書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

「In defence of WikiLeaks」

2010年11月30日 | 思考の断片
▲「Economist.com」Nov 29th 2010, 23:27 by W.W. | IOWA CITY.(部分)
 〈http://www.economist.com/blogs/democracyinamerica/2010/11/overseeing_state_secrecy

  If secrecy is necessary for national security and effective diplomacy, it is also inevitable that the prerogative of secrecy will be used to hide the misdeeds of the permanent state and its privileged agents. I suspect that there is no scheme of government oversight that will not eventually come under the indirect control of the generals, spies, and foreign-service officers it is meant to oversee. Organisations such as WikiLeaks, which are philosophically opposed to state secrecy and which operate as much as is possible outside the global nation-state system, may be the best we can hope for in the way of promoting the climate of transparency and accountability necessary for authentically liberal democracy. Some folks ask, "Who elected Julian Assange?" The answer is nobody did, which is, ironically, why WikiLeaks is able to improve the quality of our democracy. (太字は引用者)

 国民国家の内にいても外にいても、やるべきことは同じだろう。内にいる場合、信念の代償としてその国家からは国家の法律を犯した犯罪者として扱われ刑罰を受けることを覚悟しなければならないが、これを逆にいえば、その覚悟さえあれば、信念に基づいてやればいいのである。その信念は間違ってはいないのだから。「立国は私なり、公に非ざるなり」という福澤諭吉の言葉と、尖閣ビデオを流出させた海上保安庁の保安官の事とを、念頭に起きつつしるす。

「チベット、4万世帯の遊牧民の定住を実現」 から

2010年11月30日 | 抜き書き
▲「CRI Online(日本語)」2010-11-29 21:18:05、翻訳:玉華。(全)
 〈http://jp1.chinabroadcast.cn/881/2010/11/29/145s167282.htm

 2009年09月10日「『非軍事化と『民族浄化』に関する中国政府のコメントに対する中央チベット行政府の返答』 から」より続き。

 中国チベット自治区農牧庁は29日、「これまでの5年間に政府は、合わせて10億元余りを投資し、チベットの遊牧民4万世帯余りの定住を実現させた」と明らかにしました。
 2001年からチベット遊牧民定住プロジェクトが実施されて以来、牧畜民の住宅建設補助のほか、家畜小屋や、かいば保存用の棚、人と家畜の飲用水、太陽エネルギーの井戸の建設も実施しました。これにより、遊牧民の定住の実現とともに、医療と教育の環境も改善されました。
 現在、チベットではまだ1万3000世帯の遊牧家庭がありますが、今後5年以内にいずれも定住を実現できる見込みだということです。


 本人たちが納得ずくでのことなら、外から何もいうべきことはない。しかし以前の報道では、あくまで国家の観点からの施策という物言いで、そういったニュアンスはあまり感じられなかった。いくら「ですます」調にしたところで。

「中国機関紙、『反米・北庇い』世論作りで刺激的記事」 から

2010年11月30日 | 抜き書き
▲「東亜日報」NOVEMBER 30, 2010 06:04。
 〈http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2010113010598

 青華大学・国際情報研究中心の李希光主任が同日付の環球時報に投稿した「北朝鮮は中国の1級中核利益」と題した寄稿で、「いかなる国であれ、北朝鮮に対し、戦火を起こせば、これは中国に対する挑戦であり、宣戦布告だ」と主張した。李主任は19世紀の韓半島の甲午年の日清戦争により、日本の海軍が西海(ソヘ)に侵入したことを例に挙げ、韓半島安定は東北3省の安定、ひいては、中国の安定と直決されるという論理を展開した。李主任は、「朝鮮半島の南北間平和維持のためには、『独立的な北朝鮮』が中国と韓米との間で緩衝役割を果たさなければならない」と主張した。

 この記事の引用が正しければ、青華大学・国際情報研究中心の李希光主任なる人物は、今後一切、山縣有朋の「主権線」「利益線」論を批判できぬわけだ。

「クローズアップ2010:ウィキリークス米公電25万通暴露」 から

2010年11月30日 | 抜き書き
▲「毎日jp」2010年11月30日、東京朝刊、ワシントン古本陽荘/カイロ和田浩明、全5ページ。(部分)
 〈http://mainichi.jp/select/world/news/20101130ddm003030210000c.html
 〈http://mainichi.jp/select/world/news/20101130ddm003030210000c2.html
 〈http://mainichi.jp/select/world/news/20101130ddm003030210000c3.html
 〈http://mainichi.jp/select/world/news/20101130ddm003030210000c4.html
 〈http://mainichi.jp/select/world/news/20101130ddm003030210000c5.html

 2010年11月29日「『Cables Obtained by WikiLeaks Shine Light Into Secret Diplomatic Channels』 から」より続き。

 28日始まった内部告発サイト「ウィキリークス」による米外交公電約25万通の暴露。なぜ「秘密」も含まれる情報が大量に漏れたのか。その「情報源」をたどると、イラク戦争やアフガニスタン戦争の秘密文書を漏えいしたのと同じ米兵が情報提供者として浮かんできた。01年の米同時多発テロ以降進められてきた省庁間の情報共有の推進が裏目に出て、大量流出につながった背景があるようだ。1/5ページ

 ウィキリークスによる秘密文書の暴露を捜査している米連邦捜査局(FBI)と米軍は、既に秘密情報漏えいの容疑で逮捕、身柄を拘束しているブラッドリー・マニング上等兵が外交公電のリークにも関与したとみて捜査を進めている模様だ。1/5ページ

 以上、誰が。

 米政府が衝撃を受けているのは「上等兵」という低いレベルの米兵が簡単に大量の情報にアクセスし、組織外に秘密を持ち出した可能性が高い点だ。その原因は、マニング上等兵が戦場であるバグダッド近郊の基地に配属されていたことが大きかったと言われる。2/5ページ

 以上、どうやって。

 断片的な情報があったにもかかわらず、同時多発テロを防ぎ切れなかった米政府は、テロや安保関係の省庁間の連携不足を問題視し、情報共有を進めてきた。特にイラクなどの戦場では、現場のニーズに合った情報が円滑に入手できるように配慮されてきた。/このため、情報分析の任務に従事していたマニング上等兵は、上官の許可なく管轄外も含めて幅広い分野の公電に接することができた。2/5ページ

 以上、どうやっての背景。

 特に問題があったと考えられているのは、情報をダウンロードする際の制約が弱かったことだ。米紙によるとマニング上等兵は、人気歌手レディー・ガガの音楽CDに見せかけるなどして情報を物理的に持ち出していたという。2/5ページ

 以上、どうやっての補足。

 ウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジ氏については、内部文書公表自体については各国で罪に問われていないが、スウェーデン当局が強姦(ごうかん)罪で逮捕状を出している。3/5ページ

 別件逮捕するしかないってことですかな? 

 米国務省はウィキリークスに公電公表前に手紙を送り、〔公開は〕「罪のない無数の個人」や「進行中の軍事作戦」を危険にさらすと警告。3/5ページ

 どこかで聞いたような。

 同〔アサンジ〕氏は従来、情報公開の目的について「真の民主主義とより良い統治のため」と主張している。3/5ページ
 
 これもどこかで聞いたような。

「桑田佳祐、紅白で復帰!食道がん手術から5か月、ソロで初出場!」 から

2010年11月30日 | 芸術
▲「YOMIURI ONLINE(読売新聞)」2010年11月30日09時42分 、「スポーツ報知」。
 〈http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20101130-OHT1T00081.htm?from=yol

 8月2日に食道がんの手術を受け、リハビリ中の「サザンオールスターズ」の桑田佳祐(54)が、大みそかの第61回NHK紅白歌合戦(後7時半)で復帰を果たすことが29日、スポーツ報知の取材で分かった。同局関係者によると、昨年の矢沢永吉(61)のように「特別出場歌手」で出場し、歌声を披露する。

 待ってました!

「微粒子まだあった!はやぶさカプセルたたいたら」 から

2010年11月30日 | 抜き書き
▲「asahi.com」2010年11月29日22時57分、小宮山亮磨。
 〈http://www.asahi.com/science/update/1129/TKY201011290376.html
 
 小惑星「イトカワ」の微粒子回収に成功した探査機「はやぶさ」のカプセル開封を進めている宇宙航空研究開発機構は29日、回収容器をひっくり返して側面をたたいたら、新たに数百個の微粒子が出てきたと発表した。

 そんなんでいいんですか!? (@_@)

Orlando Figes 『Crimea: The Last Crusade』

2010年11月30日 | 西洋史
 The Economist でも書評されたこのクリミア戦争通史――おそらく目下英語圏で最新の――になると、はっきり、恐露病 Russiophobia という言葉が用いられる。その内容は前出 Royle の書とほぼ同じだが(ただしオスマン帝国=西・中央アジア地域およびバルカン半島への進出がとくに重視される)、当時のヨーロッパ、とくにイギリス、フランスおよびドイツからみたロシアは、"an Asiatic 'other' threatening liberties and civilization of Europe with any real or perceived threat"という要素が加わる('The Russian Menace', p. 70。および 'Cannon Fedder", p. 328)。たとえその脅威が現実のものもあれば想像をたくましくしたあげくの妄想に類するものもあったとしても(with any real or perceived threat)、ロシアを"Asiatic(アジア的)"な“other(他者)"と見なしたその理由は何なのか。

(Allen Lane, Oct., 2010)

Trevor Royle 『Crimea: The Great Crimean War, 1854-1856』

2010年11月29日 | 西洋史
 クリミア戦争通史。非常にスタンダードな良書だと思う。
 著者は、クリミア戦争前夜の19世紀前半のヨーロッパ諸国に“恐露病”ともいうべき感情が共有されていたことを指摘する。
 その内容は、

 1. ヨーロッパの中心から遠くはなれかつ広大なロシアは、その内部で何が起こっているのか容易に分からず、不気味な印象を外部に与えた。
 2. 農奴制をいまだに維持し、当時のヨーロッパの趨勢であった憲法とも議会制ともロシアは無縁な専制国家だった。
 3. しかも当時(ニコライ1世治下)のロシアはその悪名高い秘密警察の存在と、ポーランドの併合およびその地における圧政によって、ヨーロッパに暗く陰惨な印象を与えていた。
 4. 同じく当時のヨーロッパで駸々乎として進みつつあった文明開化の象徴たる鉄道がロシアでは未発達で、1951年になってようやくモスクワ--ペテルブルグ間が開通したに過ぎなかった。しかもそこで走ることになった機関車はすでにヨーロッパでは旧式となっていたものだった。
 5. ロシアはロンドンで開かれた文明社会の祭典ロンドン万国博覧会(史上第一回、1851年)に代表団を送らず、出品もしなかった。
 6. 近代国家としては経済・金融の制度面でひどく遅れている一方で、軍事的には極めて強大で領土拡大志向が強かった。
 7. その結果、概して未来志向・進歩信仰だった当時のヨーロッパ人から“異様”“野蛮”な国として恐怖・嫌悪された。

 というものである('Prologue: 1851', p. 7)。

(Palgrave Macmillan, Reprint, Feb., 2004)

「Cables Obtained by WikiLeaks Shine Light Into Secret Diplomatic Channels」 から

2010年11月29日 | 抜き書き
▲「The New York Times」November 28, 2010, by SCOTT SHANE and ANDREW W. LEHREN. (部分)
 〈http://www.nytimes.com/2010/11/29/world/29cables.html?_r=1&ref=world

  The White House said the release of what it called “stolen cables” to several publications was a “reckless and dangerous action” and warned that some cables, if released in full, could disrupt American operations abroad and put the work and even lives of confidential sources of American diplomats at risk.

 そういえば、「ウィキリークス」は、これらの公電をどうやって手に入れたのだろうか。誰が、どのようにして?

石田秀実 『中国医学思想史 もう一つの医学』

2010年11月29日 | 自然科学
 2010年11月08日「小さな山脇東洋」より続き。というか、訂正と補足。

 中国では16世紀にすでにアモイでヨーロッパ医学にもとづくヨーロッパ式病院が建設されていた。ただしそれは当地に滞在するヨーロッパ人を対象としたものだったらしい。
 一般中国社会には(といっても朝廷および知識人社会だったが)、体系的な西洋医学理論は明末のマテオ・リッチとジュリオ・アレニによってもたらされた(前者による『西国記法』、後者による『性学觕述』)。1621年に来明したヤン・テレンツはアモイでヨーロッパ式の病理解剖を実施し、『人身説概』を著してヨーロッパの人体解剖術を中国に紹介した(1643年出版)。
 しかし王肯堂の『証治準縄』に“骨骼説”として影響を残した以外、当時宣教師によって中国にもたらされた西洋医学は、殆ど中国医学に影響を与えなかったと著者は結論する。その理由は、当時の中国伝統医学に比べて、いまだ細菌病理学が成立する以前の16-17世紀ヨーロッパ医学は、少しも水準が高くなかったからだとする(本書297頁)。さらには、宣教師たちの伝えた医学がヒポクラテス--ガレノスの流れを汲む、当時のヨーロッパ医学よりもいっそう古いもので、当時の中国医学よりも格段に理論的・体系的に脆弱だったことがあるという(本書298頁)。そのため、せっかくの精密な人体解剖図も、「二次的な『場としての身体地図』にすぎず、肝腎の生きて動く人の生理を解明するにはさして役立たぬものと考えられた」(同)。
 なお本書でも言及されているが、中国では宋代からいまの言葉で司法解剖に当たるものは行われていた(ただそれがまともな人体解剖図として結実しなかった)。そのことに関して本書で教えられたのは、清代に、王清任(1769-1831)という中医が公共墓地で“死体観察”を行い、その結果を『医林改錯』(1830年)として著して、唐宋以来の伝統的な「五臓六腑図」の誤りを大いに正したという事実である。“死体観察”とは他人に解剖させての人体内部の構造を観察することであるが、それなら山脇東洋も、腑分けは(こちらは1754年で少しく早いが)みずから手を下したものではない。同じである。
 
(東京大学出版会 1992年7月)