『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

閃きが降りてこない・・・

2023-06-18 06:37:16 | 創作

 

 

還暦を過ぎて、
「前期高齢者」入りして、
わずかながらも
「年金受給者」ともなり、
「半隠遁生活者」でもあるので、
仕事を持ちながらも
余生を楽しもうと生きている。

亡父が71歳で没したので、
彼に倣えば、
あと5年の人生でも
文句は言えないとも
思っている。

もっとも、
老母は91歳で認知症ながらも健在で、
その母である祖母は98歳まで生きた。

父方の祖父は94、
祖母は87まで生き、
叔父・叔母たちも
80過ぎの後期高齢者でありながらも、
みな健在であるので、
長命系遺伝子の方が
優位かもしれない(笑)。

「余生」=「残り時間」
であるので、
「利己的」「我田引水」
「唯我独尊」「自分勝手」系の
自分を利用しようとする人たち、
自分を大切にしない人たちとは、
悉く「絶縁」して久しい。

自分のやりたい事、
マイ・ブームに
関心とエネルギーを注ぐべく
些事、煩雑事は
ご免である。

*

成長していなくなった
子ども部屋が二つと
介護ホーム暮らしになった
老母の部屋二つが空いてるので、
「古楽器工房」と「漫画図書館」
「書道室」「茶室」…と、
それぞれ趣味の部屋に
充てている。

もっとも、
いちばんの趣味は
「寝室」でゴロゴロしてる事
かもしれないが…(笑)。

「書斎」兼「カウンセリング室」兼
「ギター練習室」にも
けっこう長く居る。

ダイニング・キッチンも
「料理」という
趣味のスペースかもしれない。

*

Amazonに
「磯本つよし」の未読のコミックを
3冊ほど注文した。

メカの作画と
キュートな女の子の組み合わせが
巧みな作者なので、
マイナー系ながら
自分の趣味に合っている。

*

新聞チラシに
『ユーキャン』の
趣味講座の一覧があり、
これまで、嗜んできたものを
マーキングしてみたが、
全体から見たら
ほんのちょっとに過ぎなかった。

新しく
触手を伸ばせそうな
食指の魅かれそうなのはないか
見てみたが、どうも
ピンとくるものがなかつた。

してみれば、
今の、マイブームの
“パスタ創り”を
“今、ここで”楽しんで
味わうのが得策にも思えた。

*

去年か、一昨年に
ソーちゃんをモデルにした
『将棋小説』を一本
楽しく書いた。

そのヒロインには
大好きなアサちゃんを素体にして
『faceアップ』アプリで
「桂成」(かなり)ちゃんという
架空の薄幸の美人を
創り上げて、それに傾倒した。

きのうも、
試しに新しい画像を
拵えてみて、
何か、新作の創作意欲が湧かないか
試してみた。

梅雨に入ったら
雨音を聞きながら
寝室での読書が進み、
それにつれて
創作意欲もふつふつ湧いてきたので、
何かいいモチーフがないか
模索している処である。

 

『博士ちゃん』で見る
芦田 愛菜ちゃんが、
今、いちばん旬の美しさと
聡明さを兼ね備えた
可愛らしい女の子に見えるので、
ちょいとだけアプリで手を入れてみた。

なにか、このヒロインから
物語が立ち上がらないか…と、
閃きが下りてくるのを
ボンヤリ待っている処である。

*

 

 

 

 

 

 

 

 

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創作短編『大地へ』

2022-12-21 08:04:52 | 創作

  自分の影が長く伸びていた。
  いつのまにか陽が傾いていたことに、私は気づかなかった。
  菜の花が地平線と交わるまで、黄一面に大地を埋め尽くしている。そのあいだを、私は黄金色の海をわたる燕のように家路についた。
  どの苫屋からも絹糸のように夕餉の煙がたなびいて、人の帰りを待ちわびていた。


  蔬采のはいった手篭を抱えながら勝手口のくぐり戸をあけると、台所から母が炒めものをする音が聞こえてきた。
  食卓にはすでに三人の器がそろっている。
  今日の収穫を誇らしげにさしだすと、
「ごくろうさま」
  と、母は労ってくれた。
  食堂の出窓を開けはなすと、強い西陽がさっと食卓へさしこみ、菜の花のむせかえるような香りと、土の匂いが家中に漂った。強烈な春の外気だった。
  馬鈴薯のうであがった香りに誘われたかのように、麗華が二階から降りてきた。
  食卓は、まるで戸外のような春めいた気分である。
  いつもの青菜のひたしに、母の労作、田蛙と黄ニラの炒ためものが並んでいる。
  私も妹も、休日をのんびりと過ごすのは、ひさしぶりである。畑も鶏も、母に任せきりで、私たちは自分たちの仕事に追われていた。
  麗華の半袖の腕に陽がさし、指先から肘のあたりが、オレンジ色のスポットライトを浴びているように眩しく輝いている。
  西陽はしだいに食卓をそれ、床を照らし始めていた。
  はずんだ会話こそなかったが、母の手料理はどれもこれも兄妹に口福の一時をもたらしてくれた。


  晩餐がすむと、妹は母と洗い場に立った。
  夕日が遠くの地平線にかかりかけ、大地が日輪を食うかのように見えた。
  母は洗いものをすませ、私たちに茶をふるまってくれた。
  母と私は、奇麗に片づいた食卓を挟んで、向かいあって茶をすすった。
  麗華は窓からすこしはなれた壁よりの椅子に陣どった。足を組んで、ぼんやりと母の入れてくれた茶を味わっていた。
  たおやかな時間が、大地を這うように流れてゆく。
  むせかえるような春の息吹も、おだやかな風ですこし和らいでいた。
  母は物憂げに、遠くの地平線に目をこらしていた。
  そして、ひとつの溜め息から母の物語は始まった。

「わたしは昔、南京でいちど死んだんだよ・・・」
「えっ?」
  小さな驚きが、碗を傾けていた私の手をとめた。見ると、妹も同じだった。
  二人とも母の顔を見上げた。
  麗華が私より早く、母の背後から尋ねた。
「母さん。どういうこと?」
  母は少しためらいがちな口調でいった。
「お前たちも、一人前だものね。愉はもう、兄の年齢を上回るし。麗華だって、どこから見ても立派な大人だし。なにより、二人とも先生と呼ばれるようになって・・・ 」
  母の言わんとしていることが、兄妹とも理解できなかった。
  私が尋ねた。
「母さん。『兄』って、呂伯父さんのこと?
  母はこくりと首を折った。
「・・・わたしのたったひとりの兄で、あなた方の伯父さんだった人よ」
  その伯父は、いつも祭壇から祖父母と共に母の暮らしを見守ってきた人である。
  たった一枚の写真だけが母の財産だった。伯父の腰のあたりに、おかっぱ頭の少女が写っている。母であった。末っ子の母をまん中にして、一家が寄り添うように写っている。母は伯父に首をもたれて、前にすわっている祖母の肩に手をかけ、祖父に背中を抱かれている。誰の顔も幸福に充ちみちている。
  写真の中の伯父は、若々しくて美男子であった。

「わたしの兄さんは・・・」
  母は、淡い想いを語る乙女のような眼差しで言った。
「大学時代、日本兵に連行されたの。『平和』思想者は『危険』思想者という大義名分でよ・・・。そして天皇の名のもとに、処刑されたわ・・・」
  初めて聞く母の話だった。
  麗華は茶わんを持った手を、宙に止めていた。
  母は遠くに目をやりながら語った。


「兄は南京で死んだのよ。まだ学生だったわ。菜の花が咲き始めるころだったわね。
生命が芽吹こうとしていた季節だった。・・・子どもが好きでね、教師になることを夢見ていた人なの。わたしは兄が好きで、子どものころいつも後をついてまわっていたのよ」
  母はそれは懐かしむように、遠くの菜の花畑に目をこらしていた。
「兄はいつも学校の帰り、わたしに油菓子を買ってきてくれたの。よく庭先の敷き石に二人腰かけて笑いあって食べたものよ」
  母はひとつ息を吸うと、それをゆっくりと吐いた。
「・・・兄さんは、大勢の日本兵にとり囲まれて、銃剣をつきつけられ、グランドに穴を掘らさせられて・・・」
  私も麗香も黙ったままだった。
「九人の学友たちと、兄さんは意味もわからず穴を掘ったわ。後ろから銃剣をつきつけられてね。人がちょうど十人はいる穴・・・。きっと途中でみんな気がついたことでしょう・・・。自分たちは死ぬんだということを・・・。恐かったはず・・・。逃げても撃たれる。
刀で首を切り落とされて死んだ学生もいたわ。日本兵はその首を手にして、笑い誇って写真を撮り合った・・・」
  私は大学の図書館で、それと同じような写真を見た記憶がある。目を閉じたまま、二度と開くことのない同胞の首。手足のついた体から切り離された学生の首。それを笑い、勝ち誇った顔で、髪を鷲づかみにしてぶらさげ、獲物を自慢する猟師のような日本兵。私は写真から目をそらす間もなく、吐気を催したものだった。

 

            

 

  母は、自分の中の深い淵底に、身を沈めるかのように話をした。
「兄さんたちが、深い穴を堀り終えたころ、その家族がそれぞれ呼び出されたの。十人の学生たちの両親、兄弟たちが大学まで連行されたわ。父も母も、そしてわたしも・・・。わたしはまだ八才だった。日本兵に連れられてゆく間、ずっと体が震えっぱなしで。たぶんもう殺されると思ったのね。父も母も覚悟していたみたいだったし。でも大学まできて、兄の顔を見た途端、わたしは安心したの。兄がいたら大丈夫だ・・・、っていう心強い気持ちになったの。兄は手を後ろに縛られたまま、わたしを見て笑ってくれたわ。母は泪を流していました。父は堅く口を結んだままだった。次に起こることが、わたしにだけわからなかったのね。子どもだったから    」
  母はひと口茶をすすって、ゆっくり飲みこんだ。
「日本兵は兄たち学生に向かって、強い調子で何かいってるの。後ろから銃剣をつきつけて、穴へ入れ、とね。わたしは心臓が、体から飛び出しそうだった。兄さんはわたしを見て、にこにこ笑ってくれた。でも、わたしは震えて震えて、泪がとまらなかった・・・    」

                    

  夕日が地平線に沈んだ。
  大地が真っ赤に燃えていた。
  百姓の夫婦が、眠っている乳飲み子を抱きながら、菜の花畑を家路についていた。

「兄さんたちは手を後ろに縛られたまま、蹴られたり、突かれたりして穴の中へ放りこまれたの。学生たちの親族が連れだされたのはそれから間もなくで・・・。髭をはやした日本兵が、一人のお爺ちゃんにシャベルを手渡すと、地面を掘り返してできたうず高い土の山を指さして、埋めろと首で指図したの。お爺ちゃんはしばらくシャベルを持ったまま茫然と立ちつくしていたわ。とても日本兵の言うことにわが身を従えさせることができなかったのでしょう。身をかたくしたままシャベルを持った手を震わせていただけだった。その孫は、穴の中で死の恐怖にうめいていたのだから・・・。お爺ちゃんはシャベルを足もとに落として、泪をあふれさせ、何度も何度も首をふり続けた・・・」

  母の目は地平線に釘づけになっていた。
  麗香も私も氷のように身を固くしていた。

「やがて若いひとりの日本兵が、荒々しくお爺ちゃんに向かって、再びシャベルを手渡したの。お爺ちゃんは、ただただ泪を流すばかりで・・・。
  祖国の大地を舞台に、人間が演じているこの目もくらむばかりの劇を、わたしは怒りと悲しみの中で観ていました。お爺ちゃんの二度目の拒否は許されなかった。シャベルを持ったまま天を仰いだ瞬間、鈍い銃声が頭を撃ちぬいたの・・・。皴の深い、茶色い額から、真っ赤な血が散って・・・。みんな無言でながめていただけだった・・・」

  大輪のバラのような夕日は、大地に呑まれるように沈んだ。
  黄一面の菜の花畑は茜色に輝いていた。
  私は眼前の「大地の赤」に、老人の散った命のしぶきを見たような気がした。

「お爺ちゃんの死の意味を、皆んなが悟ったわ。心と命を持ったかけがえのない人間が、一瞬の後にボロをまとった肉の塊に変わり果てたのだから。でも、お爺ちゃんと同じだけの勇気を、誰もが持ちあわせていたならば・・・ 」

  ここに至って、母は絶句した。
  麗香の目が母をやさしく包んでいた。
  私は、母の口もとに目を縛られていた。
  母は少しうつむいてから、祭壇の写真を斜めに見上げた。

  その口から弱々しくもれた。
「母さん・・・。父さん・・・。凌怡・・・」

  それは、伯父の声だった。

「わたしの母は・・・。シャベルを受け取ろうとせず、お爺ちゃんと同じ運命に会いました・・・」

  麗香は唇を強く噛んでいた。
  母の視線は、大地から燃えるような雲へと移っていた。

「父は・・・」

  母の頬に一筋の流れが光った。
  私も麗香も、家具のように黙りこくっていた。
  三人は引き裂かれそうな苦しみのなかに一体となっていた。

  遠くで、犬がひと声吠えた。

(もういいよ、母さん。そんな辛いことを掘り返さなくても    )
  私は心の中で哀願した。だが言葉にはならなかった。
  母の勇気は少しも萎えなかった。

「父は強い人でした・・・。母が撃たれ、兄はどっちみち殺されることを悟ったのね。
父は覚悟したのかもしれない。まだ幼いわたしが現実の地獄に一人残されるのを、一瞬にして考えたのかしら。父は決断したのです。父がシャベルを取ったのは、兄を殺すためではなく、わたしを生かすためだった。父は泣きませんでした。・・・ 兄はわたしの目をみつめたまま微笑んでいました。
  突然、兄の頭上に赤黒い土がかけられ、わたしはビクッとしました。父でした…。
  棺を埋葬するような厳粛な顔で、父は自分の感情を押し殺していました。兄は日本の『ソクシンブツ』のように埋められていったのです。すべてが    なされるがままでした。多くの父たちが、誰もが、わが身を引き裂くような狂おしい思いでシャベルを動かしました。兄は肩のあたりまで土が埋められても、わたしを見て微笑んでくれました。大声で叫び声をあげた兄の友だちもいました。泣きながら土を埋める父親もいました。天を仰ぎ、何者かに訴える学生もいました。口もとまで土が埋められた頃、学生たちは窒息の恐怖で身悶えました。そのとき    自分に土を放る父の姿を見て、兄の目がはじめて光ったのです。それでも幼いわたしに対しては、口もとに笑みを絶やさず、目で何かを語っていました」

「・・・・・・    」

「わたしは極度の混乱のなかにいたのでしょう。母は撃たれ、兄は生き埋めにされ、父は兄を殺そうとしている。わたしは気を失うことさえ忘れていたのです。両手を後ろに縛られていた学生たちは、父親たちの土責めで大半が呼吸の道を塞がれました。
 額から上の髪の毛だけが、回転するように蠢めいていました。しかしそれも次第にゼンマイの切れた玩具のように    動きが止まりました。兄の頭は最後まで微動だにしませんでした。父親たちはそれぞれ息子たちの名を吐くように叫んでは、土をかく手を早めました。それは    辛い親心でした。地面がほぼ平らになり十の魂が埋めつくされたとき、父親たちはシャベルを落とし、大地にしがみついて慟哭しました。父はわたしを抱いて泣きました。わたしは涙を枯らしてしまって、ただ茫然と父にすがられたまま立ちつくしていたのです・・・。日本兵は臘人形のような顔でわたしたちを見ていました」

  窓の外で、ヒューイッと、ヒヨドリがひと声啼いた。
  その声で、私は自分を半分ほど取り戻すことができた。
  もし鳥が鳴かなかったら、私は本当に発狂していたかもしれない。

  まだ何をか語らんとする母の口もとに手を当てて、私はそれを塞き止めたい衝動にかられた。だが「その時」の母と同じく、私もまた身動きがとれなかった。
  母は淡々と、しかも克明に語った。
  子らにとっては、慈眼しか見せない人--それが母であった。しかし母の奥底にかくも思いも及ばぬ黒々としたものが眠っていたとは・・・。
  幼かった母の耳目は、感情というフィルターを抜きに、ただそこにあって、眼前の事実を記録していたのかもしれない。
  私たちは、その記録に魂を揺さぶられ、心臓に爪を立てられ、悲鳴をあげた。

「日本兵は、自分たちの寸劇のシナリオに酔っていたようね・・・」
  母の記憶は口述となって、再び時を越えて私たちの眼前に現れた。

「カイゼル髭を誇らしげに指で梳いて、目を笑わせていた将校がいたわ。どの親たちも悲劇はそれで終いと思ったことでしょう・・・。どんな辛いことだって・・・。人生だって『死』をもって終わるものですものね。芝居に幕を降ろすように・・・。しかし戦争という大きな刺激により、いつの間にか感動の鈍麻してしまった観客たちは、悲劇のカーテンコールを要求したわ・・・」

  母の瞳は、よどんだ水のように深かった。

「カイゼル髭の将校が側近の部下を呼び寄せると、何やら指図をしたのです。そしてアゴを突きだして『やれ』という目配りをしました。数人の新兵が、大地に泣き伏せている親たちを大声で怒鳴り散らすと、埋め終えたばかりの穴を指さして、何かを命令しました。わたしには意味が分からなかった・・・。でも言葉が通じず、たまりかねた一人の新兵が、自分で演出家の指示通り演じてみせたわ。さも足どりも軽やかに ・・・。兄たちの埋まっている上でオドリを踊ったのです・・・。そうして、まだ柔らかい土を踏みしめました。口もとにうっすらと嗤いを浮かべながら・・・」

  麗香の肩が震えていた。
  私は手の中の茶わんを汗ですべらせた。床の上でそれは音もなく微塵になった。

「自分たちの子を、生きたまま埋めることさえ、十分過ぎるくらいの苦痛と悲しみなのに・・・。それをさらに踏みつけるなんて・・・。模範を演じた新兵は、仲間の者たちに目で合図を送ると、親たちをその場に引きずり出させたのでした。そして銃剣で尻を突き刺したり、腕を突き刺して『死のダンス』を踊らせたのです。ここでもそれを拒んで、頭を石榴のように撃ちぬかれた母親がいました。父は    わたしの手を振り切ると、目をつぶり天を仰いで、力強く踏みしめました。・・・どれほど父の足は痛んだことでしょう。万本の針に貫かれた以上の痛みをわたしも父と分け合いました・・・」

  写真の人たちが微笑みをなげかけていた。
  私たちは泣いていた。
  母は強い。恐ろしく強い。
  戦争を知らない麗香も私も、この母の信じがたい強さの前で沈黙するのみだった。
  長年、とり憑かれていた母の過去の亡霊・・・。

「父は    まだ蠢く土を・・・。兄さんの埋まった土を、力をこめて踏みしめました。どの家の父親も、力をこめて踏みました。母親たちは手を合わせて踏みしめました。早く絶命してくれることを祈りながら    。そのとき・・・わたしの耳に、生木の枝が折れるような音が聞こえました。紙風船を握りつぶして割ったような鈍い破裂音も聞こえました。・・・それは兄たちの骨が砕けて、内臓の破裂する音でした。・・・ 父は目から、血の涙をこぼしました。拳は固く握られ震えていました。土が固まると、どの親たちも膝からくずれ落ち、大地にしがみついて、再び泣きました。天をも突くほどの悲鳴とともに、もがき苦しみました。父も地面に顔を伏せたまま、身動きできませんでした」

  穏やかな風が大地を這うように吹き抜けた。菜の花が少しだけ揺れた。

「わたしの兄さん。わたしの母さん・・・。お父さん・・・    おとぅさん・・・    」
  母は八才の娘のように泣いた。

「父は    その晩わたしを残して首をくくりました。わたしだけが生き残りました。日本兵は、八才の女の子どもだけには寛大でした。残酷なほどに・・・。わたしはさみしさに押し潰されました。気がふれることを神に祈りました。・・・ 死ぬ勇気さえなかったのですから・・・。父も母も兄も、わたしの家族はみな勇敢でした。人間でした。
 わたしは・・・   わたしは・・・・・・    」

  蜂に刺されたように顔を赤く腫らした麗香が、よろめくようにして母を背中から抱いた。そして幼な児のように母の首にしがみついて頬ずりをした。
  私は、二人の前で頭を垂れるだけだった。

  地平線は闇の中に沈んで消えていた。
  母は強さだけで生きてきたのではない。
  死ねなくて生きてしまったのでもない。
  決してそうではない。
  私はそう強く思った。

  写真の人たちが笑っていた・・・。

 

 

 

 

 

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創作童話『空へ』

2022-12-20 07:22:49 | 創作

 

  弟の尚治は、わたしの腕のなかで目を閉じていた。
  首を少しだけ傾けて寝ている。うっすらと額に汗が浮かんで前髪が光っていた。

  到着ゲート周辺には、大勢の人が群がって家族の帰りを今かと待ちわびていた。
  人々の目は暗闇の空に、耳はフロアーのスピーカーに釘づけになったままだった。

「123便  到着未定」
  という表示を、わたしはぼんやりと見つめていた。

  ふうっと、気が遠くなりそうになる。・・・と、ずしりという尚治の重みでハッとした。

  「到着未定・・・・・・」

  なんという不思議なメッセージだろう。一度飛び立ったものが、着く予定がないなんて・・・ 。
  たとえ何時間遅れようが、一度立ったものが着かないなんて。

  そんなバカなことがあるもんか!

  わたしの心はエンドレステープになって、同じ文句を繰り返していた。

  そして
「ね。尚治。おかしいね。尚治・・・」
  と寝ている弟に向かってつぶやきかけていた。

  尚治は安らかな寝顔をしていた。目を横一文字につむり、平和で安息の表情そのものだった。

 

  暗い滑走路に、機影が一つ近づくたび、だれの目もそれを追った。だが、垂直尾翼のマークが外国のものとわかると、目の光がみるまに消え失せてゆくのだった。わたしもまた、そのたびごとに肩から崩れ落ちた。

  飛び立ってすでに五時間・・・。
  一時間で着くはずの飛行機がいったいどこをどう飛んでいるというのだ!
  空に道草をする場所があるとでもいうのか!

  今にも音をたてて崩れそうな心の梁。
  わたしは、だれかをつかまえて、八つ当りでもいいから、それをぶつけてみたかった。

  ××航空の関係者は、わたしたちを前に、すでに加害者のようなかっこうをしていた。だれもが恐縮して、小さくなっている。

  アホタレ!  そうそう早く決めつけられてたまるか!
  ・・・と思った。

  空港のデジタル時計が「二十三時」を示していた。
  一般客の姿は途絶えた。かわりに現れたのは、照明用のライトを高く掲げる者。大きなテレビカメラを肩にのせた者。マイクを片手に持つ者たちであった。
  一目で放送局の人間であることはわかったが、身を切られる思いで苦しい時間と闘っているわたしたちに、マイクを向けようとしたレポーターがいた。
  何という無神経さ!

  有名人のお葬式にきまってあらわれるこの人種は、
「今、どんなお気持ちですか?」
「ご心配でしょうね?」
  と紋切り型にたずねてくる。

  わたしのところへきたら、蹴飛ばしてやろと構えていた。

  わたしの心の乱れに共鳴したのか、尚治が腕の中でぐずりだした。
  手はしびれてとうに感覚がなかった。心もバランスを失いかけていた。
  尚治がうす目をあけた。ロビーの明かりがまぶしいのか、何度もまばたいていた。
  そして、しばらくあたりをうかがうと、自分の家でないことに気がついたらしい。

  尚治はわたしの目を見ると、
「おーちゃんは?」
  といった。

  わたしは笑みをうかべながら、ウソをつかねばならなかった。
「まだ、お仕事よ。帰ってきてないの・・・ 」
  尚治は安心したのか、ふたたび眠りにおちた。

 

  0時を過ぎた。
  ほとんどの家族が、ロビーに残っていた。
  情報が入るまで、動くに動けなかった。かたいイスにすわって待っているしかなかった。
  わたしは、成功の見こみがない手術  を受ける患者の家族の気持ちについて考えていた。

  緊張と疲れで、何度も意識が遠のいてゆきそうになる。
  頭の中では、悲劇に押しつぶされているシーンと、奇跡で気が動転しているシーンとが交互にシミュレートしていた。
  腕の中の尚治だけが、父の帰りをいつもどおりに待っていた。

 

  午前二時。
  ロビーのテレビに速報が入った。

    ××県の0山で山火事が発生  

  現地でヘリが撮影した映像が画面いっぱいに映し出された。それには、山が十字架の形に燃えていた。まるで「火の鳥」みたいだった。
  心の中まで黒いケムリが舞い込んでくるようだった。

  ××県といえば、見当違いの方角である。

  ロビーのあちこちから、すすり泣く声が聞こえてきた。
  わたしは・・・ 。
  わたしは・・・まだ、泣かない。
  奇跡を信じた。
  そんな馬鹿なことがあるもんか!
  と思いつづけた。

  わたしは胸の中の尚治を強く抱いていた。
「お父さんはきっと無事よ。絶対にだいじょうぶなんだから・・・ 。ね・・・」
  そういって、尚治のおでこに頬ずりした。

  空が青みがかってきた。
  地球がいつもとかわらず半回転したということだ。
  じきに、白い世界がやってくる。
  真実が目のまえにやってくる。

  身体中が痛んだ。まだ、感じるだけ神経に余裕があるらしい。
  尚治は熟睡している。
  わたしは、数分間まどろんだ。

  耳ざわりな声に目をさますと    
「123便は××県0山に墜落したもようです。明け方、自衛隊のヘリが炎上している飛行機と××航空のマークを確認しました。生存者はいないもようです。御遺族の方には慎んで、おくやみを申し上げます・・・ 」
  ニュースキャスターが無表情に同じ文句をくりかえしていた。

  頭のなかを音のしない風が吹き抜けた。
  尚治が目をさました。
「どうしたの?」
「・・・・・・ 」

  尚治はわたしを見つめ、悲しそうな顔をした。
「ここ、おうちじゃないの?」
「うん」
  わたしはうなずいた。

「おーちゃんは?」
「おーちゃんはね・・・ 」

  尚治は眠そうな目をこすりながら何度もたずねた。

「おーちゃんは?」
「・・・・・・」

  わたしは尚治を抱きつぶしそうになった。

「おーちゃんね・・・    もう、帰ってこないのよ・・・ 」
「どうして?  おーちゃん、どこへいったの?」
  尚治は不思議そうな顔をしている。

「おーちゃんの乗っていた飛行機がね・・・  お空の上の天国へ行ったのよ。おーちゃんは死んじゃったの・・・ 」
「ふーん。もう、おうちにかえってこないの?」
  尚治は遠く空をみつめると、背伸びして大きくひとつあくびをあいた。

 ***


  O山へ登った。
  尚治もいっしょだった。

  焦げた地面が見えた。
  父の悲鳴が聞こえてくるようだった。
  男のくせに恐がりな父だった。ジェットコースターも飛行機も恐いから嫌いだ・・・と、いつも言っていた。
  どんなに恐かったことか。どんなに痛かったことか・・・。
  しかし、恐怖と苦痛はもう終わった。それが一番わたしを慰めてくれた。

  父の右腕だけが、飛び散って見つからなかったという。山のどこかにあるのだろう木の上にかかっているのかもしれない。

  父の身体があったというあたりに、小さな墓標を立てた。そこに、花と尚治の手紙をそなえた。そして、三人で遊園地でとった写真も・・・。

  前の晩、尚治はクレヨンを握りしめて、覚えたばかりのひらがなを一字一字ていねいに画用紙に書いた。


  かみさま
  どうしておーちゃん
  てんごくにいっちゃったの
  ぼくわかりません
  でも
  ぼくがしんだら
  きっとわかるよね


  写真の中で、父が笑っていた・・・。

                

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創作童話『おかえり おかあちゃん』

2022-12-19 08:11:32 | 創作

  おとこの子は、おかあちゃんの言うことに、ワケもわからずうなずいていました。
  そして冷蔵庫を指さしているおかあちゃんが、すぐにでも帰ってくると思っていたのです。

「どうしても手がたりないの    」
  と、ある日。遠くの街で小さなお店を開いているおばちゃんから電話がきました。
  今までそんなこと一度もなかったのに、よほど困っているようでした。

「お願い!  三日だけでいいの    」
  おかあちゃんは、すがるようなおばちゃんの声に、一度は引き受けました。ですがとても小さいおとこの子を一緒に連れていくことはできませんでした。

  おとうちゃんは、一年前に病気で死んだので、おとこの子はおかあちゃんと二人だけで暮らしていました。近所には親戚も知り合いも誰もいませんでした。
  おかあちゃんは困りぬいたあげく、やはりおばちゃんには断ろうと思いました。

  そして、受話機をとりあげたときです。
  ふと、おとこの子がときどき一人で冷蔵庫をあけて、何かを出して食べていたのを思い出したのです。

(そうだわ・・・!  )

  おかあちゃんは思いました。

(三日分の食べ物と飲みものを作っておいたらどうかしら・・・    )

  おかあちゃんはさっそくサンドイッチとオレンジジュースを三日分用意しました。

  そして冷蔵庫を指さして、おかあちゃんが帰ってくるまでこれを食べているように、と言いました。
  おとこの子は、おかあちゃんの言うことを聞いてうなずきました。

 

  その晩。
  外がしだいに暗くなりはじめました。

  いつまでたってもおかあちゃんはもどってきません。
  部屋は電灯がついていて明るく、おなかも冷蔵庫のサンドイッチで満たされはしました。

  でも、いつまで待ってもおかあちゃんは帰ってきません。
  おとこの子は、玄関の戸をあけたりしめたり、ウロウロし始めました。

  そして、しまいにとうとう
「おかあちゃーん    」
  と、泣き出してしまいました。

  部屋に入っても涙はとまりません。

「アーン。おかあちゃーん    」

  おとこの子は胸をドキドキさせながら、真っ赤に泣きはらした顔を、おかあちゃんの敷いてくれたお布団の上にうずめました。
  そうしているうち、いつしか寝入ってしまたのです。

  部屋の電灯は一晩中こうこうとつけられたままでした。
  その夜。おとこの子はいったいどんな夢を見たのでしょう。

 

  次の朝。
  ぼんーやり目を覚ましたおとこの子は、いつものように、トイレで、自分でオシッコをすませると、
「おかあちゃん。パンたべるゥ    」
  といつものように甘えた声で言いました。

  そしてなかなか返事がないので、
「おかあちゃん。おなかすいたーッ」
  と、ちょっと怒ったように言いました。

  でも、やっぱり返事がありません。

  おとこの子は仕方なく、自分で冷蔵庫からサンドイッチとヨーグルトをとりだして、ムシャムシャ食べ始めました。
  そのときです。ハッとしたおとこの子は、パンをつかんだままトットットッ・・・と、いそいで隣のへやをのぞきにいきました。

  どこにもおかあちゃんの姿はありません。
  おとこの子は立ったまま、お口のなかのものを飲み込むのも忘れて、泣き出しました。
  どんなに泣いても、おかあちゃんの声もきこえません。姿も見えません。
  おとこの子は、ふたたびくずれるようにお布団の上に泣き伏せてしまいました。

  歯型のついたパンが、畳の上にころがったままになっていました。

 

              
 

   お昼ごろ。おとこの子はのっそりと立ち上がり、玄関の戸口に立ったまま
「おかあちゃーん    おかあちゃーん    」
  と、何度もなんども泣き叫ぶのでした。

  道行く人のなかに、おかあちゃんの姿を見つけようと、おとこの子は必死になってさがしました。ですが、いつまでたっても、おかあちゃんは見つかりません。
  おとこの子は、だんだんぼーッとなってきて、ふらふらしながらお部屋に入りました。

  おなかのなかはカラッポでした。でも、ちっともサンドイッチを食べる気がしません。
  ただ部屋の真ん中にすわりこんで、おとこの子はじっとどこかを見つめているだけでした。
  明かりは昨日の夜からついたままです。

  空の色が、だんだんと青く、そしてしだいに黒くなり始めました。
  夜です。
  また一人ぽっちの夜がきたのです。

  おとこの子はやっと立ち上がり、冷蔵庫をあけてジュースを少しだけ飲みました。
  そして明るい部屋のお布団に、頭からもぐりこんでしまいました。

  いつ、
「ガチャリ。ただいまァ!」
  という、おかあちゃんの声がするのか。
  お布団の中でおとこの子の耳は、少しの音も聞きもらすまいと、ピンと、とがっていました。

  そして、おとこの子のあたまのなかでは、何度も何度も
「ガチャリ。ただいまァ・・・」
「ガチャリ。ただいまァ…」
  という、おかあちゃんの声が繰り返し聞こえていました。

  でも、お布団から顔を出してみると、誰もいないのです。
  とうとう本物のおかあちゃんの声を聞く前に、おとこの子は眠ってしまいました。

 

  つぎの朝。外は雨でした。
  おとこの子は上をむいたまま目をさましました。

  ぼんやりしていました。
  横をむいても、おかあちゃんはいませんでした。

  お布団が冷たいと思ったら、オネショをしていました。
  もうずいぶん前に
「おにいちゃんになってオネショしなくなったね」
  とおかあちゃんにほめらたのでしたが・・・。

  からだが汗でベタベタしていました。おフロに入っていなかったからでしょう。
  おとこの子は台所で、蛇口に口をあてて水をガブガブ飲みました。おなかがはれつしそうなくらい飲んで、サンドイッチをいっぺんに口におしこみました。そしてゲーッと、ぜんぶもどしてしまいました。

  おとこの子は
(くるしい・・・ )
  と思いました。

(おかあちゃん・・・    )
  と、そう心で叫んでみても、声にはなりませんでした。

  おとこの子はからだと心のありったけの力をふりしぼって立ちあがりました。そして、よろよろと歩いて、タンスの一番したをあけて、おかあちゃんの服を何枚も何枚もとりだしました。
  色とりどりの服が小さな山のようにこんもりとなると、おとこの子はその山を抱きしめるようにして、顔をうずめて、泣きました。
  涙はでませんでした。小さな肩だけがくすんくすん揺れていました。

  ほんのりとおかあちゃんの香りがする服を抱きしめたまま、おとこの子は明るい部屋の中でうとうと寝てしまいました。
  外が暗くなっても、電灯はつけられたままで、部屋の中は昼も夜もありませんでした。

 

  夜が明けました。
  おとこの子は明るい電灯の下で、服を抱いたままじっと横になっていました。
  お布団のオネショは、もうとっくに乾いていましたが、おとこの子はタンスの前を動こうとはしませんでした。
  おかあちゃんの服をからだじゅうにまきつけるようにして寝ていました。
  おとこの子は、もうサンドイッチもジュースも食べることができませんでした。

  その夜です。
  カンカンカン    と、鉄の階段をのぼる音がして、カツカツカツ    という聞き慣れた足音が近づいてきました。

  そして、ガチャリ! ・・・ と。

  そうです!

  おとこの子が、あれほど待ちこがれていた玄関の戸が開く音がしたのです。

  ガチャリ!・・・と。

  おかあちゃんです!

  おかあちゃんが、帰ってきたのです。

「おかえりーッ!  おかあちゃんッ!」
  という、元気のいいおとこの子の声が、部屋の奥から聞こえてきました。

  おかあちゃんもうれしそうに、いそいで部屋にあがりこみました。

「あら?  かくれてるの?」

  服をぐるぐるにまきつけたおとこの子を見て、おかあちゃんは、
「みィつけたッ!」
  と、顔をのぞきこみました。

  でも・・・、小さなからだは、もう冷たくなっていて、ほんの少しも、息をしていませんでした。

 

 

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創作童話『よくばりな犬』(イソップ・リライト)

2022-12-18 08:24:29 | 創作

 

  夏のあつーい日のことです。

  一匹の犬がライラックの木陰でお昼寝をしていました。
  犬の名はバオバオといいました。

  木漏れ日のなかで、バオバオは眠そうな目をうっすらと開けると、鼻をむずがゆそうにくんくんさせました。
  一匹の小さなショウジョウバエが、さっきからバオバオの湿った鼻のまわりをプオンプオン飛び回っていたのでした。

  夢見ごこちのところをじゃまされて、バオバオは少しばかりイライラしていました。

  バオバオはたまりかねて、
「ウォンッ!」
  と吠えると、鼻の先をガシャガシャガシャと前足でこすりました。

  ハエはまだプオーンと輪をかいています。

(やれやれ・・・ )

  バオバオはいごこちのよかったこの木陰をあきらめることにしました。
  日向は足のうらがちりちりというほどあつく、バオバオはだらしなくベロリンと舌をたらしたまま、ぽとぽと歩きだしました。

  しばらく行くと、すずしそうな日陰を見つけました。
  しかし、アレアレッ?
  なにやら小さなゴマつぶのようなものが、プンプン音をたてながら飛びむらがっています。
  また、ハエでした。

  バオバオはホォーッと、ため息をつきました。

「なんて、きょうはハエと縁のある日なんだろう」

  ところが、よく見ると、ハエは大きな肉のかたまりにむらがっているのでした。
  バオバオはいっぺんに目がさめてしまいました。

  気がつくと、もうかけだしていて、肉のかたまりを口にくわえているではありませんか。
  ハエなんて、なんのその。

(しめしめ。お昼ごはんが助かったぞ)

  バオバオはハエのいないすずしい木陰をもとめて、肉をくわえたまま、川を渡っていました。

  すると、川の真ん中あたりまでくると、自分とおなじように肉をくわえた子犬が一匹、川の中にいるではありませんか。

 

     

 

  バオバオは魔がさしたのでしょうか。

  急にその子犬の肉までもほしくなり、
「ウォン!」
  とひと声吠えました。

  その瞬間。

  ポチャン!  と、バオバオのくわえていた肉は川の中へと消えてしまいました。

(しまった!)
  と思っても、もう後の祭りでした。

  川の中までは鼻も通じません。
  肉は川底をゴロリンゴロンと、ころがり流れてゆきました。

  見ると、川の中の犬も口もともさびしく、とほうにくれていました。
  バオバオの鼻っ先をハエが一匹、軽やかに羽音をさせて川を渡ってゆきました。

 

 

 

 

 

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