内村鑑三に見る回心

(1)
 「しかし余の回心は多くの回心者のそれよりももっと頑固なものであった。エクスタシー、突如たる霊的イルミネーションの瞬間は皆無ではなかったけれども、余の回心は遅々として暫時に進行した。余は一日で回心しなかったのである。
(内村鑑三著、鈴木俊郎訳、「余は如何にして基督教徒となりし乎」、岩波文庫版の p.7 、「序」)

(2)
「 ……
 第二章 基督教に接す
 第三章 初期の教会
 ……
 第五章 新教会と感傷的基督教
 第六章 基督教国の第一印象
 第七章 基督教国にて - 慈善家の間にて
 第八章 基督教国にて - ニュー・イングランドのカレッジ生活
 ……」
(同本、目次から)

(3)
 「4月5日 復活日の日曜、美しき日。霊は力を与えられ、余の生涯において初めて、天と不死とをかいま見た! ああ、その歓喜は測り難い! このような聖なる歓喜の一瞬間は、この世が与え得るあらゆる歓喜の数年分に値する。……。」
(同本第七章 p.145 において引用された日記)

(4)
 「3月8日……「キリスト」は余の全ての負債をお支払い下さり、余を堕落以前の最初の人の清浄と潔白とにお返し給うことを可能にされた。」
(同本第八章 p.163 において引用された日記)

(5)
 「余はそこで、故国で洗礼を受けてから約十年の後に、本当に回心させられた、すなわち向きかえさせられた、のであると信ずる。」
(同本第八章 p.179 )

(6)
 「9月20日 A(註:アマースト・カレッジ)における最後の日。- 非常に印象的な日。余は過去2年間ここにおいて遭遇した多くの闘争と誘惑を思った。余はまた神の御助けによって余の罪と弱点を克服し得た多くの意気揚々なる勝利と、彼より来りし多くの輝かしき啓示とを思った。実に、余の全生涯は新しい方向に向けられ、そこにおいて余は今や希望と勇気とをもって進むことができるのである。」
(同本第八章 p.181 において引用された日記)

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 まず始めにお断りしておきたい。日記部分は、文語体を私が翻訳している。そもそも翻訳すべきであったかどうかも疑わしいし、また、翻訳者としての資質を欠いていることをお詫びする(一箇所、全く自信のない箇所がある)。
 それでも暴挙を承知で口語訳化を試みたのは、わかりやすさが欲しかったからだ。


 さて、回心を扱ったこの本の中で、顕著に回心を認めることのできる最初の記述は(3)、アマースト・カレッジに入学するより前の「4月5日」でのことである。
 ある人格者の医者の元で働いていた内村鑑三は、労働のためでもなく、対人関係のためでもなく、ただ罪の問題に憔悴しきってしまい、その医者の勧めで職を辞した(カレッジへの紹介も、この医者の厚意ではなかったかもしれないが、うろ覚えだ)。
 この「4月5日」の記述は、それ以前とは顕著な相違が認められる。
 なにしろ歓び(それも突出して大きな)が綴られているのだから。

 この日以来、「回心的記述」(?)は増加し、その傾向は第八章(カレッジでの生活)でクライマックスを迎える。しかし上の引用では、三箇所だけに絞った。

 (4)は、コロサイ2:14 「規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。」(新共同訳)が念頭にあっての記述だろう。だが、聖句を字面で眺めるのと「心底実感」するのとでは全く違う。
 また「3月8日付」の日記であるから、(3)の約1年後に記載されたことになる。

 (5)は、「洗礼を受けてから約十年の後に、本当に回心させられた」という下りに、大きな意義を見いだす。また、(1)にあるように、「余は一日で回心しなかったのである」。
 さて、わざわざ(2)の目次を引用したのは、鑑三は札幌で洗礼を受け国内教会活動に尽力していた時期があったことを傍証したかったからである。
 回心から程遠かったがそれを心から願った時期と言えばよいのであろうか。
 渡米の理由も、回心、ただその一点に尽きる。

 「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。」(マタイ7:7)

 まさに求めれば与えられる。鑑三もそのように、求め続けて歩んだ。
 そして、「ほんとうに欲しいもの」によって、彼の場合は徐々に満たされてゆく。

 最後にカレッジ卒業の日、その日の日記が(6)である。
 「戦いの収束」、この一言で済むかと思う。
 鑑三の回心には数年を要した。(6)の日記文は、その「期間の終結」についての確信のように思える。
 鑑三は以前から割合に子細な日記を記していたので、このように「期間を計測」することができた。
 それよりも、鑑三の慎重さに目を向けたい。
 例えばカレッジ前の(3)、「4月5日 復活日の日曜、美しき日。霊は力を与えられ、余の生涯において初めて、天と不死とをかいま見た! ……」の体験のみをもって、自分はすっかり回心した、そう自認したとしても、なんらおかしくはないからだ。

 以上、「余は如何にして基督教徒となりし乎」から、内村鑑三の回心について、幾つかの事柄について書いてきた。
 もう一つ、かねがね思っていることがある。
 ここは重複を厭わずに、再び引用する、

(4)「3月8日……「キリスト」は余の全ての負債をお支払い下さり、余を堕落以前の最初の人の清浄と潔白とにお返し給うことを可能にされた。」
(5)「余はそこで、故国で洗礼を受けてから約十年の後に、本当に回心させられた、すなわち向きかえさせられた、のであると信ずる。」

 「回心」と大仰に称されているものは、「向きかえさせられた」、すなわち「堕落以前の最初の人の清浄と潔白」へと向きが変わるということだ。
 言い換えると「罪の赦し、その『深い実感』」が「回心」だ。
 なるほど、この罪の問題を解決した「回心者」は、偉大なことを為しやすいだろう。
 「こころの中の邪魔者」がないから。
 ルター、アウグスティヌス、内村鑑三……。
 しかし、「偉大なことなど」する必要などないといえば、またそうであるはずだ。
 ひとり神のそば近く生きる、やはり「こころの中の邪魔者」なき回心者、この人は無名のまま、実に静かな生活を送り続け、そして天に召される。
 おそらくは初代教会以来、両者比して前者よりも後者の方が遙かに多かったに違いないことは、想像に難くない。
 「回心の未来」をこのように二分して考えることは、少しく有益と思う。
 そして偉大な人物たることを全く望まずとも、回心を心の底から求めることは、その人に決定的な影響、即ち芯からの罪の赦しを与えるに違いない(上述マタイ7:7)。

 大切なこと、それは、芯からの罪の赦しそれ自体である。


[お断り]
 本日の記事は、去年12月23日の記事に少々修正を施したものです。
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