分析する気も起きないが、
これも「拡大自殺」の部類だろう。

「他害自傷」ともいえる。

これの拡大版が
プーチンの凶行なので、
いずれも「狂気」である。

ただ、
『八墓村』のような
「突然の発狂」による
「大量殺人」と「自殺」というのは、
未開部族でも定期的に
起こるという
文化人類学の研究があるので、
これは一種の遺伝的プログラム
なのかもれしれない。

とすれば、
「銃規制すれば済む」
というような安直な対策では
どうにもならな事なのである。

ヒットラーが起こした
WWⅡにしろ、
最終的には自殺して完結した
同様のプロセスである。









今朝の朝刊で、
久しぶりに
昭和初期の流行り言葉
「愚連隊」というのを見て、
苦笑がもれた。

五木寛之に
『さらばモスクワ愚連隊』
というのがあり
若山源蔵の朗読で
面白く聴いたことがある。

昭和の頃は、
暴力団やヤクザのことも
愚連隊と称したことがあった。

あと、
近所の子どもたちが
ガキ大将を先頭に
ぞろぞろ固まって移動してると
「一個連隊」と大人たちが
揶揄していたものである。

それを、幼い耳には
「エコレンタイ」と聞こえ、
それが固有名詞だっと思っていたが、
中学生頃になって
「一個連隊」だということが解かった。






中国共産党による
宗教弾圧が加速していて、
また焼身自殺による
抗議が出たという。

マルクス主義では
「宗教はアヘンである」
として徹底的に弾圧したが、
それに倣って
政権を脅かす教義・集団・徒党は
先に芽を摘んでおけ
という政策なのだろう。

その点、
民主国家は
宗教の自由、言論の自由が
保証されているのは
有り難いことである。

もっとも、
その「影」もあって
オウムのような破壊的集団が出たり、
SNS上での誹謗中傷なぞが
飛び交ったりするという
弊害もある。




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叡王防衛

2022-05-25 08:43:00 | 藤井 聡太
きのうは
叡王戦の第三局で
ソーちゃんが勝って
「初防衛」に成功した。

これで、
タイトル「2期」獲得
と計算されるので、
「棋聖戦」も防衛してるので、
タイトル獲得数は
通算8期となる。

レジェンド羽生ちゃんが、
通算「99期」というのが
如何に偉業であるかが解るが、
ソーちゃんもこのペースで行けば、
いずれ「100期」越えの
棋界最強棋士なることは
間違いないだろう。

ただ、それを目撃できるまで、
自分が生きていられるかが、
想像するだに哀しい・・・。





タイトル戦での連勝記録は
「13」となり、レジェンドの
大山康晴に次ぎ、
羽生ちゃんと歴代2位タイとなった。

終局後、
現地の大盤解説のライヴ会場に
挨拶に出た二人だったが、
若武(わかむ)六段は、
自分を応援してくれたファンの前で
タイトル戦の感想を尋ねられて
言葉に詰まり、そこから号泣する
という一幕もあった。

その様は、
まるで、伝説となり、
特集番組でもよく取り上げられる
ソーちゃんの負けて泣きじゃくる様を
彷彿させた。

そう。
彼は、幼少期に、すでに
一生分泣いたのである。



第三局は、
91手目でも50対50という
均衡を保った名勝負で、
最終盤では「勝ち筋」もあったが
それを見逃してしまっていた。

逆に、
ソーちゃんは、
「15手詰め」という
長手筋を瞬時に読み切り
AIが示す通りの
「勝ち筋」を指した。

さすがに、19才ながら
『詰将棋選手権』五連覇の
世界一のチャンピオンにして、
九段・五冠の「格上」さを
六段で初タイトル戦の27才に
まざまざと見せつけた結果だった。









きのうの
手造りベントは、
前夜のカレーパスタの
残りもんだった。

カミさんが
日曜にカレーライスを作ってから、
翌日がカレーパスタ、
ゆんべがカレー&ナン、
ほんでもって、
今日の自分の夕食当番は
まだ余ってんで
「カレーうどん」にするつもりである(笑)。

ロージンふたり暮らしは
「おでん」も作りすぎると
こんなふうになる(笑)。







T中の玄関には、
いまだにモニタリングポストがあり、
放射線量を示している。

さすがに、
3.11から11年も過ぎると、
だれもその量を気にするものは
いなくなった。

それよりも、
この3年間は
コロナ感染者数に
神経を尖らせている。







2/7から始めた
『リュート・マラソン』なる
マイブームが続いており、
これまでリュートを弾くために
爪を完全に切って
「指頭奏法」でもって
ギターも弾いていた。

それで、
100曲ほど録画・録音してきたが、
ここにきて、また爪を伸ばし始めて、
過去に弾いてきた
フラメンコの曲を掘り起こしている。

クラシック曲には
爪を使わない奏法が
メロウな音が創れて
合っていたが、
さすがに、フラメンコは
爪無しではアタックが弱く
腰が抜けてしまう。

ただし、
フラメンコは
なんとなく名曲でも
YouTubeの
『For Peace in Ukraine』
の方には
アップできないなぁ・・・と、
思っている。

きっと、
被差別の民・流浪の民の
ジプシーの音楽が源流なので、
それをウクライナの人々には
当てはめれないからだろうと思う


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叡王戦 第三局

2022-05-24 07:26:00 | 藤井 聡太
先々週から
胃腸の調子が思わしくなく、
膨満感やら不快感が
続いている。

医者には行かず、
それなりに
手元にあるクスリで
対症療法で凌いでいる。

きのうは、
それにオシリ痛と
風邪ッぽさも加わり、
久しぶりに通勤途中で
「うつ」っぽくなり、
車中でアルプラゾラム
(抗うつ作用安定剤)
を服用した。

学校に到着してからは、
ナウゼリン(吐き気止め)と
アセトアミノフェン(痛み止め)
を服用して、どうにか、
不快感とダルさも治まって
仕事をスタートできた。

カウンセリグしながら
やたらと眠気が来たのも
風邪っぽさのせいかも
しれなかった。

そしたら、
有り難いことに、
予約生徒の二人が欠席で
二時間の空きができたので、
応接セットのソファに横になって
仮眠ができた。





オシリ痛対策に
ドーナツ型のクッションを
用いているが、
それでも痛む時には
あまり効果がない。

ひとりひとり
カウンセリングが終わるたびに
管理職に報告用の
執務記録を手書きしているが、
その合間には、
ギターを手に取り
『リュート・マラソン』用の
曲をさらったり編曲をしている。






K中のカウンセリング室は、
空き教室を使用しているので、
半分はギャラリー風に
仕立てており、今は、
そこに移動して
『リュート・マラソン』の
スマホ撮影をもしている。

きのうも、
頑張って三曲も録画した。

クスリ飲みながら
体調不良で、
よくやるよ・・・と、
自分でも呆れもしたが、
YouTubeでやってる
『For Peace in Ukraine』
というコンセプトの
「人の為に・・・」という
大義名分が自分を
鼓舞しているのかもしれない。








きのうは、
久しぶりに
ベランダに出ると、
4階からの見晴らしは最高で、
遠くの山々まで
180°のパノラマで見え、
「うつ」っ気が晴れるような
気さえした。

ただ、真下を見たら、
(こっから飛び降りたら、
まちがいなく死ぬだろうな・・・)
とも思った。

「うつ」の病勢が強い時は、
時折、希死念慮が浮かぶが、
高所恐怖症の自分は
飛び降りだけはないな・・・
と思ったりもした(笑)。

4階で
震度5が来たら、
怖かんべぇなぁ・・・
とも思った。

そん時は、
きっと、フロアに
大の字に伏せるのが
いちばんいいかな・・・
とも思った。






箱庭療法用の
ツールもだいぶそろった。

中には、
古楽器製作の端材もある。

建築科院生だった
ナッちゃんの
都市模型も
ミニチュア・フィギュアを
立てさせたりして、
その心理アセスの参考にしている。








学校勤務してると
書類の反古紙がたまるので、
どの学校でも
筆ペンを置いといて、
思いつくままに
書の稽古をしている。

手本がない時は、
「低脂肪」やら「良寛和尚」
なぞ・・・ワケワカランことを
書いている(笑)。










今日は、
これからソーちゃんの叡王戦
第三局がある。

五番勝負で、
すでに二勝しているので、
今日勝てば防衛である。

先手なので、
その勝率9割5分からすれば、
その確率で防衛は必至だろう。



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ネット寺子屋

2022-05-23 07:00:00 | 仕事
土日と
何もしないで
日がな一日
寝床でまったり過ごしていた。

特に、行きたい処も
やりたい事もない時は、
寝室にある
談志家元の色紙にあるように
【暇になったら寝てること】
と自然になっている。

今週は、
今日から日曜まで
学校勤務と自宅仕事が
毎日入っている。

そんなことは
近年、わりと珍しい。

自宅カウンセリング室が
繁盛してくれるのに
超したことはないが、
なにせ低価格でやってるので、
半分は社会奉仕か
道落のようなものである。






きのうは
久しぶりにスマホの
アラームが鳴り、
来るぞッ!!
と身構えたが、
一瞬ガタッと衝撃があったのみで
大したこともなかった。

それでも、
3.11来、何千回という余震で
かなりの精度のある
「コロリン坊」が
コロリンしたので、
震度4だな…と、判り、
その通りだった。








地震とは関係なく、
寝室のベッドサイドは
常にグッチャグチャで、
これは寝室全体がテントで
オールシーズン「ソロキャンプ」の
状態なんだな・・・と、
最近、気付いた(笑)。

そう思えば、
オフ日の大半を
寝室の布団の中で暮らしてるのが
了解できた。

それと、
オフ日に限り、
階下の台所で「ぼっちランチ」を作り、
わざわざ二階の寝室に持って上がり、
『孤独のグルメ』を見ながら
ベッドで飯喰ってるのは、
幼少期に喘息で長期入院を
何十回もした習性への
回帰なのかもしれない・・・
とも思っている。

まさに、
還暦すぎると、
幼少期に馴染んだライフスタイルに
リグレッション(退行)するのかもしれない。

認知症で
徘徊する老人は、
無意識に自分の生家に戻りたがる
習性があるともいう。

我われはサケのような
魚類から進化したので、
「帰巣本能」も
脳内の旧皮質に残存している。







オフ日には
時間がいくらでもあるが、
最近、さすがに
『リュート・マラソン』の
モチベーションが落ちてきた。

やりたくもないのに
やろうとすると
それはストレスになるので、
そろそろ「切り上げ時」なのかもしれない。

それでも、
家や職場で撮りためたものが
30本近くあるので、
Facebookにはアップできそうである。

今は、
「生と死」をテーマにした
『魂理学入門』を
YouTubeにアップ配信しようか・・・と、
ひそかにプランニングしている。

市教委の人材登録をしても、
何の仕事も廻ってこないので、
ならば、こちらから、
個人講座を開始しようかと
思うようになった。

教員をやめて久しいが、
『ネット寺子屋』の先生になって、
また、自宅の教壇に
立とうかな・・・
という気になっている(笑)。


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老人本

2022-05-22 09:01:00 | 
今年の12月で
いよいよ
"公式"高齢者入りするので、
贔屓にしてる三婆
(曽野綾子/佐藤愛子/瀬戸内寂聴)
の著書を読んでいる。

寂聴さんは
百の齢(よわい)に達せず
鬼界の人となったが、
残った二人は
まだまだ快気炎を吐いている。





曽野綾子の新刊書が
アマゾンから届いたが、
数社に並行して
エッセイを連載しているからか、
他社から出た別本の内容と
全く同じで、また、ボケて
同じもん買っちまったか・・・と、
書棚を見たほどである。

考えてみりゃ、
90歳にもなる老人の生活に
そんな変わりがあろうはずもなく、
考え方も同様に
似たようなものである。

それでも、
自称・駄々羅なクリスチャン
という
曽野さんの箴言めいた
フレーズが好きで、
今回も、どこかで
見た記憶のあるような言葉が
目を惹いた。

【人生は解かっていて
 生きるものじゃない。
 解らない答えを見つけようとして
 生きているものだ】

【天下の秀才ほど
 人生が不可解である事と
 自分の不明に耐えられない】

【ネコは眠って起きて食べて、
 アクビをして背伸びして、
 また眠って起きて
 アクビと背伸びをして、
 みごとに生きている】
 







公式高齢者に近づき、
二日続きの勤務日の
翌日のオフは、
外出もせんと
駄々羅に寝床をカウチにして
日がな一日、読書したり
足元のテレビでYouTubeを見て
過ごしている。

その際、
左オシリ痛の対策として、
クッションを右側に寄せて
左側を宙に浮かせている。

それでも、
痛くなる時はあり、
ストレッチをしながら
やり過ごしている。








郊外に車で散策に出ると、
ついつい「書」の手本用に
石碑を撮影しては、
プリントして書室に貯めている。

松平知事の
行書による『慰霊碑』は
なかなかに達筆で、
臨書してみたくなった。











しばしば訪れる
「板倉神社」の
寺号も立派な楷書である。







保育園の
親子イベントで、
京都太秦の「映画村」に
行ってきた時の写真を
ミカちゃんが送ってくれた。

時代劇セットの中での
リク坊の生き生きとした表情が
京都生まれのフミパパの姿と
ダブッて見えた。



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