
スイカの名産地「尾花沢」の
カミさんの親類から
毎夏、大玉の「特大スイカ」が
送られてくる。
普段から
キチキチぎみの台所の冷蔵庫には
半分に切っただけでは入りきれず、
今はリキュール類の冷蔵に用いている
老母の大型冷蔵庫にスイカを切り分けて
毎夏、冷やしている。

30℃超えの「夏日」、
35℃超えの「猛暑日」が
連日つづき、バテバテ気味になってきたが、
毎日のように、アイスクリームを
食している。
カミさんが、
いろいろと取り交ぜて
買ってきてくれるので、
自分ではあまり買うこともない。
きのうは、
抹茶味の「鯛焼き」アイスで、
お馴染みのコピーの
「しっぽまであん」とあった(笑)。
***
冷房の当たり過ぎなのか、
夏バテのせいなのか、
きのうは、異様にオシリ痛がひどく、
テニスボールで指圧しても、
マッサージ機で施術しても、
痛みがとれず、夕方頃には
鬱っぽくなるほどだった。
慢性痛なので、
それで鎮痛剤を呑んだことはないが、
きのうに限っては、
限界かなぁ・・・と、おもわせるほど、
一日中、往生した。
この慢性痛は不思議なもので、
他の箇所の具合がワルイと、
ピタリとなりを潜めるので、
「ファントム・ペイン(幻痛)」のような
脳内の錯覚現象なのかもしれない。
さりとて、
自分の事となると、
なかなか何らかの心理療法を試してみよう、
生活改善してみよう、
という気にはならないので、
さすがに、きのうは、
(いつんなったら、本気で、
死ぬ気で、頑張るつもりやねんッ!!)
と、関西弁人格から叱咤された(笑)。

・・・そんなんで、
きのうも、一日中、
ダラダラと、寝室でひっくり返って、
YouTubeを見ていた。
『人志松本のゾッとする話』を
まとめたサイトを7時間くらい見て、
芸人たちの150本ほどの怪談を聞いたが、
2本だけ感心したのがあったので、
毎夏恒例の『怪談』に
ノベライゼーションしてみようかと思った。
***
『自殺の名所』
日光『華厳の滝』は、その雄大壮麗さで、日本一の滝とも賞されるものだが、また、自殺の名所としても名高い。
この場合、英語で言えば、「フェイマス」ではなく、「ノトーリアス」(悪名高い)のほうが相応しいだろう。
明治の頃。旧制一高の学生・藤村 操(16歳)が、投身自殺したことは、その現場に残した遺書『巌頭之感』によって当時の学生・マスコミ・知識人に波紋を広げた。
巌頭に立つに及んで、
胸中何等の不安あるなし。
始めて知る、大なる悲觀は、大なる樂觀に一致するを。
・・・と、今も、傍らの木にそれは書かれて残っている。
私も、幼い頃、家族旅行で日光に赴いた際、「いろは坂」で悲鳴をあげ、東照宮で息を呑み、そして、エレベーターで降りた「華厳の滝」の不気味さを、今もしっかりと記憶に残っている。
事前に、両親に"自殺の名所"という事も聞かされていたので、
エレベーターで仄暗い「観瀑台(かんばくだい)」に着いたときは、恰も、地獄の一丁目に着いたかのような恐怖感すらあった。
そして、先日、50年ぶりに、思い付きで、ふとその観瀑台に、また立ってみたくなった。
人生の節目である「還暦」を過ぎて、いささか、現生での暮らしに疲れもし、いささか、厭世観を感じての事なのかもしれなかった。
あるいは、既に、両親は亡く、子どもたちも自立して、ふと自分の人生を顧みたくなったのかもしれない。
老後の趣味にと、退職金の一部を張り込んで、やや分不相応な高級一眼レフカメラを新調したばかりだった。
デシタル仕様のそれは、オートフォーカスは無論のこと、オートズーム、連写も動画も思いのままである。
夏の終わりとはいえ、まだ暑さを肌に感じる頃だが、観瀑台まで降りると、さすがに、瀑布のミスト効果で涼しく、いや、肌寒く感じるほどだった。
私は、半世紀も前に、両親と兄とここに佇んだことを、しきりに思い浮かべようとしたが、いくら待っても、その映像はついぞ浮かんではこなかった。
中禅寺湖の淵からこぼれ、大音声で岩にぶつかり飛び散る瀑布の飛沫を眺めていると、老境にかかる自分も、いずれ、砕けて散る水塊の如しだなぁ・・・と、思わないでもなかった。
幾枚か、パシャパシャと、気の赴くままに、レンズを向けてはシャッターを切った。
そして、滝壺周辺に小さく湧いた虹には、ズームをかけた。
落下する轟音を聞きながら、水の流れを下から上へと逆にファインダー越しにパンした時である。
頂上の木立に何やら人影のようなものが見て取れた。
私は、一瞬、幼い頃、亡父から教えられた藤村 操のエピソードが脳裏を過ぎった。
ズームをかけると、まぎれもなく、それは人だった。
女だった。
私は鼓動を激しくさせながら、キャリーバッグの中から小型の望遠レンズを取り出して装着した。
素早く、標的を狙い、ズームをかけると、その表情が眼前に浮かびあがってきた。
年頃、三十路近いだろうか・・・。
その表情は、まるで、何かに憑りつかれたかのように、虚空の一点を凝視していた。
そして、その歩みは、確実に瀑布の虎口にむかっていた。
(こりゃ、やるな…)
と、不穏な気分に襲われた。
女は、流れ落ちる瀑布の岩場の最前線まで、歩み寄ると、その視線を滝壺へと落としていた。
そして、次の瞬間。
ゆらりと頭が前に突き出たかと思うと、そのまま、真っ逆さまに、木偶人形のように落下した。
ファインダーをのぞきながら、いつの間にか、自分は女の最後の「生」を記録するかのように「連写モード」のシャッターを切っていた。
カシャカシャ、カシャカシャ、カシャカシャ・・・。
と、高性能カメラは無機的な音を立てながら、事の結末までを追った。
女は、滝壺ではなく、その脇の岩場を目指し、頭っから突っ込んだ。
人が、目の前で、落下死、追突死するのは、私は生まれて初めて目撃した。
それは、まるで、望遠レンズのファインダーを通して、ヴァーチャル映像を見ているかのようでさえあった。
本来、私が真っ先にすべきことは、警察への通報であったのだろうが、私は目の前の大ハプニングを撮る"一野次馬"に成り下がっていた。
巌の真上から、真下の巌までの時間は2秒もなかっただろう。
望遠レンズ超しには、さすがに、その衝撃音を拾うはずもなかった。
しかし、幾多のハリウッド映画を見てきた世代には、その衝撃の効果音が、自ずと脳内で変換された・・・。
・・・ドッ、バーンッ!!
・・・ゴキリッ!!
板飛び込み選手のように、頭部からの着地である。
連写シャッターを話したときには、無重力時間を待った木偶人形は、首から腕から足から足首まで、ほとんど正常な付き方ではない、てんでバラバラな方向にむいた"壊れた"木偶人形に変わり果てた。
そう。それは、文字通り、"いのち"を持たぬ木偶人形に似ていた。
突如、良心のアラーム警報に、我に返り、私は、フィンダーから目を離すと、すかさず、「110」をタップした。
もう、その修羅場からは、一刻も早く離れたい、という気分で胸に悪心を感じるほどだった。
エレベーターが100m上昇して、地上に着き、その扉が開くと、私は、今見たばかりの「地獄めぐり」から、酷いヴァーチャル・リアリティから、ふだんの日常に解放された感覚におそわれた。
でも、それは、幻想ではなく、れっきとしたファクトだった。
*
その晩、帰宅すると、私は、家内には、今日の出来事を一切語らず、書斎に籠もると、デジカメの「画像」再生を試みた。
電子機器は、数時間前の惨事を刻銘に記録していた。
1秒間に5枚の高速連写モードだったらしく、女が巌頭の地面からその足が離れ、ゆらりと虚空に舞い始め、長黒い髪をなびかせながら、落下する水流と並行に、頭部から真っ逆さまに落ちて行った。
それらが、スティール(静止)画像で鮮明に映っていた。
スマホの要領で、7インチの背面液晶モニター上を、私は厳粛な気持ちで、人差し指でゆっくりとスクロールしていった。
そして・・・
その激突の直前の一枚を見て、身が凍った。
女は、たなびく黒髪の頭部をねじって、こちらを・・・
いや、撮っている私の方を向いて、憎しみのこもった目で、にらんでいた。
