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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

捗がいく・・・

2025-05-19 07:14:06 | 音楽

きのうは、
日中、28℃ほどになり、
ジメジメと湿度も高かったので、
仕事場にも初めて冷房を入れ、
ファンヒーターを引っ込めた。

今日までの
私的六連休だったので、
編曲仕事や片付けが
わりと、はかがいった。

この「はか」は、
進捗の「捗」の字を
当てるようだ。

ルビがなかったら
読めないかもしれない。



来年のリサイタルで
『アランフェス』全楽章を
デュオにアレンジしてやろう…
と思ってたが、なかなか、
構想がまとまらず、断念した。

既に、ソロで成し遂げたので、
今更、デュオにして…
というスケールダウンするのが
面白く感じなかったせいもある。

そんなんで、差し替え曲として、
大好きなカンツォーネ
『カタリ・カタリ』に
白羽の矢を立てた。

パヴァロッティの
朗々と歌いあげる中にも
哀愁が漂うソロに
いっぺんで聴き惚れたので、
あの感動を、なんとか再現出来ないか
楽譜とにらめっこしている。

ハ短調の旋律を
レキントギターで弾くと
マンドリンっぽい雰囲気になり、
それはそれで、ナポリじみて
良さげではある。

ちなみに、
正式なタイトル
「Core 'ngrato(コーレ・ングラート)」
は、ナポリ語で、
イタリア語では
「Cuore ingrato」になり、
「恩知らずな心」
または
「薄情な心」
の意味だそうな。

曲の背景は、
恋人カタリーナ(Catarì)に裏切られた
男の悲しみと怒り、未練が
込められている。

愛した相手に情を尽くしたのに、
報われなかったという切実な感情が
切ない旋律とともに、
聴く者の胸を打つ。



名人戦の第四局目は、
初日、千日手による
指し直しが行われた。

結果は、
中盤からじわじわリードし
終盤まで優勢を保っていたが
最終盤で珍しい疑問手を
数手指してしまい
逆転負けした。

これで、
3−1となった。

残り三局で
一番勝てば防衛になるが、
三連敗は有り得ないので
その可能性は濃厚ではある。



きのうも、
お昼は、ボッチ飯で、
バリラのヌーメル・チンクエの
アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノだった。

5kg買いを四度もしてるので、
もう、かれこれ、200回近く作ったから、
完全にカラダがマスターしたようだ。



きのうも、
アンティパスト、プリモ、
セコンド、ドルチェ…と、
自然とコースになった。



『お宝鑑定団』を視ながらの
ぼっちイタリアンだが、
自分で美味しいものを作れたら、
外食の必要なんかないなぁ…
とも思った。

子どもの頃から
台所に立ち、後年、
あちこちの食べ歩きに
ハマったおかげで、
料理得意ジジイになって、
ほんまによかった。🥹

もっとも、
連日、御馳走攻めにしたら、
カミさんは、
「粗食に戻そう…」
と、降参した……。🤣



寝室で、
シコシコ編曲作業をしてたら、
アンちゃんが来訪し、
自宅菜園の苺を持参してくれた。

ここ数年、
毎年のこと、頂いている。

お返しに、庭の
山椒の若芽を一握りほど
差し上げた。

出たばかりの赤ちゃん芽は
市販されてないから、
貴重な食材ではある。

冷奴にはベストマッチの
添え物である。

今日は、朝から、
アンちゃんちの苺採りを
手伝いに行ってくる。

こういう、隠居生活も
いいものである。

……

ピカソの14歳頃の
『漁師』という作品を見て、
その骨太さ、迫り来る力感に
感銘をうけた。

これだけの画力があっての
あの後年のキュビスムの作品が
創造されてきたのだなぁ……と、
感慨深く思った。

これより5年後には、
3年間の『青の時代』がある。

その頃の作風は、
寒色系の沈鬱で内省的で
繊細なものであった。

一人の画家が
これほどドラスティックに
一生涯に独自の画風を模索して
創造してゆく過程は
ピカソ以外にもいるのだろうか?

そこん処をAIに尋ねてみた…。

→ ピカソほど長い生涯を通じて、しかも時代を先取り・創造し続けた画家は極めて希少ですが、彼のように「変化そのものを芸術の本質と捉えた」ような画家は、他にも幾人か見ることができます。
 特に、ゴッホとカンディンスキーは、ピカソと同様に内面の深さと革新性を併せ持つ存在といえるでしょう。



何かのBGMで
ナナ・ムスクーリ
(Nana Mouskouri)
というソプラノ歌手が
ヴォカリーズ風に歌詞なしで
歌っていたのを聴いて、
その幻想的な雰囲気に
感動したことがある。

他にも歌っていないか
調べてみたら、
サラ・ブライトマン
(Sarah Brightman)
という歌手も歌っていたが、
こちらは歌詞付きであった。

他にギター以外で
感銘を受けたのは、
ヴァイオリン・ソロで、
忠実にトレモロを再現したもので、
そのCDタイトルは
『メルヴィーユ』(驚愕)という
超絶技巧ものだった。

 

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音楽を愛し、信じ、真摯に向き合う・・・

2025-04-14 07:33:43 | 音楽

 

『福大ギタクラOBOG会』への投稿文 

お陰様で、
『70-カウントダウン・リサイタル』の
1回目「67歳の回」を無事に
終えることが出来ました。

会場には、
OBOGも多く駆けつけて下さり、
心温まるご支援を賜りました。

あらためて、感謝申し上げます。

+++

ここだけの話・・・
67歳でソロ6曲
デュオ12曲・・・を通しでやるのは
至難の業でした。

直前まで、疲労困憊、
指は関節炎でズキズキで
強力鎮痛剤を服用しての登壇でした。

終演後も半分、死にそうなくらい
クッタクタのクタになり、
打ち上げ後には、すぐに、
深夜営業のマッサージ店に飛び込み、
揉みほぐされてるうちに
寝落ちするほどでした。

まさに、この歳になると、
ギターを弾くのも命懸け・・・
文字通り、身を削る思いです・・・。

そんでも、やんなきゃなんないのが、
ギタリストの業というものでしょうか・・・。



もう、来年のプログラムも
寝床で考えています・・・(笑)。

70歳まで、無事、生き永らえられれば、
OBOGの有志の方々には、是非にも、
ファイナルの「70歳=古希の回」に、
共演を募りたいと思います。

その際は、ご祝儀代わりの
手弁当でご参加下さいませ。

その日が来ましたら、
またまた、「福大ギタクラ」の部旗を
パイプオルガン前に
ドーンと掲げたく思います。

皆様には、あらためて、
ご厚情と友情に、感謝申し上げます。

…………

先日の打ち上げは、
常連の懐石店で
演者&スタッフ総勢6名で
楽しくも愉快に行なわせて頂いた。



乾杯のシーンでは、
まるで、学生時代に戻ったかのように
定演イヴェントを完遂したことの
達成感と安堵感で
誰もが心からの笑みがこぼれた。



カラカラに乾いた身に
キンキンに冷えたビールの
最初の一口目を放り込み
ノドを駆け落ちる瞬間といったら、
まさに、大汗かいて
一生懸命、何かをやり遂げた
同士にしか解らない……
(悦〜ッ❗️ たまらん〜ッ‼️)
という、天上の気分を味わった。

ほんに、これも、また、
ミューズ(音楽の女神様)による
ご褒美かしらん…と、
思ったほどである。



此度は、亡母のトンボー(追悼曲集)
という、生涯に一度の
メモリアル・リサイタルとなった。

夫と兄に先立たれた
叔母さんと従妹が
亡母の遺影を挟んで
最前列に席していたが、
二人とも、それぞれの
葬儀で聴いた曲を耳にして
落涙したとの事だった。

してみれば、
亡母の魂ばかりでなく
敬愛するお二方の魂をも癒す
レクイエム(鎮魂歌)だったのだなぁ…
と、後になって気付いた。



今更にして、
「音楽の力」と
それを奏する者の使命
というのを、知らしめさせられた。



そう…。


たとえ、おひと方であっても、
癒された、涙が流れた、楽しかった…
という方がおられたなら、 
自分は命を削ってでも
音楽を愛し、信じ、真摯に向き合い、
ミューズの後押しを得て
弾かなくてはならないのである。



……

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ヒマリちゃんベルリンフィル・デヴュー

2025-04-03 08:49:04 | 音楽

きのうは、
音楽堂に午前中、
リハに出掛けた。



いつ、老母の病院から
危篤の知らせが来るか…
ハラハラしながら、
スマホをそばに置いての
リハだった。

おとついの午後3時頃に
血圧が80まで低下したと
知らせがあったが、
あれから連絡がないので、
適切な処置で持ち直してくれてれば 
いいのだが…。



リハは 
ソロ6曲と
デュオ12曲なので
3時間もやったら、
青色吐息であった。

たいへんだぁ…
こりゃ…。



またしても、
なんで、こんな事、やってんだろ…
と、馬鹿げた思いが
独り言で漏れた…。

歳ぃとると、
ほんとに、演奏行為って
シンドイ〜‼️😭



そしたら、
帰宅後に、YouTubeで
ヒマリちゃんのベルリンフィルの
デヴュー公演のレポートを視て、
彼女も緊張するんだぁ…と、
13歳の少女らしい一面が見れて
ちょっとホッとした。

それでも、
ソーちゃんや大谷クラスの
超天才である事には変わりない。

彼女は、幼い頃から、
練習のオニでもあり、
弾けるまで何百回でも
千回でもやる…と、明言している。

そして、幼少の頃から、
曲に感情を込めて
物語性を表現する
という天賦の才に長けている。

初合わせで、
ベルリンフィルの首席奏者が
何かアドバイスしようとしていたが、
逆に、団員が圧倒されたという。

ソリストなら
天下のベルリンフィルであっても
自分が引っぱっていかなきゃ…
と、リハ前に語っていた13歳は、
並の天才でない事は確かである。

リハでヘタっていた処だったが、
眼光鋭いJCの厳しい言葉に触れ、
叱咤されたかのような気がして、
辛くとも、練習しなっきゃ…
と、爺さまギタリストは
思わされた。



リハの帰り、
昭和食堂前を通ったので、
珍しい穴子丼をやってきた。

もう、40年来やってる
という食堂だが、
訊いたら、ワンオペの女将さんは
ひとつ下の同世代だった。

 

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"Common Time"(コモン・タイム)

2025-02-03 08:05:17 | 音楽

 

きのうの棋王戦は、
振り駒で先手を得た
ソーちゃんが順当にキープして
まずは戦勝した。



今月は、
王将戦との
ダブル・タイトル戦の防衛で
全国を駆け廻る。



毎日、何やかや
楽譜を見てるが、
4分の4拍子 を表す "C" の記号 が、
何の略だったか忘れて
AIに訊いたら
"Common Time"(コモン・タイム) の略だった。

"C" の由来……
中世の音楽理論では、
「完全な拍子(Perfect Time)」を
円(○) で表し、これは
3拍子系 を意味していました。
(キリスト教の三位一体の象徴として、3拍子が「完全」とされた)

その後、4拍子系(不完全な拍子)は
円(○)の一部をカットした形
(半円、つまり "C") で表されるようになりました。

これが後に「4分の4拍子」として標準的に使われるようにり、
"Common Time"(一般的な拍子)
と呼ばれるようになりました。

また、
"C" に 縦線(|)が入る記号 は
"Cut Time"(Alla breve) と呼ばれ、
2分の2拍子 を意味します。

……

それまで、全シリーズ読破してきた
『神との対話』の完結編を読了した。

比較宗教学の勉強も
ライフワークにしているので、
このベストセラーは外す事は出来ない。

あらたに啓蒙される事もあり、
深思熟考しながらも
充実した形而上的な時間を過ごせた。

惜しむらくは、
それを伝え分かち合う機会がないので
常連さんのクライエントさんに
スピリチュアルなトピックとして
ライフ・ビリーフの
リフレーミングのヒントに
して頂こうかとは思っている。

【求めよ さらば 与えられん】
である。



『宗像教授』の新刊が
Amazonから届いたので、
面白く読んだ。

漫画とはいえ、
独特の古代史観を展開するので、
神話学の勉強にもなっている。



先日の
『かがくい ひろし』展が
撮影自由だったので
これといった面白げな絵を
たくさん撮ってきた。



野菜たちを
擬人化した絵は
愛らしくて、
ほのぼの感があり、
ハートウォーミングで、
見ていて飽きない。

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人類の至宝『黄金ホール』

2025-01-02 12:08:40 | 音楽

朝から、ブログの不具合があり、

怪訝に思っていたら、

やはり、サイバー攻撃があったようだ。

なので、

一日遅れで、内容を修正した。

 

***********

***********

 

 

朝刊の元日版に
ソーちゃんの
『迎春』の扇子を持った笑顔があり、
「推し」にとっては
新春に相応しい絵柄であった。

昨年は、七冠防衛という
難業を成し遂げた。

今年は、叡王位を奪還して、
八冠への復帰が
待望される。



きのうは、
新年早々にエンジンオイルを
愛車に充填した。

二ヶ月に一度のメンテだが、
カレンダーの元旦にちょうど
その丸印がついていた。

昨日でちょうど一缶を
使い切り、買い置きしてあった
新しい缶の口切りとなった。

透明褐色のオイルを入れながら、
今年もよろしく頼むよ…と、
愛車のムーちゃんに
声がけした。



年末は、
ダラダラ過して
とうとう年賀状の先出しを
初めてしなかった。

そろそろ年賀状仕舞いに
したいと思ってるので、
今年から、頂いた方にのみ
ご返信を差し上げる事にした。

時節柄か、
年々、頂く数も減っており、
今年は、元旦に6枚きりという、
これまた、最少枚数だった。

SNSやメールで
普段からやり取りがあるのに、
わざわざ年賀状でもあるまい…
という方々もすくなくない。

それでも、頂いたものには、
返信するのが礼節なので、
書室で三十年物の古墨を
端渓硯で擦って、
ご住所ご芳名を筆書きし、
めでたい七福神の五色印を押して
一言ご挨拶を記した。

一枚一枚、作品を創るような
テンションなので、
五枚でも肩が凝ってしまった。

それでも、
元旦ならではの
若水で墨をおろすと
ぷーんと香りが立ち
典雅な気分が味わえた。



元日の昨晩は、
恒例の『ニューイヤー・コンサート』
を満喫した。

今年は83歳になり
7回目の最多指揮者となった
ムーティ。

老熟し脱力した指揮は
さすがにマエストロ然としていた。



今年は、
ヨハン・シュトラウスの
生誕200年記念イヤーだそうな。

プログラムにも
ヨハンの曲が多く取り上げられていた。

恒例の『ラディッキー』では、
ひと工夫してあって
面白い演出をしていた。

 


いつ見ても
黄金ホールの美しさには
魅了されるが、
まさしく、美術的にも歴史的にも
人類の至宝のコンサートホールである。

 

 

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