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『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

震災短編『母燃ゆ』3

2022-11-24 08:39:27 | 創作

 

 周囲の民家は新しいものは頑健にその姿を残していたが、何処か昭和臭のするような木造の古家は梁から柱から折れ、崩れ落ちるように半壊、ないしは全壊しているものもあった。
 すさまじきは巨大地震の破壊力である。

 ブロックや煉瓦作りの塀なぞは、ことごとく散乱するように路上にばら撒かれていた。

 
 歩きながらもケータイは相変わらず「地震警報」のたびごとにブルルと揺れ、直後に、バランスを失うほどの巨大余震が襲った。
 後日、解った処では、この日、裕に二百回以上もの大小さまざまな余震が襲ったという。

 そんな震災というのは、日本史上、ここ千年は起こっていないはず、と学者が新聞のコラムで述べていた。 

 崩れ落ちた屋根瓦や、無残にも真ん中でへし折れたコンクリの電柱を目にするたび、舞衣は何かに憑かれたようにそれをケータイで撮影した。
 

 歩きながらワンセグに切り替えてみたら、まるで映画のワンシーンのような光景が展開されていた。 

 真っ黒な津波が田畑を飲み込み、目の前を必死で逃げる乗用車を今まさに捉えようとしていた映像である。

「早くッ!」
 路上にもかかわらず、舞衣は、思わず大きな声で小さな画面に向かって叫んだ。
 それは、まさに手に汗握るような緊迫のシーンであった。 

 今、「6強」を三分もの間体験した舞衣は、それが絵空事でないことを重々承知していた。 

 小さなケータイ画面の中の白いボックスワゴンは、どうにか黒い魔物の虎口から逃げ果(おお)せた。その一部始終を、上空ヘリ目線のライヴとして観ていた彼女も、肩の力が抜けたように安堵した。

(海沿いの所では、大変なことになってるんだ…)
 と、この春、理系の大学に進学することになっている舞衣には、その恐ろしい顛末が容易に想像できた。

「超巨大」地震がもたらすもの。
 それが、深海でのプレート移動によるものであれば、間違いなく「超巨大」津波が発生するはずである。 

 あの三分も続いた「6強」がもたらす海底変動とすれば、どれほどの規模なのか想像すらできなかった。 

(とてつもない大津波が来たんだ…) 

 大地を何キロも遡上する津波は上空から観るとコールタールのように「漆黒」なんだ、ということを舞衣は初めて知った。
 それは不気味な黒。
「死の黒」であった。

 

           


震災短編『母燃ゆ』2

2022-11-23 07:54:56 | 創作

 激しい揺れの間は、誰もが、その場に立ち尽くし、あるいは、しゃがみこんで、離れることなぞ、とても出来やしない状況であった。

 今にも地球が壊れてしまいそうな激烈な揺れが突き上げてくるたびに、辺り一帯には
「キャーッ」
 という悲鳴と
「オォーッ」
 という怖れの叫び声とが入り混じった。 

 誰もが、どうしようもなく、大地の蠢きが収まるのを祈りながら待つより術がなかった。
 時間にして、およそ三分ほどだろうか。

 安穏な日常に生きる人間にとって、非日常の恐怖が三分も続くというのは、限界ギリギリのかなりに過酷な状況である。

 しかも、これは、ジェットコースターやスリラー館のように、やがて予定調和の安心が待っている作り物の怖さではない。
 先の判らぬ、自然現象なのである。

 誰もが、無事に着地、帰還できるとは限らない、その先には「死」が待っているかも知れぬ、底知れぬ恐怖である。
 この尋常でない地震の強さ、そして、その長い持続時間に、誰もが、紛う方なき大変な超巨大地震であることを悟った。

 三分を経て、さすがの「6強」も漸くにして止んだ。
 しかし、間髪を入れずに、「5」とも「4」とも発表される余震が、立て続けに数十回ほど襲ってきた。

 舞衣のケータイは、その心とシンクロするかのように、数分おきにブルルと振るえては「地震警報」を頻発させていた。
 目の前のアスファルトの路面には、何百メートルにも渡って亀裂が走っていた。

 道路上はどの車もノロノロ運転となり、自然に渋滞が発生した。

 路線バスは待てど暮らせど到着する気配すらなかった。 

 舞衣は震える足の外腿をパシリとひと叩きし、その場で己れに渇を入れた。
 そして、敢然と難局と対峙するかのように歩き始めたのである。 

 そう。人間には、移動器官である歩行脚があるのだ。これさえ、互い違いに出していけば、やがては帰宅が可能なのである。 

 三里の道も一歩から、であった。

            

 

 

 


震災短編『母燃ゆ』1

2022-11-22 08:40:01 | 創作

 

 理不尽な天災・天変地異による「愛別離苦」は、当人や遺族には悲劇としか言いようがないが、それを聞かされた者にも強烈なトラウマ(心的外傷)を残すものである。
 これは、6,400人もの犠牲者を出した『阪神大震災』の折、実際にあった傷ましい悲劇である。

 その悲劇を実際に、TVのライヴ映像で見せられたので、何日も、そのイメージが脳裏から離れず、間接的なPTSDを負った。

 なので、それをフィクションとしてノベライズし、表現療法としての創作により、自己治療を図ったものである。

『3・11』でも、あるいは同様の悲劇が繰り返されたやもしれぬが、犠牲になられた御霊様には哀悼の誠を捧げ、遺族の方々にも改めてお悔やみを申し上げたい。
 

 ***
 

 午後二時四十六分。

 かつて経験した事のないような激しい大地の揺れに、舞衣は悲鳴をあげた。 

 郊外の大型文房具店に、この春からの大学生活に向けて、真新しい筆記用具を揃えようと来店していた最中だった。
 とても立っていられないほどの大きな揺れで、商品棚から、ペンやら紙の束やらがガラガラと床に振れ落ちた。
 尋常じゃない地震の来襲に、居合わせた客は、我先にと、店外へ飛び出た。 

 店前の広い駐車場に立っていても、依然として揺れは収まらず、うねる波のようにその激しさが増して、舞衣は恐怖を感じ、思わず手を組んで天を仰いだ。

「神様ぁ!!!  どうぞ、早く、この揺れを収めてください。
 どうぞ…。どうか、お願いします」

 そう祈りながらも、舞衣の鼓動は激しく打ち、完治したはずのパニック障害の発作が、再び襲ってきたような感覚に捉われた。

 店内から一緒に避難した青年が、恐々(こわごわ)とした表情で、ケータイに見入っていた。 

 小学時代に、宮城県沖地震による震度5を一度だけ体験したことのある舞衣は、咄嗟に
(これは、6だッ!)
 と直感した。 

 すると、ケータイ青年が
「うわぁーッ! ロクだぁ…」
 と、唸った。

(やっぱり…)
 と、思うや否や、またもや、その〈6なるもの〉が襲ってきた。

 時間の感覚を失うほどの恐怖だが、それでも、裕に2分以上も続いている。

(怖い…。こわい…。
なんで、こんなに長く続くの…)

 舞衣は、つい先々週、高校を卒業したばかりの乙女である。 

 人類がかつて体験したことのない、未曾有の【マグニチュード9】もの超巨大地震が、今ここで、起こっていた。

 国道では、すべての車がストップしており、あまりの揺れで乗っていられないのか、女性ドライバーたちが次々と降車して、抱き合うようにして悲鳴をあげていた。

 3分経っても、依然として、震度6で大地は恐ろしい唸りを上げて揺れていた。 

 目のコンクリート電柱が、まるで、〈振り子メトロノーム〉のように左右に均等に振れていた。
 その振れ角は、三十度もあるだろうか。 

 舞衣は、その光景に、肝を潰し、喉から何かが込み上げてきそうになった。

 

 

     


震災短編『贖罪』最終話

2022-11-21 08:36:47 | 創作

 

 治療を開始してから、一年を経て、ようやく圭子の鬱は完全寛解を迎えた。 

 女医からも、
「もう、おクスリはやめても大丈夫でしょう」
 とのことだった。

 カウンセラーの高梨からは、
「この一年間、よく頑張られましたね。
 もし、また具合が悪くなるようでしたら、自分で悩んだり、背負ったりしないで、ドクターやカウンセラーを使う術を忘れないでくださいね」
 と言われた。

「ありがとうございます」
 と患者は全快を喜びながら、それぞれの治療者たちに礼を言った。

 
 ASD(急性ストレス障害)に対して、早急に専門家の治療を受けたのが患者には幸いであった。
 近頃では、フラッシュ・バックもなくなり、自責の念も大分と薄らいだ。  

 それでも、ふと、あの断末魔の老婆の悲しげな目を思い浮かべる時がある。 

 そうした時には、その場で手を合わせて
「ごめんなさい・・・」
 と許しを乞うた。 

 圭子は、毎日の仏壇へのお勤めも欠かしてはいなかった。
 それまで、まったく宗教とは無縁と思っていた人生に、あの世や神の世界、仏の世界というものを入れ込まないと、この心の苦しみからは到底抜け出せるものではなかった。
 
 圭子はごく普通の娘であったが、3・11を契機に、あの九死に一生の生還した出来事を体験して、自分の中で何かが変わった。

 それが何であるのか、うまく言語化こそ出来ずにいたが、月並みに言えば、あの老婆の分まで、自分の命を全うせねばなるまい、世と人のお役に立つ人間にならねばなるまい、という漠然とした決心を彼女にもたらした。


 誰かの死の上に自分の生がある・・・という、残酷な事実に、戦慄を覚えながらも、圭子は一生これを背負って生きていこうと決意した。


 贖罪も、時として、その人をして、生きるに値する人生を歩ませるのである。

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 


震災短編『贖罪』14

2022-11-20 08:19:10 | 創作

 

 服薬とカウンセリングとお祈りを続けて、三月ほど過ぎると、圭子の鬱は、目に見えて回復に向かっていた。 

 この頃では、朝夕、ひとりで散歩をしたり、母親の付き添いで買い物にも出れるまでになった。

 津波に一掃された街は、未だに原爆投下後のヒロシマ・ナガサキのような荒涼とした風景であったが、あちこちに初夏の野の花が咲き始めていた。
 潮に侵された大地ではあるが、野草に塩害は無縁のようであった。
 その逞(たくま)しさはどうであろう。

 圭子は、散歩の途中でそんな花々を手折ると、仏壇に供えて、
「お婆ちゃん。
 もう、こんな花が咲き出しましたよ。

 どうぞ、天国で安らかに暮らして下さいね。
 そのうちに、私もそちらに行きますから」
 と語りかけるように心中祈念をした。


「それは、いいことをされましたね」
 と、カウンセラーの高梨がクライエントに笑顔を向けながら、褒め称えた。

「でも…」
「でも?」

「…得手勝手な言い分じゃないでしょうか…」
「どうしてですか?」

「だって、人を足蹴にして、『蜘蛛の糸』のカンダタみたいに、自分だけ助かったんですから…」
「うん。でも…」
 と言って高梨は、言葉を呑んだ。

「でも?」
 とクライエントが訊ねた。

「あなたのその足の痛みを、神様や仏様は知っていて下さるような気がしますけど…」
「そうでしょうか?」

「遠藤周作の『沈黙』は読んだことがありますか?」
「いいえ」

「そうですか。
 その中にはですね、隠れキリシタンが弾圧される話があるんですが、その時に踏み絵を踏まされるわけですよ。
 ご存知でしょ。踏み絵って」
「はい」

「信仰の厚い人は、それを踏めないばっかりに、拷問されたり殺されたりするわけですよ。
 で、ある宣教師が到底それを踏めずにいると、踏み絵のイエス・キリストが
『踏んだらいい。
 私はあなた方に踏まれるためにこの世に生まれてきたんだから』
 と語りかけてくるんですね」

「・・・・・・」

「神様は、その人の辛さ哀しさ痛さを、いちばんよく解っていて下さるんだ、ということですよ・・・」