書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

老舎著 蘆田孝昭訳 『老舎小説全集』 8・9・10 「四世同堂(上・中・下)」

2008年02月26日 | 文学
 出てくる日本人が、類型的で通り一遍で、まったく描けていない。たとえ悪辣で残忍で狭量で下劣なだけの輩だとしても、それ以前に、とても血の通った人間とは思えない。こんにちの「反日」と同じく、日中戦争中の「抗日」もまた、「愛国」はつけたりで、根本は「侮日」だったかと思わせる内容。
 なぜそこまで――例えば老舎にこんな駄作を書かしめるほどに――、中国人が日本人を蔑むのか。この問題は、「中華思想だから」だけでは、ちょっと片付けられないだろう。
 
(学習研究社 1982年10月~1983年4月)

高橋武智 『私たちは、脱走アメリカ兵を越境させた……』

2008年02月24日 | 政治
 副題「ベ平連・ジャテック、最後の密出国作戦の回想」。
 ベ平連がソ連から物理的な援助(たとえば脱走アメリカ兵を日本から中立国へ脱出させる際のルート提供)を受けていたことが書かれている。
 金銭的な援助については有無ともに言及がない。
 樺美智子について、「虐殺された」と書いてある。

(作品社 2007年10月)

井上勲 『王政復古 慶応三年十二月九日の政変』

2008年02月23日 | 日本史
 慶応三(1867)年一年間の国内政治史。新書でありながら、たとえば牧野権六郎が何者で、備前藩士の彼がどうして後藤象二郎(土佐)や辻将曹(安芸)と並んで大政奉還運動の重要な担い手となったのかまで書いてある。
 著者の、不要と判断したものは容赦なく斬り捨てて顧みない果断さと、同時に必要と見なす事項は細大漏らさずさらに相互の連関付けを忘れない緻密・周到さは、実に驚くべし。

(中央公論社 1991年8月)

章詒和著 横澤泰夫訳 『嵐を生きた中国知識人 「右派」章伯鈞をめぐる人びと』

2008年02月18日 | 伝記
 「海瑞罷官」批判は悲劇ではないようだ。呉は受難者ではない。
 なぜなら呉もまた、郭沫若や費孝通と同様、党と政府の“従順な道具”だったからである。そしてそれだけの存在にすぎないようである。この回想録に見える彼の言動から、それが窺える。
 「海瑞罷官」批判以降、彼が辿る悲惨な運命は、主の指令に是非なく従い、他の人間を将棋の駒、使い捨ての消耗品扱いして、直接間接に迫害してきた人間が、さて今度は自分にその目がまわってきたというだけのことでしかないらしい。せいぜい悲喜劇、それも喜劇に近いそれである。
 呉の運命を評するに、狡兔死して走狗烹らるでは高すぎるだろう。人を呪わば穴二つでも、まだ過褒の気味がある。衆を恃んでかさにかかって章伯鈞を批判する呉に、「呪う」ほど主体的な意志の力があったとも思えぬからだ。廻る因果の小車ぐらいで丁度良いか。

(集広舎 2007年11月)