書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

三島由紀夫『豊饒の海』を繙く。

2018年05月31日 | 思考の断片
 三島由紀夫『豊饒の海』を繙く。例によって自分一人の思い立ちだが、仕事と関連があるので、三島の長編は作り物臭さがやりきれなくて肌が合わないなどとは言っていられない。まず「春の雪」を英訳(Michael Gallagher訳)と読み比べてみる。乾いた基調は英訳と共通している。というより、隙がなく隙のない修辞と叙述上の見せかけの高ぶりを剥ぎ取り去ったもとの文体が英語に似ているのかもしれない。



リディア・アヴィーロワ著 『チェーホフとの恋 』

2018年05月31日 | 文学
 ワルワラ・ブブノワ絵/小野俊一訳/小野有五解説他。
 
 あまりの面白さゆえに単なる創作ではないかと評された時期もあるが、現在では44年の生涯で唯一真剣と言われるチェーホフのもう一つの真実を伝える作品と評価されている。/1952年の名訳(角川版)が挿絵と共に現代語で甦る。 (出版社による紹介

 シェークスピアが話したとおりの彼の言葉がもしこんにち記録に残っていても、それを彼の劇作の登場人物の科白と同じ調子で訳そうとは誰も思わないだろう(彼の作品は時代劇だからとか、韻文だからという次元においてではなく)。チェーホフもまたそうではないか。彼の戯曲(現代劇で、しかも散文だ)で描かれる人々の誰かと似た口調で日本語に訳されたら、それは彼に対して敬意を表したことになるのか、あるいは・・・。小林秀雄大人(うし)の創造/想像にかかるチェホフ像が今度はその反対側に控えているということもあり、ここはなかなか難しいところか。

(未知谷 2005年2月)

和辻哲郎 『初版 古寺巡礼』

2018年05月30日 | 人文科学
 注がない。注がないがゆえに柳田国男すら基本受け付けない私のような者が、それよりも思考の目が粗い――客観性(客観世界への関心と注意度)が低いと言いなおしてもいいかもしれない――こちらに我慢できるはずもない。

(ちくま学芸文庫 2012年4月)。

芳川泰久「収容所のプルースト (境界の文学) 書評|ジョゼフ・チャプスキ(共和国)」

2018年05月30日 | 文学
 副題「いまこそ日本で読まれるべきプルースト論」
 該書につき、出版社による紹介

 生きるため、人間としての存在と尊厳を保つためという切実で切迫した事情と理由があったにせよ、「人というのは不思議なもの」という畏敬の感情をぬぐいさることはできない。著者や周りの人間が守ろうとする「人間であること」とは何かへも、思いを馳せさせる。

黒須洋子 『テレビ映画「新選組血風録」の世界』

2018年05月27日 | 映画
 栗塚旭さんは『燃えよ剣』の方が“やりきった”という感覚があって好きらしい。島田順司さんは『燃えよ~』は自身が30才を超していたうえ周りの期待も高くてそれまでと同じ沖田を演じるのはしんどかった由。左右田一平さんの斎藤一が『血風録』だけなのは本人のインタビューでも触れられておらず分からない。

(新人物往来社 2000年10月)

牧原純 『北ホテル48号室 チェーホフと女性たち』

2018年05月27日 | 人文科学
 人に丁寧で優しく親切だが、それが男でも女でも、誰も決してある一定の距離から中へは踏み込めなかったチェーホフの、その謎めいた胸のなかに踏み込もうとした女性達。オーリガ・クニッペルを含め。クニッペルを資質と才能両方において大女優と賞賛してある(154頁)。わが師の評(“チェーホフの劇に出たから名が上がっただけの二流俳優”)と異なるが、ことは審美に属することゆえ、措いておく。
 
 私がロシア文学好きだからだけかもしれませんが、装幀、内容、さらには行間、あの世界の香りに満ちた、とても良い本です。お薦めします。

(未知谷 2006年3月)

別の件でフアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(杉田晃/増田義郎訳)を開いたら・・・

2018年05月23日 | 思考の断片
 別の件でフアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(杉田晃/増田義郎訳、岩波書店1992/10)を開いたら、いまやっている仕事ともろにかぶる(私的に。こういう先達もあったかと学ぶ)ところがあって、驚愕。始めて読んだといえば無知無学がばれる。