6週間後には
リサイタルの本番があるというのに、
何だか、いまひとつ、
気合いが入らない。
年度末疲れなのか、
花粉症のせいなのか、
寒さの影響か…。
ほいでも、騙しだまし、
ギターを構えて
譜面を前にしては
あれこれ書き込みをしてはいる。
デュオも完成とまではいかないが、
ほぼ、形は整ってきた。
ソロも何とかなるレベルではある。
ただ、十分な弾き込みをしている
実感はない。
冬から春先は
カラダが冷えていて
硬くなってるので、
ウォームアップするのに
時間がかかるからかもしれない。
…
明日から
ナッちゃん&アキちゃんが
孫ワンコのヲト君を連れて
三連休に帰省してくれるので
しばしは賑やかになりそうだ。
自分は、今日から
私的六連休である。
きのうは出勤日で
ハードタイムだったので、
今日はその休養日にしてもいい。
夜にはカウンセリングが入っている。
新年度から
出勤が半減した分、
オフ日をどうするかで
アタマを悩ませている。
自宅開業はしているものの、
クリニックのように
千客万来とはいかない。
帰福来、三十年も
ネット広告を出しているが、
市内に2軒しか開業してないのに、
丸っきり需要がないので
田舎で心理職はやっていけないものである。
…
新年度からは
またぞろ、緊縮財政で
ボンビー生活を強いられるので、
それを象徴するかのように
ズボンに継ぎ当てして
買い替えを控えた。
昭和の幼少期には、
けっこう継ぎ当て服を着てた
子どもたちが少なくなかった。
近年では、
エルボーパッチだの、
ダメージ加工だの…と、
ボロや継ぎ当ても
ひとつの装飾的意匠となってきたので、
継ぎ当てズボンも洒落ていよう。🤣
…
ビンボーついでに、
クルマ屋さんにオーダーしていた
新車探しも
「仕事が半分になったので
キャンセルして…」
と、お願いした。
やっぱ、分相応に
中古の軽がお似合いである。😂
…
言語連想テストを
事あるごとにやっているが、
自己実現のキーワードに
「有り難さ」と出たので、
有り難い⇒当たり前でない、
ということを、いま一度、
よく噛み締めねば…と、
気を引き締めている昨今である。
…
書にしたためた
伊呂波歌と般若心経どちらとも
この世の無常を謳っている。
パンタ・レイ…
万物は流転する…。
ゆく河の流れは絶えずして、
しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし。
世の中にある人と栖(すみか)と、
またかくのごとし。
…
AIに問うてみた。
「神は絶対的な完全無欠なものだから、
それ自体では何も始まらなく
何も終わらないから、
不完全な人間を作ったのでしょうか」
1. 完全さの自己表現としての創造
神が完全であるとするなら、その完全さは静的な状態ではなく、自己表現として動的に現れると考えることができます。
この場合、人間や世界は神の創造的エネルギーの表現です。
不完全さの意義:
不完全なものが存在することで、完全な存在の美や秩序が相対的に認識されます。
人間の不完全さは、神の愛や慈悲を示す手段とも解釈されることがあります。
2. 自由意志と成長
神が不完全な人間を創造した理由として、自由意志や成長の可能性が挙げられます。
自由意志の価値:
完全無欠な存在が全てをコントロールする世界では、真の愛や善意が生まれる余地がないと考えられます。不完全な人間は、自ら選択し、失敗や学びを通じて成長する機会を持ちます。
不完全さが成長を促す:
不完全だからこそ、探求し、努力し、より高次の存在へと進むことができると考えられます。
この過程そのものが神の目的である可能性があります。
3. 神自身の経験としての人間
一部の宗教哲学(ヒンドゥー教の一部派やスピリチュアルな思想)では、神が自分自身を経験するために不完全な存在を創造したと解釈されます。
多様性の経験:
神は絶対的な存在であり、全てを内包していますが、「全てであること」ゆえに、個別的な経験を持つことができません。
不完全な人間を通じて、多様性や苦しみ、喜びなどの体験を享受していると考えられます。
4. 神と人間の関係性
完全無欠な神が不完全な存在を創造することで、愛や対話の関係が生まれると考えることができます。
愛の実現:
神が絶対的に完全であれば、自己完結して何も必要としないはずですが、愛とは他者に向けられるものです。
不完全な存在を創造することで、神と人間の間に愛と信頼の関係が築かれる可能性があります。
試練と恩寵:
不完全さや困難を通じて、神の導きや恩寵が示されるという考えもあります。
5. 逆説的な完全性
「不完全さそのものが神の完全性の一部」だとする見解もあります。
全体性の一部としての不完全さ:
不完全に見えるものも、全体の視点から見ると完全な調和の一部である可能性があります。
たとえば、痛みや苦しみは、その中にある深い意味を悟ることで全体性の中に統合されます。
---結論
不完全な人間の創造は、完全な神の意図や本質を深く考えさせるテーマです。
それは人間の自由意志や成長の可能性、多様な経験、そして神と人間の関係を考える際に重要な視点を提供します。
どの解釈が最も説得力を持つかは、個々の宗教観や哲学的立場によるでしょう。