goo blog サービス終了のお知らせ 

『人生を遊ぶ』

毎日、「今・ここ」を味わいながら、「あぁ、面白かった~ッ!!」と言いながら、いつか死んでいきたい。

  

震災短編『決断』1

2022-11-29 07:56:05 | 創作

 

 3・11で、七十四人の児童と十人の教師が津波の犠牲となった小学校がある。
 未曾有の大震災とはいえ、一校の子どもたちや教師たちがそれほどの犠牲になったのは、後世まで記憶に留めておかねばならない教育界の大惨事である。
 この事故には、津波が来るまでの約五十分間のあいだに、どうして適切な避難指示がなされなかったのか、という遺族からの疑義が教育委員会に質され、一部の遺族からは損害賠償請求の訴訟も起きている。
 この大事故の詳細は第三者委員会によって『事故検証報告書』として平成二十六年に公表されている。
 我われは、多くの事をその報告書から学び取り、今後の教訓を得ることができる。

 まさに、当日の現場は、パニック状況であったことだろう。
 校長不在で教頭が避難の指揮をしていたが、結果としてその「決断」によって大事故が生じてしまった。その教頭ご自身も亡くなられたので、気の毒なことであるが、事故後、検証された様々な情報から総括すると、結果論的には「裏山に即時非難」が事故から免れた最善策だったようである。
 緊急時に、多くの人命をリードする立場にある者が、逡巡し、将棋で言う「最善手」にたどり着けず、「悪手」を打ってしまうと、自らの命だけでなく尊い他者の命まで失ってしまう悲劇が生じるのである。
 
 本作は、この悲劇的事故をモチーフとして、フィクションとして創作したものである。
 亡き児童と教職員の御霊(みたま)様が安らかならんことを祈念するものである。
 
 

 

1 

 午後二時四十六分。
 三陸小学校では、帰りのホームルームの時間を終え、子どもたちは銘々、下校にさしかかっていた。

 その時である。
 グラリ…と、教室や校庭が大きく揺れたかと思うと、聞いた事のないような地鳴りと共に、ガラガラと辺りのものが崩れるほどの大地震が学校中を襲った。
 それは子どもだけでなく、教員ですら恐怖を抱くような、かつて経験したことのない大きな揺れが三分近く続いた。

 悲鳴をあげる子、泣き出す子、嘔吐する子…と、校内はパニックに陥った。
 放送機能はどうにか無事だったので、緊急放送が校内に流された。

「生徒は、ただちに、校庭に集合しなさい。
 繰り返します。
 校内にいる生徒は、すぐに、校庭に避難して下さい」

 放送する教頭自身も、いまだかつて経験したことのない巨大地震に胸の動揺が収まらずにいた。
 
 ワァーワァーという騒ぎ声をあげながら、大勢の子どもたちが校庭へと駆け出してきた。
 校門付近には、我が子を迎えようと慌て駆けつけてきた父兄たちの姿もあった。
 数人の担任教師が、その対応に当たっており、順次、親に子どもたちを確認しながら引渡していた。
 その一方で、別の教師群が、迎えの来ない子どもたちに号令をかけて、整然と校庭に並ばせていた。 

 子どもたちは、ふだんの授業やホームルーム活動どおり、教師の指示に従順に従っていた。
 どの組の誰と誰が居るのかという所在確認は、教師の最優先確認事項である。
 このような非常時に、まだ判断力の未熟な児童に、勝手に行動させるようでは、教育機関としての学校の体を為してはいない。
 ひと処に集合させ点呼を取る、というのは至極当然な教育指導である。 

 だが、海に近い学校にあっては、そこから悠長な待機は、危険度を増すことになるのも必然であった。
 三陸小学校は、海岸から4キロの処に建っていた。
 歴史的にも、数々の津波被害に遭遇した地域柄、地元には「津波てんでんこ」という言い伝えがある。
 それは、大地震後、津波が来そうな時には、誰にもかまわず、銘々、自分で逃げよ…という、経験から導かれた助かる処方箋でもある。
 しかし、下校時に、まだ校内に残っていた子どもたちは、教師の指示に従うよう教化されていたため、この教訓どおりには行動できなかった。
 低中学年にあっては、その教訓すら知らない子もいたであろう。

 三陸小学校は、地元では、災害時の避難場所にも指定されていた。
 しかし、こと津波に関しては、海抜1メートルのこの学校が避難場所として指定されているのは、如何にもハザードマップとしては誤りとしか言いようがなかった。

 

        

 

 

 


震災短編『母燃ゆ』最終話

2022-11-28 08:53:54 | 創作

 
 消防車も来ず、何の救助の手も差し伸べられないまま、生きながらにして火葬された母。 

 鎮火からしばらくして、父と弟の無事を知り、家族は、避難所で再会を果たした。
 しかし、舞衣の心は、目の前で焼け死んだ母親のことで、どうしよもなく修復が効かない状態に陥っていた。

 泣きながらも事の顛末を話すと、それを聴いた父も弟もその場で泣き崩れ、皆で肩を抱き合って号泣しあった。


 翌日、父親は一人、避難所を出ると、焼け落ちて炭と化した我が家を必死になって掻き分け、何としても妻の遺骨を拾おうと真っ黒になった。
 そして、数時間を費やして、とうとう変わり果てた妻を見つけ出し、その痛ましい姿にすがりついて泣いた。

 煤だらけになった何やらの缶に遺骨を砕いて入れると、重い足を引きずるようにして、子どもたちの待つ避難所へ母親を持ち帰った。
 この非常時に、葬式も何も出来るものではなかった。

 残った家族三人は、煤けた骨の入った缶に向かって、そっと手を合わせた。

 ・・・・・・

 舞衣は、数年を経る長い精神科治療とカウンセリングの後、やっと健常な心身を取り戻した。
 そして、大学を出て、社会人となって一年目の3・11の日に、こうツイッターにつぶやいた。

 

  亡き母の燃え給ふ音のなかに
   まじる鳥の声あり
    仔雀の声

 

                  

 

 

 

 

 

 

 


震災短編『母燃ゆ』6

2022-11-27 09:35:30 | 創作

 
 道という道が、地震で亀裂が走り、凹凸ができて、民家や塀や電柱などの瓦礫で分断されていた。
 この状況では、いかなる車両も重機も住宅街に入ってくることは出来そうもなかった。 

 内陸であるがゆえ、津波の心配こそなかったが、思ってもみなかった恐ろしいものが迫ってきていた。
 それは数軒先で出火した炎である。
 倒壊した家のコンロかストーヴが発火して、三月の乾燥した空気で瓦礫がかっこうの燃焼材となったのである。 

 瞬く間に、炎は火柱へと成長し、それは生き物のように、隣家から隣家へと類焼しはじめた。
 舞衣の鼻先にも、強烈な焦げる臭いが漂った。

「だめ…。
 そんなぁ…。
 だめだよ…」 

 舞衣は半泣きになりながら、半狂乱になって瓦礫を掻き分けた。
 しかし、掻けども掻けども、母の姿を目に見ることは出来なかった。
 そして、パチパチ、ガラガラという隣家が燃え崩れる音が迫ってきていた。

「誰かぁ~ッ!
 助けて~ッ!
 人がいるんです~ッ!
 誰か、来て下さい~ッ!」

 舞衣は半ば怒りを込めて絶叫した。
 しかし、迫り来るのは業火ばかりであった。

 その時である。

「まい…。
 まいぃ…。
 逃げて…。
 はやく…
 逃げなさい…」
 という、瓦礫の中から、母の振り絞るような声が、娘の耳に届いた。

「やだ…。
 やだ、お母さん。
 焼け死んじゃうよ…」 

 娘は涙声で目に見えぬ母に代わり、膝から崩れ折れて、足元の瓦礫に頬ずりした。

「ばか…。
 いいから…
 早く…
 逃げなさい…」

 骨折しているか、内臓損傷しているかもしれない、圧迫の中にある瀕死の母が、ありったけの最後の力を振り絞って娘に訴えた。

「お母さ~んッ!…」 

 舞衣は、そこに突っ伏して号泣した。 

 その間にも、炎は容赦なく、我が家の瓦礫に燃え移り、キャンプファイアの最前列にいるかのような熱風が彼女の頬に吹き付けた。
 もはや、その場にいることは、数分後に焼死することを意味していた。

「お母さ~んッ!…」
 と、何度も母を呼びながら、娘は後ずさりして、瓦礫の外に逃れた。 

 その途端。
 母の声の在り処辺りから、激しい火柱がゴウーッと上がった。

「・・・・・・」 

 舞衣の顔がオレンジ色に揺らめく炎に赤々と照らし出された。
 
 母が燃えている。
 家とともに、燃えている。

「お母さ~んッ!…」 

 娘は、絶叫しながら、その場に泣き崩れた。

(ごめんなさい…)

 舞衣は、母を目の前にして救えなかったことを詫びた。 

 何も出来なかった無力な自分を怨んだ。

 


     


震災短編『母燃ゆ』5

2022-11-26 10:11:11 | 創作

 

 舞衣は、必死になって瓦礫の中へと歩んだ、そして、腹から搾り出すように
「お母さぁ~んッ!
 サトシぃ~ッ!」
 と絶叫した。
 

 しかし、その佇(たたず)む処からは何の音沙汰もなかった。
 咄嗟に、彼女は家を周回して四方八方から声掛けをした。


 そして、台所の辺りで何やら微かな呻き声が洩れてきた。
 それは耳を澄ますと、母が自分を呼ぶ声であった。

「ま、い…」 

 ハッとすると、舞衣は絶叫した。

「お母さぁ~んッ!
 どこぉ~ッ?」


 すると、またしてもか細い、消え入りそうな声で
「ここ、よ…」
 

 それは、明らかに倒壊した瓦礫の中から漏れ聴こえてきた。


「お母さぁ~んッ!
 聴こえるよぉ~ッ!
 今すぐ助けるからね~ッ!」
 とは、言ったものの、何をどうしていいのか分からない。
 

 とりあえず、声の漏れてくる辺りの瓦礫を一つずつ取り除くことしかできなかった。

 それも、小片なら可能だったが、家の梁や柱に至っては、とうてい少女ひとりの手に負えるものではなかった。
 さりとて、周囲の家々も潰れていて、何処からも救い手が現われるでもなかった。


「お母さぁ~んッ!
 大丈夫だから~ッ!
 すぐ助けるからね~ッ!」
 と、必死の思いで、そう声を掛けてはいるが、瓦礫の撤去は全くといって進捗しなかった。
  

 その間にも、巨大余震が幾度も足元を揺らし、そのたびに、まるで母を苦しめるように瓦礫が圧縮されていった。


「いや~ッ!」
 

 舞衣は、その自然の容赦ない猛攻に悲鳴を上げて抗った。
 

 

        

 

 

 

 

 


震災短編『母燃ゆ』4

2022-11-25 07:42:42 | 創作

 内陸の盆地に住む舞衣にとって、津波の心配は皆無であったが、祖父母の代からの旧家で築六十年を裕に超えるだろう我が家が無事であるかの保障は、その限りではなかった。
 もし、主婦である母親や小学生の弟が、家の巻き添えにでもなっていたら…と、ちらりとでも脳裏に浮かぶや、その胸は早鐘のように激しく高鳴るのだった。

(どうぞ、無事であって。
 お母さん。
 さとしぃ…)

 舞衣は、次第に歩調が早まって、いつしか小走りになっていた。
 十数キロを走るなんて、高校時代の合宿以来のことである。
 でも、今は、まさに非常時である。
 つい半年前まで、現役のバレーボール選手だったことが彼女にとっては、幸いであった。
 まだ、その脚力が、さほどに衰えてはいなかったからである。 

 母親の芳枝も、中高とバレーの選手で、二人を産むまでは、ママさんバレーでも活躍していたことがある。
 弟の智史も、小4からスポ少でバレーを始めたので、一家揃ってのバレー家族である。
 父親の将文(まさふみ)だけが、中高大とテニス一筋であった。 

 そんなんで、舞衣は時折、智史とも母とも、全日本女子の試合をテレビで共に観戦していた。
 気が付けば、小走りからランニングのスピードになっていた。
 気が急いてならなかったのだ。
 一刻も早く帰宅せねば、という切迫した気分は、舞衣の胸を圧迫して苦しめていた。
 女の子らしいベージュの肩掛けポシェットは、いつしか彼女の背後へと廻り、そのお尻の上でポンポン跳ね上がっていた。
 
 その姿は、あたかも中学時代の国語の教科書に出てきた太宰治の『走れメロス』のようであった。
 自分を信じて待つ親友セリヌンティウス。
 メロスは走った。
 舞衣も走った。


 ・・・・・・路行く人を押しのけ、跳はねとばし、メロスは黒い風のように走った。
 野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
 一団の旅人と颯(さ)っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。

「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ」
(ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。
 その男を死なせてはならない。)

 急げ、メロス。
 おくれてはならぬ。
 愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。
 風態なんかは、どうでもいい。
 メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。
 呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。

 見える。
 はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。
 塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
 

「ああ、メロス様」
 うめくような声が、風と共に聞えた。

「誰だ?」
メロスは走りながら尋ねた。

「フィロストラトスでございます。
 貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます」
 その若い石工も、メロスの後について走りながら叫んだ。

「もう、駄目でございます。
 むだでございます。
 走るのは、やめて下さい。
 もう、あの方かたをお助けになることは出来ません」

 「いや、まだ陽は沈まぬ」

 「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。
 ああ、あなたは遅かった。
 おうらみ申します。
 ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」

「いや、まだ陽は沈まぬ」
 メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。
 走るより他は無い。

「やめて下さい。
 走るのは、やめて下さい。
 いまはご自分のお命が大事です。
 あの方は、あなたを信じて居りました。
 刑場に引き出されても、平気でいました。
 王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました」 

「それだから、走るのだ。
 信じられているから走るのだ。
 間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
 人の命も問題でないのだ。
 私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。
 ついて来い! 
 フィロストラトス」

「ああ、あなたは気が狂ったか。
 それでは、うんと走るがいい。
 ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。
 走るがいい」  

 言うにや及ぶ。
 まだ陽は沈まぬ。
 最後の死力を尽して、メロスは走った。

 

     


 メロスの頭は、からっぽだ。
 何一つ考えていない。
 ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。

 陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。
 間に合った。

 ・・・・・・ 


 舞衣は12㎞の帰路を完走した。
 後半は全力で疾駆した。
 そして、一時間内で到着した彼女を待っていたのは、無残に倒壊した我が家だった。