ブルーノ・ワルターのマタイ受難曲とブルックナーの8番をこの前とり上げました。
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でも、この時期のニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督は超オーケストラ・ビルダーのアルトゥール・ロジンスキーなんですね。
彼がいたからこそ、混乱の時期、オーケストラのレベルは下がることはなかったし、ワルターも安心して自分の解釈を展開できたんですね。
ロジンスキーがニューヨーク・フィルハーモニックを振ったCDはその昔、イタリアのASdiscから多く出た。1990年のことだ。1990年なんついこの前のような気がするのだが、あれから20年近くたつことになるのか。
ASdiscの音は加工臭がなく、何も足さない何もひかない、感じで判断の幅が広がる。
多数あるCDのなかで極めつきはこれ。
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1945年11月25日
ワーグナー/リングサイクル抜粋
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ラインの黄金/ワルハラへの神々の入場(6分10分)
ワルキューレ/第3幕全曲(51分!超高速)
ジークフリート/森のささやき(6分40秒)
神々の黄昏/葬送行進曲(7分10秒)
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ヘレン・トラウベル、ブリュンヒルデ
ドリス・ドーレ、ジークリンデ
ヘルベルト・ヤンセン、ヴォータン
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アルトゥール・ロジンスキー指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
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リング・サイクルの抜粋とはいえ、あまりにユニークすぎるプログラムだ。
6~7分の曲の中にワルキューレの第3幕全曲がはいっている。そして51分という超高速。
そしてこの演奏会形式の公演にトラウベルが出ている。
こんな演奏会ありかぁ。
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それで、トラウベルも含め、歌い手はそれほど好調とはいいがたい。ということでここはひとつオーケストラの醍醐味に浸ろう。
コンサート・オーケストラがワーグナーをやると、大体非常に整理された演奏になることが多く、オペラの贅肉沢山、の世界とずいぶんと異なり見通しがよくなりすっきりするものだ。
オペラの贅沢な世界もいいが、たまには高性能のオーケストラでワーグナーを聴くと、思いもかけぬ音が整理整頓されて聴こえてきたりする。
例えばワルキューレの第1幕終結部など何をやっているのかわからないような、もつれるうどん状態、の演奏などに出会うことがある。
ジークムントとジークリンデの双子禁断の愛の逃避行の名状しがたい感動がそのまま乗り移ってしまったようにこんがらかった演奏になったりすることがある。
シンフォニー・オーケストラがこれをやるときっちり整理されて透明になり、弦の細かいアクセントやきれいなハーモニーが表出する。これはこれでいいものだ。
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しかし、だ。
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その前に、
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この日のプログラムこそ名状しがたい。
一流のオペラハウスが近くにありいつでもオペラ音楽というものを日常的に感じて暮らしている街でなければ成立しないようなプログラムではないだろうか。
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それで、いきなりラインゴールドのきれいなサウンドがこの貧弱な録音からよくもまぁでてくるものだなぁと感心する。分厚くピッチのあったサウンド。この日の4曲のなかで一番の出来だ。
ワルキューレの第3幕はあまりの超高速。普通70から80分ぐらいだから、ブリュンヒルデも火のリングのなかでなかなか眠りにつけないのではなかろうか。もっとも演奏会形式だと横になって歌うわけにもいかぬ。
巷のCDでこの第3幕だけ収録したものを見かけるが、全体のプログラムのおもしろさにかなうものではない。
そして、ジークフリートからは森ささやき。別の曲もありかなと思ったりするが、歌い手の数の制約やそれやこれやでここらへんが落ち着きどころだろう。静かでいい演奏だ。
カミタソは葬送行進曲。かなりつらいものがあるが、大植がハノーファーを連れてきたときも最後のアンコールがこれだったりして、あまり明るくない気持ちで帰路につくのもたまにはいいかもしれないと思ったりもしたものだ。
それてしまったが、とにかく、この超ユニークなプログラム、演奏は一聴の価値は大いにあるね。
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