河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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OCNから2014/12引越。タイトルや本文が途中で切れているものがあります。

2126- フィンランディア、ノスタルジア、ロマンティック、ネゼ・セガン、フィラデルフィア管、2016.6.3

2016-06-03 23:27:41 | コンサート

2016年6月3日(金) 7:00pm サントリー

シベリウス フィンランディア 9′

武満徹 ノスタルジア  13′
 ヴァイオリン、五嶋龍

Int

ブルックナー 交響曲第4番変ホ長調(ノヴァーク版) 19′16′11′22′

ヤニック・ネゼ=セガン 指揮 フィラデルフィア管弦楽団


2年前の来日の時の割とボロボロな演奏とは別物の素晴らしさに様変わりしたオーケストラ。オーケストラはほぼ万全、セガンも好調な棒。弦は張りがぐっと増し分厚さの手ごたえに並々ならぬものがありました。また、舞台の中心に向かって重力集中して締まったサウンドとなる様は本来のこのオーケストラの特質、カラーがよく出ていた。
いい演奏会でした。

セガンの呼吸は絶好調、強烈なブルックナー・オルガンサウンドが咆哮して1小節も置かずにピアニシモになる曲想、フォルテの頂点で息をすっと抜きピアニシモに移行する。極端な激変作品がセガンの腕で生き返る。その振り姿も理にかなったもの、生きている音楽を強く感じさせてくれるものでした。
主題のテンポは割と動く。リタルダンドはあまり無いが、各主題の締め部分へ向かってアッチェレランドが効く。表情が豊かであれだけ見ていたらとてもブルックナーを振っているとは思えないものがあります。プレイヤーは音楽のつくりをすべてセガンに任せていて、言われたとおりの音楽作りに必死になっている、オーケストラの姿はその響きに見事に反映されている。音楽は膨らみをもって歌う。素晴らしいブルックナーだ。
セガンはこのように進めていく。と、節目には折り目を付ける。余裕の音楽作りでして、顕著な例は、フィナーレのコーダ前の最後の強奏。決然と折り目を付けて音楽の形を整えてからコーダに入る。形式の理解と主張を強く感じる。
それとか、スケルツォはトリオの後の回帰スケルツォは明らかに最初より長めで手綱を緩めて音楽を自由に放つ。この解放感はブラスをはじめとした生き生きとしたリズミックな音の饗宴となり、続くフィナーレの律動へ、そして音響伽藍の第1主題へと連なる。ここらあたり、セガンの手腕に感服するしかない。つながっていく音楽です。巨大な終楽章、3主題がそれぞれ克明で非常にバランスのとれたものでした。テンポ設定は中庸の美学で妥当。

もうひと頑張りというところもあることはありましたね。緩徐2楽章に滑らかさが増すとさらにいいかと。第1主題ちょっと進んだところのチェロにホルンが混ざるところ、ここらあたり雑味なく演奏するのは難しいところではありますが、フィラ管なら、すっといってほしいですね。すっと。

とにもかくにも、今回はいい演奏会でした。次回来日ではさらに素晴らしい演奏を魅せてくれることになるでしょうね。

おりしも、この日、セガンがメトロポリタン・オペラの次期音楽監督になるというビッグなニュースが広まりました。思えば、モントリオールのメトロポリタン管弦楽団からメトロポリタンのオペラハウスへと、時の流れはビッグであった。
おわり