『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

リアルファンタジー『名人を超える』33

2022-09-30 07:08:39 | 創作

* 33 * 

 人間は金以外の動機で動くものなのに、ほとんどの人はそうではないと思っている。

                               養老 孟司

 

 *

 

「ソーちゃん、考え過ぎて、アタマ痛くなっちゃったぁ・・・」 

 カナリは、師匠について書かれた伝記を読み返すと、幼稚園の頃に、母親に言ったという一言に目がとまり、とどめなく泪があふれた。

              

 あの刹那もそうだったのだろうか・・・。

「将棋の神様」と言われる大名人が、初心者がやらかすような「二歩」を打つなんて、正常ではあり得ない。 

 あの時、思考途中で、父の脳内に異変が起こったのだ・・・。

 その違和感を圧して指した最後の手が・・・反則手とは・・・。

 でも、あれは健常な父の手であるはずがなかった。

 とカナリは棋士として確信していた。

 病変が打たせた「悪手」なのだ。

 父は、永世八冠とタイトル一〇〇期という偉業を為し遂げてこの世を去った。

 享年三十三歳。

 それは、三十五歳で没した大天才モーツァルトよりも更に短い「四百年に一人の大天才」の駆け抜けるような、凝縮した生涯だった。 

 父は、棋界のおよそすべての記録を塗り替えた不世出の「棋神」である。

 そして、ほんとの「カミサマ」になってしまった・・・。

 

 カナリは、いろんな事を走馬灯のようにぼんやり考えながら、溢れる哀しみを流れるままに任せていた。

 でも、ふと・・・

(そうだ。私はこの家の長女なんだ)

 と我に返った。

 父にして、師匠を失った自分は、自我が崩壊しそうなクライシス状態だったが、夫を失った母や、父を失った妹、弟もいるのだ。

 しっかりせねば・・・と、オーファン・スピリット(孤児魂)が我が心を鼓舞した。

 しかし、刹那的に気弱になると、途端に「シャドウ」が心の悪魔となって、不運なお前がこの家に不幸をもたらしたんだ・・・という、気が狂いそうな呪詛を投げかけてきた。

「黙れーッ!」

 と、カナリは絶叫して、己れにまとわりつくネガティヴ・シンキングと闘った。

 この家に来て、父にも、母にも、ネガティヴな事は考えちゃいけない、と言われてから、ずっとポジティヴ・シンキングでいようと努めてきた。

 が、この対称喪失の失意のドン底で、またもやシャドウが自我を脅かしてきた。

 

 仏陀は、沙羅双樹の下で結跏趺坐をしていた時に、マーラにささやかれ

「悪魔よ、去れッ!」

 と怒号したという。

 イエスも荒れ野においてサタンにそそのかされ

「悪魔よ、去れッ!」

 と命じている。

 これらは、いずれも身の内から湧いてくる自身の「影の声」であり、ある意味、自我を開祖に相応しいほどに強化するための試練でもあったのだ。

 

 カナリもまた、影との戦いに苦戦したが、それも、偉大な棋士になるための・・・そう・・・父の跡を継がねばならぬ娘としての、命運であり宿命でもあったのだ。

 カナリは底知れない哀しみを怒りに変えて悪魔と闘った。

 それは、父から一子相伝で受け継いだAIに勝ち越す戦術とは違ったたぐいの「こころの力」が要った。「たましいの力」も要った。

 それこそが、カナリが「父を超える」「名人を越える」のにやり遂げねばならない、彼女の「個性化の過程」であり、真の意味での「自己実現」なのであった。


 そして、父/師匠の死は、彼女にとっては、苦しい自身の「象徴的な死」でもあり、今こそ、独立独歩で生きていかなくてならないという「象徴的な再生」が、心の深い層に潜む得体のしれぬ実存的なものから求められていた。

 この《通過儀礼》の逆巻く流れの河を渡りきるには、まさしく、命懸けの、全人的な精神エネルギーを投入せねばならなかった。

 乗り越えてみせる。

 やってやる・・・

 という声も、彼女の深部から、たしかに沸いてきた。

(お父さん。見ててください。

 師匠。見守って下さい・・・)

 と、カナリは天上の棋神となりし人に向かって手を合わせ瞑目した。

 

             

 



 

 

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不覚にも「怪我」する・・・

2022-09-30 07:05:15 | 古楽器製作

 

「私的五連休」中なので、
きのうは『PC工房』に
新しいパソコンをBTO(受注生産)で
決済してきた。

PC界において
CPUのメインは
『インテル』と『AMD』だが、
ソーちゃんがAMDユーザーで
今年からCMにも抜擢されたので、
迷わずAMDの『Ryzen 7』搭載の
『Win11』にした。

メモリ16GBで、
M.2 SSD 、Radeon Graphics、
という高スペックながら
『オフィス』を入れて
117.000円になったので、
月9600円の12回分割にした。

1年間のリース代を払うと思えば、
最新型を月額9600円は
安いものである。

なにせ、現状のは
『Win7』の頃に買った
12年前のものを、
自分でメモリ増設、CPU交換、
SSD換装、グラボ増設して
『Win10』までカスタマイズした
ロートル品なので、
近頃の誤動作は
マザボの経年劣化と思われ
さすがに全取っ替えとなった。

今回のは
国内メーカーの『Iiyama』製品で
BTOという受注生産なので、
完成まで1週間かかる。

それまで、現機を
無事に使い切りたいと
思っている。

*

こちらも受注生産で
ルネッサンス・ギター創りに
勤しんでいるので、
毎日、工房内でパーツ造りをしている。

きのうは、
ネックのカンナかけと
ヒール・カットをした。

ベルトサンダーを調整している時、
うっかりして右手の薬指を挟まれ、
表面の皮がベリリと向けて
出血してしまった。

あわや大事故・・・というのを
文字通り指の皮一枚ですみ、
痛い思いはしたが、
「大難を小難に奉り替え」頂いた事を
ご神前でお礼申し上げ、
同時に、毎回、作業前に
「無事安全にさせて頂けますように」
というご祈念していなかった事にも
お気づきを頂いた。

これからも、
電動カンナやノコギリ類を多用するので、
指一本でも切断するような事があったら
ギタリスト生命もオジャンである。

なので、慎重が上にも慎重に、
注意して作業せねばである。

*

晩には夕食当番だったので、
ちっと手抜きして
出来合いのサンドイッチを
先日買ったばかりの
アフタヌーンティー用の
ダブルデッキ・プレートに
手造りのプチタルトと
赤ピーマンのムースとドレッセした。

そして、メインは、
YouTubeで覚えた
アニョー(仔羊)を
ポムドテール(ジャガ芋)で包んで
ソテーにした。

諸物価高騰の折、
オーストラリア産ラム肉も例外でなく、
これまでの1.5倍近く値上がりし、
おいそれとは口にできなくなった。

いちばん安価なパックが
800円だったので、
カミさんとふたりで
一人分400円の原材料費になった。

*

薬指を怪我したので、
ゆんべは、
『リュート・マラソン』用に
録画しようと思っていた
Bachの『ブーレ』を弾けなかった。

きょうはバンドエイトを外して
そろそろと試し弾きしようかと
思っている。

 

 

 

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ムニュ・デキュスタシオン

2022-09-29 07:13:02 | フレンチ

「私的五連休」中なので、
まったりと生きている(笑)。

きのうは、
パソコンを新調すべく
『PC工房』に出向いたのだが、
生憎と商談が込んでて、
待っているのもいやなので、
ネット注文にしようと店を出た。

『Odin』の矢野目店が近所だったので、
ちょいと寄ってみたら、
なかなかの掘り出し物を見つけ、
創作意欲を喚起してくれそうな
アシェット(プレート)を
4枚ほど1600円で購入してきた。

シニア割で1割引きなのも
有り難かった。

帰宅して、
さっそく昼時に
ムニュ・デキュスタシオン
(少量多皿メニュー)
を創ってみた。

こうしてみると、
「器は料理の着物」
と魯山人が言ったことが
よく解る。

フレンチの場合、
額縁効果になってくれるので、
コロッケを乗せても
"絵"になりそうだ(笑)。

もっとも、
真っ白な皿をキャンバスに見立てて
そこに描くようにドレッセする
という手法もある。

 

"ぼっちフレンチ"では
その両方をも試作しながら、
時折、カミさんや
客人に振る舞っては
喜んで頂いている。

***

アナリスト藤原氏の
毎週更新されるYouTubeでの
論評を視聴しているが、
今週は、
「世界・人類は
良い方向に向かっている・・・」
という大局的な見方が参考になった。

現在は「乱世」と言いながらも、
「悪」が正されるための
プロセスがそこ此処に起きているという。

ウクライナ国民には悲劇である
侵略・併合劇も、
プーチンの大義は
ウクライナを拠点としている
欧米の不正の温床である
「戦争屋」の壊滅のための
「軍事作戦」にあるという。

世界経済は、
市場経済中心主義である
マネタリズムの終焉のようである。

本来手段である「金」の為に
人類がどれほど「狂って」きたか・・・。

ここにおいて、
その間違いにようやく気付きはじめた
FRBのバーナンキやパウエルは
金利を上げて
経済引き締めに施策変更している。

中国では
不動産バブルが弾けて、
6割近い不良債権を抱え、
各地で建築ストップが見られ、
「土地-金」というマネタリズムで
進めてきた世界各国も同様の
行き詰まりが起こっているという。

スリランカは国家経済が破綻した。

日本においては、
政権与党の自民党が
党創立の1955年来、
反社会的カルト組織(統一教会)と
癒着して政権を支えていた事が露呈し、
これから、その審判を
国民から受けようとしている。

オリパラ問題でも、
暗黙の聖域とされていた「電通」に
捜査のメスが入り元役員が逮捕され、
また、大手メジャーの角川会長も捕まった。

そして、次には、
森、竹中・・・といった、
元総理・元大臣経験者の逮捕も
特捜部の視野に入っているという。

利権にまみれた政財官が
白日の下に晒されて、
社会から排除されるのは
確実に「よい方向性」である。

共産圏においても、
プーチンによる
オリガルヒ(既得権益富豪)の排除や
キンペーによる
汚職官僚の取り締まり
という「正常化」への権力行使が見られる。

トランプは
バイデン政権に絡む
ディープステートとの闘いに
勝利すべくプーチンと画策して、
その成果が見えてきたともいう。

人類史的には
パンデミックの3年間は
辛く苦しいものだったが、
それでも、ヒトの体が
熱を出してウィルスを死滅させ
免疫力を上げようとしている
生理作用のようなもの・・・と、
考えると、明らかに、人類は
「正常化」「健常化」へ
向かっているのかもしれない。

戦前・戦中・戦後間もなくの頃は、
日本においても
ハンセン病差別やら
優生保護法の下に
強制不妊手術や
強制堕胎手術などが公然と行われてきた。

また、企業の不正も少なくなく、
公害問題や薬害問題も
後を絶たず近年まであった。

それらも、
「正常化」「健常化」の方向へ
この「乱世」では
あたかも、熱力学第二法則のように
平衡状態へと収束しようとしている
プロセスのようにも観える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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リアルファンタジー『名人を超える』32

2022-09-29 06:59:41 | 創作

* 32 * 

 そもそも人間、悩むのが当たり前なのです。
 悩むのも才能のうちです。
 悩めない人間だってたくさんいます。
 そういう人がバカと呼ばれるわけです。           
                          養老 孟司

 *

 それは、王位戦「七番勝負」の開催初日の出来事であった。
 熱しやすく醒めやすい国民性もあり、ソータブームもカナリブームもとうに去って、平穏な棋界のムードが戻ってきた時である。
 対局は、タイトル100期超えを為して棋界の記録を更新したばかりの永世八冠と、デヴュー来、絶対王者の父にタイトルを独占され続け無冠のままの挑戦者であり続けているその娘である。
 食傷気味な世間では、いつもの事なので、他の娯楽に興じるのに忙しく、棋界のことなぞ歯牙にもかけていなかった。
 それでも、熱烈なニッチ的ファンに支えられ、ネット中継は続いていた。
 当人どうしは互いの深い研究を闘わす真剣勝負を盤上に展開していた。

 その終盤間際の八十六手目であった。
 奨励会員の若い記録係も対局者のカナリもアッと言って、息を呑んだ。
 絶対王者がカナリの猛攻に対して「2一歩」という守備の定石である「金底の歩」を打った。
 なんと、それが、反則手の「二歩」だったのである。 
 ネットで観戦していた数千ものファンも、あまりの驚愕に息を呑んだ。
 永世八冠たる「将棋の神様」が、うっかりにせよ打つはずもない反則手を打ってしまったのだ。
 大仰に言えば、世界各地でこれを目撃した将棋ファンは心臓がとまるほどの衝撃を受けた。
 

 そして、さらなる衝撃が人々の目を釘付けにした。
 王位は、両手を盤上に着くと前のめりになって身を崩した。
「お父さんッ!」
 と、いちはやくカナリが立ち上がった。
 

 救急車が呼ばれ、カナリは同乗して救急外来に搬入されるまで、ずっとその手を握りしめていた。
 ソータは意識がなく、まるで眠っているかのようであった。
 救急隊員はずっと酸素マスクをその口に押え続けていた。
 ネット中継をつけたまま家事をしていた愛菜も、この異変に気付き、すぐさまカナリに連絡を入れて病院に直行した。
 
 クモ膜下出血であった。

 愛菜の連絡で、小学5年と3年になったサトミとリュウマは、実家の母が学校から連れてきてくださった。
 家族5人にソータの母親が病室に揃った時、バイタル装置のアラーム音が鳴り響き、医師や看護師たちがわらわらと蘇生措置を懸命に施していたが、やがてオシログラフの波形がフラットになると、スタッフの処置もしずかに打ち切られた。

 午後3時35分だった。

 家族と母親に見守られてソータは逝った。

                         

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リアルファンタジー『名人を超える』31

2022-09-28 07:02:22 | 創作

* 31 *

 自分が変わっていなかったら、何も学んでいないと思えばいい。           

                        養老 孟司

 将棋界は、ソータ・ファンには『徳川時代』と、アンチ派には『暗黒時代』と喩えられるように「四〇〇年に一人の天才」により長期独占時代が続いていた。
 もうひとつ変わらぬことは、嘘のようなハナシだが、八大タイトルのほぼすべてで、永世八冠の娘が毎回のように挑戦者となり、そのたびごとに敗れ、牙城の一角を崩すことが出来ずにいた。
 これは、ある種の「停滞」でありマンネリズムであった。 
 そうなると、いかなる世界でも活況を失わざるを得ない宿命がある。
 

 ファンの一部は、「どーせ、勝てないんでしょ」と「どーせ、また勝つんでしょ」という、結末の見える物語を読まされているような失望感で、離れていったのも事実である。
 それは、棋界の発展を誰よりも望んでいたソータとカナリにとっても由々しき事と思われていたが、如何ともし難い状況ではあった。
 相撲やプロレスのように、いっさいの八百長のない「真剣勝負」の世界だから、弱いものはどうしたって強いものには勝てない。
 まして、ボードゲームのようなたぐいでは、オリンピック・ゲームのように、当日の好不調というコンディションによって勝負の行方が左右されるということは滅多にない。
 タイトル戦では、高熱や急病であれば、対局が延期される。
 それで、不戦敗とはならないのである。
 相撲界のように、横綱が八場所連続休場というような事態も棋戦史にはない。
 

 世間には「四〇〇年に一人の天才」が加齢による老衰現象で弱くなるまで、リアルタイムで棋界を見守っていくという酔狂さもなかった。
 娯楽は他に山のようにあるのである。
 ある世界に、「絶対王者」が出現するという事は、「パンタレイ(万物は流転する)」という理法に反し、「定常が続く」という事で、すなわち砕いて言えば「何も始まらない、何も終わらない」という退屈さを招来するという事にもなるのである。
 それでも、V9時代の「常勝巨人軍」や大横綱の「大鵬関」には根強いファンが存在し、「巨人・大鵬・卵焼き」という俗言があったくらいである。
 贔屓チームや贔屓力士が勝つのを楽しみにしている、という国民も少なくはなかった。

 しかし、この世は、やはり理法どおりに・・・
 諸行無常
 諸法無我
 ・・・であった。
 万物は流転する、のである。
 

 絶対王者の永世八冠が、タイトル100期を超え、引退したレジェンドの羽生永世七冠の「99期」の記録を更新した年の夏、それは起こった。

 世間は信じられない出来事にアッと言って、息を呑み、そして肝を潰した。

 

            

 

 

 

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