書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

「在日朝鮮人帰国事業の国際的陰謀」 から

2010年08月31日 | 抜き書き
▲「中央日報 Joins.com」2010.08.31 17:39:49、李大煥(イ・デファン)作家、季刊「ASIA」発行人。 (部分)

 本日「『【コラム】国恥100年、もう「日本のせい」はやめよう(1)」』から」より続き。

 神武景気当時、日本に住む朝鮮人64万6000人(97%は故郷が韓国)の人間条件はどうだったのか。52年4月にサンフランシスコ条約が発効し、日本は独立国の地位を回復したが、それと同時に在日朝鮮人は植民地時代に強要された天皇の臣民資格さえ奪われ、一日にして外国人身分に転落していた。 日本の法律は外国人から選挙権と被選挙権をはく奪した。 公務員の道を封鎖した。 社会保障制度の受恵を制限した。 優秀な青年が大学に入っていく門を閉ざした。

 一日どころか、半日ももちませんでした(正確には2時間ちょっと)。それじゃあ独立せずに臣民のままでも良かったのか。悪いのは結局、全部他人(日本)。くたばれ。

「【コラム】国恥100年、もう「日本のせい」はやめよう(1)」 から

2010年08月31日 | 抜き書き
▲「中央日報 Joins.com」2010.08.31 15:23:38、文昌克(ムン・チャングク)大記者。(部分)

 朝鮮の崩壊原因は内部にもある。 前の部分で見たように、執権層が無能であるうえ、国のことを後回しにした。 この100年間、私たちは日本のせいにばかりしてきた。 では、私たちに過ちはなかったのか? 私たちの過ちは伏せて人のせいにするのは正しいのか? 

 まだしもの「朝鮮日報」とは違い、貴紙はこれまでの報道内容からみて、まったく信用できない。今日にわかに翻した掌は明日また平気で翻すかも知れぬ。
 ついでに、何かというと「日本に勝った」「日本に負けた」といちいち日本を引き合いに出すのもやめたらどうか。まるでストーカーである。気味の悪い。他人と比べないと自分を評価できないのか。幼稚な。

「【コラム】旅順の203高地で見たもの」 (上)(下) を読んで

2010年08月30日 | 思考の断片
▲「Chosun Online 朝鮮日報日本語版」2010/08/30 11:34:18、金基哲(キム・ギチョル)文化部次長待遇「【コラム】旅順の203高地で見たもの(上)」(部分)
 〈http://www.chosunonline.com/news/20100830000039
▲「Chosun Online 朝鮮日報日本語版」2010/08/30 11:35:03、金基哲(キム・ギチョル)文化部次長待遇「【コラム】旅順の203高地で見たもの(下)」(全)
 〈http://www.chosunonline.com/news/20100830000040

 旅順に続き、現在の瀋陽で繰り広げられた奉天会戦、日本海海戦(韓国での呼称は対馬海戦)で勝利した日本は、同年9月5日に米ポーツマスで朝鮮を「指導、保護および管理する権利」をロシア政府から認められた。日本が韓国を植民地として併呑(へいどん)できるように許可証を与えた条約だった。それなのに、韓国人観光客は亡国という国恥につながった現場で関心を見せずに帰っていくという。 (上)

 どこにでも程度の低い人はいる。だからこのことをもって「韓国は・・・」とか「韓国人は・・・」とか言うのは間違っている。それより、問題は下だ。

 韓国が100年前に国を失ったのは、日本の侵略のせいだった。しかし、1902年の日英同盟、1905年の桂・タフト協定、1907年のハーグ万国平和会議の現場を取材して感じたのは、韓日強制併合が日本だけの力ではなく、国際社会の了解によって成されたという事実だ。 (上)

 韓国のジャーナリストや専門の学者がこれを知らないというのは問題である。無効というなら、日本だけでなく、国際社会全体に主張すべきなのである。謝罪も同様だ。もっとも本当をいえば、国家や政府は別として、今日の国民に謝罪を要求するのはお門違いなのだが。国籍や民族やあるいは場合によってはせいぜい血筋を同じくするぐらいの、それ以外は何の関係もない赤の他人のやったことである。これは要求する側についても言えることだ。あんたら当時から生きているのか。何か話すなら、個人として個々人に話しかけたらどうだ。いいかげん「国家」や「民族」を錦の御旗に数を恃むのはやめろ。

 ポーツマス条約の仲裁に入ったセオドア・ルーズベルト米大統領は「韓国は極度に無気力で、最低限の抵抗に及ぶ能力もない。名ばかりの要塞(ようさい)、軍艦、軍隊を保有しているが、考慮する価値もない。韓国は攻撃を自ら招くことになる」と評した。1894年から97年にかけ、韓国を4回旅行した英国人イザベラ・ビショップは、当時の官僚階級を「国の財政を食い尽くし、わいろを受け取ること以外にやることがない」として、「寄生虫」呼ばわりした。平民階級の存在理由については、「吸血鬼に血を供給する役割だ」とまで語った。国際社会が日本の朝鮮支配に目をつぶった理由は、朝鮮自体の無能と腐敗によるところが大きかった。
 独立を維持する力を自ら整えることなく、列強に頼ろうとばかりしていた高宗(朝鮮第26代国王)の「権力バランス外交」もあざけりと不信を招いただけだった。英国人記者マッケンジーが日露戦争直前の1904年2月に高宗の側近、李容翊(イ・ヨンイク)を取材し、「韓国が自らを救うためには、改革が必要だ」と述べると、李は「韓国は安全だ。韓国の独立は米国と欧州によって保障されているからだ」と答えたという。東アジアが緊迫の度を増していた時代に国際秩序を誤って理解し、外部勢力に依存した代償として受け取った請求書は「亡国」だった。
 100年前のことを思い出したのは、今後の韓国の統一と発展が国際社会の理解と協力によってのみ可能だからだ。100年前に日本はそうした点で韓国をはるかに上回っていた。国際社会の信頼は容易には得られない。亡国の現場に来ても、ほかの場所に行って遊びたいと考えるような人間が国際社会の信頼を得ることは難しい。100年前にわれわれの祖先もそれで滅んだのだ。 (下)

 この消息が解らない人間とは、話す気になれない。それが玄界灘のあちら側でもこちら側でも。

『希望の轍 & 奇跡の地球 - 桑田佳祐 × 桜井和寿 with Bank Band LIVE』

2010年08月29日 | その他
 YouTube
 〈http://www.youtube.com/watch?v=0n3WvPkSWWw&feature=related

 めっちゃ高画質。見ていて心地がいい。
 親愛なる桑田さん、手術成功おめでとうございます。回復も順調とのこと、なによりです。私のほうは、このところ、毎日寝る前のひととき、2007年ライブツアーのDVDを観ています。復帰される日を気長に待とうと思います。

司馬遼太郎 『国盗り物語』 (二) から

2010年08月28日 | 抜き書き
 しかし四十を越えると、妙なことがある。他人(ひと)さまを平気できらいになってしまう。他人だけでなく、自分をふくめて、どれもこれも少しづつ峻烈(しゅんれつ)に気に入らなくなってきた。
 いやな男に出会ったときなど、そのときの自分の如才ない態度などを思いあわせて、三日も四日も不愉快で、一ヵ月たってもなにかの拍子にそれを思いだすと、なにをするのもいやになり、あの一日だけ死ねばよかった、とおもうほどである。
 むろん、憎悪だけでなく、愛情も強くなるようで、どうも四十を越えれば自制心のたががゆるみ、愛憎ともに深くなりまさるものらしい。 (本書312-313頁)

 原文では、このあと「庄九郎も、この齢、たががはずれはじめている」と続く。自分に刃向かった主君の息子(土岐頼芸の嫡子頼秀)を、合戦で打ち破っただけでなく、“攻めほろぼしてやる”と決心し、そのとおり実行したことを指す。
 この説は当たっているような気がする。私の場合、五十を迎えて、この種のたががはずれたようだ。感情の表出が、それまでと比べ、苛烈になった。
 昔の人(司馬氏も含めて)の四十歳と、私もその一人であるところの現代人の四十歳は違うだろう。現代人の成人は三十歳だとよくいわれる。自分の経験に照らしてもそれは正しいと思う。とすれば、いまの人間の自制心のたががはずれるのは五十歳、ということになる。 
 ところで、そのたがだが、自然自然(じねんじねん)にはずれるわけではない。この小説における庄九郎もそうであったように、最終的には自分がはずしたものである。自らが、はずそうと思って、はずした。あるいは、それまではいくらはずそうと思ってもはずれなかったものが、今回はやってみたら、はずれた。いずれにせよ、最後はおのれの手ではずしたのである。
 だが、その最終的な契機となる――自分をしてたがをはずさせる――出来事や、あるいは人物というものも、たしかに存在する。庄九郎の場合それは土岐頼秀だった。私の場合にも、そういった存在がある。土岐頼秀は、松波庄九郎の本来の自己を解放し、結果として後の斎藤道三へと成らしめた。故に庄九郎(道三)は、頼秀に感謝すべきなのであろう。私も、吉左右は未だ判らぬながらも、同様にか。

(新潮文庫版 1971年11月発行 1994年11月55刷)

「ヘーシンクさんが死去 東京五輪で柔道金メダル」 から

2010年08月28日 | 抜き書き
▲「asahi.com」2010年8月28日14時43分、アムステルダム=井田香奈子。(部分)
 〈http://www.asahi.com/obituaries/update/0828/TKY201008280112.html

 ヘーシンクさんは〔略〕日本の国技である柔道が初めて採用された東京五輪の無差別級決勝で、神永昭夫さんを破って優勝した。

 “柔道強い人”。
 試合は、テレビで見ていたと思いますが、幼時のこととて、さすがに憶えていません。ご冥福をお祈りします。

「曹操墓考古隊回応造假質疑称将起訴誹謗者」 から

2010年08月28日 | 抜き書き
▲「新華網」2010年08月28日 06:57:36、来源:中国新闻网、全5ページ。(部分)
 〈http://news.xinhuanet.com/politics/2010-08/28/c_12492847.htm

 2010年08月26日「『曹操墓越来越像“華南虎”?』 ほかから」より続き。

  这份声明称,近日,一些人聚集苏州,召开所谓的“三国文化全国高层论坛”,组织和散布曹操高陵考古工作有造假行为,对科学严谨的考古工作进行无中生有的恶意攻击和诽谤,给考古队队员造成了极大伤害,也造成了极其恶劣的社会影响,败坏了考古队声誉,严重干扰了考古队正常考古工作的开展。 (1/1)

 たかがへんぺんたる学者風情が官威ともに備わりたる自分のいうことをお説ごもっともと受け入れないのはけしからぬ、あまつさえ批判などする、だから力づくで黙らせるという、まさに大陸式面子の発露である。ここでは批判の内容やその適否は問題とはならない。

「【日韓併合談話】日本の謝罪などいらない 韓国保守派の嘆きと憤慨」 を読んで

2010年08月28日 | 思考の断片
▲「msn 産経ニュース」2010.8.28 07:00、全5ページ。(部分)
 〈http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100828/plc1008280701006-n4.htm

 --そういえば最近のことですが、こんな話を聞きました。ある日本人の女性社員ですが、韓国の会社との契約をまとめるのに成功しました。それは良かったのですが、商談が成立した途端、韓国人の男性社員が『日本は過去の問題について謝罪していない。けしからん』とまくしたてたそうです。相手は大事なお客さまですから言い返すわけにもいかず、黙って聞くより仕方がなかったけれど、内心韓国をとても嫌いになったそうです。そのことを年輩の日本人男性に話したところ『だから韓国とは付き合わない方がいいんだ』といわれたそうです
 「それこそまさに中国の思うつぼです。中国の戦略の狙いはそこにあるのですから」 (4/5)

 崔三然氏は、「中国の大戦略は日米韓の連携を極力抑え込むこと」だと言う(3/5)。
 だとしたら、昨日のような態度は中国の思う壺だということになってまことによろしくない。しかし、そういう輩は個人的に人種・民族・国籍・宗教・思想・性別を問わず嫌いだから仕方がない。正直ついでに言えば、嫌いどころか憎悪する。ただし、相手が普通に接するかぎり、こちらも普通に接するし、仕事なら個人的な感情ぬきで対応する。もっともむこうにその分別があるかどうかは知らない。

 「日本では頭を下げれば謙虚な人だと尊敬されますが、大陸や半島ではどんどんやられます。結局日本人は内心、韓国人を嫌うようになります。かえって互いの信頼を失う結果になります」 (4/5)

 大陸や半島の面子というのは、自分の言うこと為すことがすべて通る状態のことを言う。だから大方の日本人(あるいは政府)のやりかたは、中国人や韓国・北朝鮮(人)の面子を立てていることになっているのである。ただ、あちらの面子というのは、立てると関係は良好になるが、その関係は、自分が上で、相手を下として、まさに見下すのが基本である。しかも一度立てるとどんどん要求が大きくなる。そして立てないと、敵と見なして激昂する。これが向こうの面子というものである。日本の面子とは違うのである。完全な屈服(と侮辱の甘受)か、あるいは完全な敵対しか、大陸・半島式の面子に対処法はないと思われる。
 ちなみに、日本の面子は、引け目がある(と感じる)側がなんとかして対等になろうとするのが目的である。だから片方が相手の面子を立てても実害はまあない。その一方で、昔の身分制社会では、下手に面子にこだわるとかえって「分際を知らぬ」と面子を潰されることのほうが多かったのではないか。そして潰されても文句は言えなかった。これを言い換えれば、大陸・半島の面子は上の者が下の者に対してより一層威張るために張るもの、日本の面子は下の者が上の者に対して「一寸の虫にも五分の魂がござる」ことを示すために張るもの、と考えるが如何。

「パウエル元米国務長官:『イラク戦争は避けられた』」 を読んで

2010年08月28日 | 思考の断片
▲「毎日jp」毎日新聞 2010年8月28日12時50分、ワシントン草野和彦。(部分)
 〈http://mainichi.jp/select/world/europe/news/20100828k0000e030042000c.html

 イラク戦争開戦時(03年3月)の米国務長官のコリン・パウエル氏(73)が、毎日新聞の電話でのインタビューに応じた。元長官は「戦争は避けることができた」と述べ、旧フセイン政権の大量破壊兵器(WMD)の存在に関する情報が間違っていたことを「極めて残念だ」と強調した。イラク戦争を巡り、ブッシュ前政権の高官が戦争が回避できたと踏み込んで発言するのは極めて異例だ。パウエル氏は、今月末にイラク駐留米軍が戦闘任務を終了させるのにあわせ、毎日新聞のインタビューに応じた。

 マクナマラ元国防長官も、ベトナム戦争について、ほぼ同じ趣旨のことを言っている。やはり戦争が終わってからのことだったが。ただし彼はケネディ政権を継いだジョンソン政権下で、当初ベトナムへの大規模介入を推進し、さらには北爆開始を指示するものの、次第に「勝てない」という意見に傾いていって、ついには辞任せざるをえなくなった(実質的には解任)。行動の軌跡が、パウエル氏と似ている。

 元長官は、事前にWMDがないと判明していれば「個人的な見解として、米国は戦争をしなかっただろう。WMD(の存在)が国連決議の根拠だったからだ」と述べた。ただ当時はブッシュ前大統領や米議会も情報が正しいと信じるだけの根拠があり、開戦は「法的に正当化される」と語った。

 ただ、ベトナム戦争の場合、トンキン湾事件(8月4日の北ベトナム軍による攻撃)が誤報もしくは捏造であったことが当時すぐに分かっていたとしても、戦争にならなかったというような、簡単な事情ではなかったようである(『果てしなき論争』)。
 しかしひるがえっていえば、イラク戦争の場合も、大量破壊兵器(WMD)が存在しないと分かっていても、果たして戦争は本当に避けられたかという疑問は残る。
 草野記者が指摘するように、WMDがないにもかかわらず、イラクのフセイン元大統領が査察を拒んだのは、「イランに弱さを見せたくない」という、まったく米国には関わりのない要素によるものだったからである。
 マクナマラ氏が、「ベトナム戦争は避けることができた」というとき、それは米国側だけの事情を指している。ベトナム側の事情があきらかになって、同じくその錯誤の箇所と理由を突き止めたとき、ベトナム側も戦争を避けることができたと考えることができ、ベトナム戦争は避けることができたと確信することができる。マクナマラ氏が戦後20年ののち、わざわざベトナムへ赴き戦争当時の北ベトナム政府高官・軍人だった人々と激しく率直な議論をたたかわせたのは、まさにこの確信を得るためだった。(結局は、若干の不明点が残った。しかし『果てしなき論争』を虚心に読む限り、基本的には問題は解決されたと思う。戦争は避けえた。すくなくとも理論的には。)

 ベトナム戦争に従軍した元長官は、戦場の厳しさを最もよく知る人間だ。統合参謀本部議長として指揮した91年の湾岸戦争と異なり、国連安保理の開戦容認決議がなく、大規模兵力の集中投入も行われなかったイラク戦争。「米国は勝ったのか」という質問に、「まだ判断することではない」とだけ語った。

 イラク戦争について、パウエル氏がマクナマラ氏の役割を果たしてくれればと思うのだが。だがもうそんな個人プレイの時代ではないか。

「『日本は盲動中断せよ』…独島会議開いた慶尚北道議会」 から

2010年08月27日 | 抜き書き
▲「中央日報 Joins.com」2010.08.27 13:09:55。(全)

 何遍も言うが、ここにはリンクを張らない。

 「日本政府は独島(トクト、日本名:竹島)に対する盲動を直ちに中止せよ」--。
 慶尚北道(キョンサンプクト)議会ソン・ピルガク副議長が述べると58人の道議員が拳を掲げて叫んだ。これらはまた帝国主義的侵略の根性を反省して、独島に対する誤った教育を撤回せよと要求した。26日午後5時30分、慶北鬱陵(ウルルン)邑の独島船着き場。ここでは「日本の独島領有権主張糾弾決議大会」が行われた。道議会が第242回臨時会議開会式とともに用意した行事だ。
 本会議では臨時会議の会期を決めて日本の独島領有権主張糾弾決議文を採択した。ソン副議長は決議文で「独島は大韓民国領土だ。それでも日本は光復65年が過ぎた今も我々の領土の独島に対する挑発的盲動を止めていない」と指摘した。「日本は独島に対する挑発を中止して、侵奪して持って行った文化財も直ちに返還しなさい」と促した。ソン副議長は2005年2月、日本の島根県が独島の領有権を主張する「竹島の日」を制定すると剃髪している。

 日本に来てやればどうか。それも前回のような対馬市役所の前などではなく、首都東京の、国会議事堂か首相官邸の前でだ。皇居の前ならなお結構である。それが筋というものではないか。
 責任を他人にばかり求める、自省ができない、お前らみたいな奴ら、死ぬほど嫌いだ。