きのう、おとついと
朝方、頭痛がし、
胃腸の調子も良くなかったので、
軽い風邪かな…と、思い、
13連休で予定なしなのをいいことに、
二日とも、寝養生していた。
すこーし陰って
気圧が下がると、途端に
坐骨神経痛が痛みだすから
HSPも大概にせい…と、
自暴自棄的になる。
慢性痛は、人をして、
人格を歪めるものがある…。
そこから逃れたいと
自死する人とて居る。
四苦八苦の
生病老死は避けがたいものだが、
天気と同じく、束の間の晴れ間には、
人生を謳歌したいものである。
…
小児喘息で永らく入院してた時、
よく漫画を読んで
養生の時をやり過ごしていた。
その習い性となり、
今も、病床に漫画は
なによりの気慰めものに
なってくれている。
【No manga, No life】
…である。😍💕
…
きのうのお昼は、
余っていた一人前の蕎麦を茹でて
冷たい「もり」を
熱々のツユでやってみた。
山葵は鮫皮で下ろしたので
辛味がツンと立ち、
蕎麦に乗っけて
ツユには浸さずに口中入りするから
スパイシーな刺激がズドンと
鼻にきた。😂💥
仕上げには
昆布と鰹節、かえし(砂糖+醤油)
でもって拵えたツユを
蕎麦湯で割って
しみじみと味わった。
ボッチ飯をやってたら、
ふと想い出した事がある。
28年前……
実家を訪れた折、
父を亡くしたばかりの独居の母が、
ガランとした居間で、
独り粗菜で黙々と食事してるのを見て
(夫を亡くしても
飯は喰わにゃならんのだなぁ…)
と、思った事があった。
かつては、祖父母・両親が
息づいていたこの家で、
今、自分も独り飯をしている。
柱にも
祖父の背丈が残りいて
息づく家で
独り飯かな
蕎麦つゆの
湯気までもなお
独り言
…
寝養生してたら、
夕方頃、チャイムが鳴り
階下に降りて行くと
自分への届け物だった。
見ると、誕生日に、
毎回、お菓子を送ってくれている
教え子のハツミとユリッペだった。
送り状に
お菓子とお線香とあったので、
ブログを見て、お供物を
送ってくれたようだ。
持つべきものは、
可愛い教え子である。
二人とも既にアラ還だが、
いつまでも、自分の事を
先生と思ってくれてるのが、
嬉しいものである。
そういえば、
ふたりの恩師でもあり、
親しかった同僚のコンちゃんが
早々とご帰幽された時には、
わざわざ、金光教のお教会に
献花とお礼参りをしてくれたので、
エライなぁ…と、感心した事もあった。
二人とも、仕事や子育てでも
苦労してきた昭和人間なので、
かの世代の人情は未だ廃れ難し……
という思いがする。
あたしゃ、若い時分は
人間として未熟で、
大した事も生徒たちに教えた
覚えはない。
それでも、
私淑する師のみ教えを
有り難く頂いて、
何とか十一年を務め遂せた。
生活の為に教師をすな
人を育てるという
尊い使命の為に
身命を捧げよ
真の教師を
神様は生かさずにおくものか
…未だに、そのみ教えは、
教師 → 心理師
育てる → 助ける
と、置き換えて
変わらね座右の銘としている。
それで、三十年もきて、
今、半分だけ荷を下ろさせて
頂いた。
河合先生のご晩年に近い頃、
京都で教育分析を受けていた
阪先生から分析依頼の打診を
して頂いたが、
「今は、自分の死と向き合っているので、お受けできない」
とのお断りのご返答を頂いたとの
事だった。
それでも、
帰福後に、河合先生とは
講演会のスタッフとして
呑み会で歓談させて頂き
ご著書へのサインも頂戴した。
………
二十代の頃も
一度やった姓名判断を
も一度、AIでやってみたら、
やっぱり、昔とおなじく
晩年盛運だった。
……
【晩年の傾向】
中年までの苦労や孤独感を乗り越えた後、晩年にかけて評価が高まり、信頼される存在になる。
精神性が高まり、「言葉」や「思想」を通じて周囲に静かな影響を与える人物となる。
引退後も人生の意味を探求し続ける哲学的な晩年を送りやすい。
人付き合いは少数精鋭、ただし深く温かい関係が残る。