書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

石原昭平/津本信博/西沢正史編 『女流日記文学講座』 第3巻 「和泉式部日記・紫式部日記」

2016年12月27日 | 人文科学
 これら日記の叙述また著者の視点の客観性と主観性の境界が、作品を読み解き分析するうえでの重要概念となっている(たとえば中野幸一「女流日記文学における『紫式部日記』の位置」)。だが、こんにちの意味でいうところの「客観(性)」「主観(性)」そのままの存在は、当時の人間、個別具体的には表題の二作の作家、および、本論で言及される他作家において担保されていたのだろうか。

(勉誠社 2000年7月)

磯谷孝 『演習ロシア語動詞の体』

2016年12月27日 | 人文科学
 買ってから40年経って、これは体をマスターしていないと読めない本であることがわかった。体をマスターするためではなく、マスターしている人間が確認のために読む者である。おびただしい練習問題はやるものではなく、答えを丸暗記すべきものである。そのほうが上達は早いだろう。なぜそうなるのかはそのあとで考えるべきものである。あるいはそのあとでないと、考えてもたぶんわからない。

(吾妻書房 1977年1月)

『中国話本大系』「京本通俗小説(等五種)」

2016年12月26日 | 哲学
 書肆によるシリーズの紹介

 現代の白話文とそれほどの差異は感じない。かえってこれらより後に書かれた、例えばいまここにある『官場現形記』の方が、語彙・表現・構文において懸隔を感じる。簡単にいえば難しい。口語ではなく、また文言とも違う、ある種とっつきにくさを感じる。

(無名氏等原著、程毅中等校點 江蘇古籍出版社 1991年12月)

The Vladimirov Diaries - Wikipedia から

2016年12月26日 | 現代史
 https://en.wikipedia.org/wiki/The_Vladimirov_Diaries

  The Vladimirov diaries: Yenan, China, 1942-1945 was a book written by Peter Vladimirov; it was published by his son Yury Vlasov in 1973, twenty years after Vladimirov's death. The book recounts the events in Yan'an during the Second World War, particularly information on Mao Zedong.
  Vladimirov died in 1953. His son Yury Vlasov edited his diaries and published the book in 1973.
  (下線は引用者)


Особый район Китая. 1942—1945 — Википедия から

2016年12月26日 | 現代史
 https://ru.wikipedia.org/wiki/%D0%9E%D1%81%D0%BE%D0%B1%D1%8B%D0%B9_%D1%80%D0%B0%D0%B9%D0%BE%D0%BD_%D0%9A%D0%B8%D1%82%D0%B0%D1%8F._1942%E2%80%941945

  Как рассказывал известный синолог Александр Панцов, решение издать книгу было принято по инициативе ЦК КПСС после ухудшения советско-китайских отношений. По словам Панцова, от одного из участника〔ママ〕 создания книги он знает, что были соединены дневник и донесения Владимирова, «а там, где чего-то не хватало, дописали».

  "<В 1991 году, когда открыли архивы>, я обнаружил много материалов, которые я уже читал у Владимирова, но они были взяты совершенно не из дневников Владимирова, а совершенно из других материалов архива. … А там, помимо архивов, ещё многое что-то дописано, и там сейчас совершенно невозможно разобрать, где что дописано, где не дописано, и книга требует, конечно, проверки и перепроверки."
  (下線は引用者)

延安日记―維基百科 から

2016年12月26日 | 現代史
 维基百科

  有评论認為《延安日记》是前苏联政治需要的产物,并非弗拉基米洛夫当年著述,其真实性和严肃性都值得怀疑。弗拉基米洛夫的儿子尤里·弗拉索夫也承认《延安日记》是中苏交恶(特别是珍宝岛事件)之后,苏联官方为了政治需要而撰写的。苏联方面根据弗拉基米洛夫从延安发回莫斯科的电报以及苏联方面的其他情报编写了本书,部分内容涉嫌杜撰。 (「評論」 下線は引用者)

ピョートル・ウラジミロフ著 高橋正訳 『延安日記』 上下

2016年12月26日 | 現代史
 とても興味深い内容であるけれども、個人の(正確にはそうではないが)証言だから、ほかの資料との突き合わせとそれによる裏取りなしに判断は、まして資料としての利用は、できない。私は証言というのは基本的にそういうものだと思っている。そう考えない人もいるが、私はそういう行き方に与しない。

(サイマル出版会 1975年)

ロビン・トンプソン 『琉楽百控 琉球古典音楽野村流工工四百選 楽譜と解説』

2016年12月26日 | 芸術
 出版社による紹介。 伝統的な楽譜「工工四」の内容を、五線譜では掬いきれない部分があり、反対に「工工四」では、五線譜で示せることが示せない所もあるという、言ってみれば当たり前の消息を知る。実際の演奏を聴いてみたい。

(榕樹書林 2016年9月)

韓愈 「原人」

2016年12月25日 | 東洋史
 テキストは、たとえばこちら

 形於上者謂之天。形於下者謂之地。命於其兩間者謂之人。形於上日月星辰皆天也。形於下草木山川皆地也。命於其兩間夷狄禽獸皆人也。曰然則吾謂禽獸曰人可乎。曰非也。指山而問焉。曰山乎。曰山可也。山有草木禽獸皆舉之矣。指山之一草而問焉。曰山乎。曰山則不可。故天道亂而日月星辰不得其行。地道亂而草木山川不得其平。人道亂而夷狄禽獸不得其性。天者日月星辰之主也。地者草木山川之主也。人者夷狄禽獸之主也。主而暴之不得其為主之道矣。是故聖人一視而同仁篤近而舉逺。 (句読は引用者)

 いろいろ面白い。また、それまでの行文と、「主而暴之不得其為主之道矣。是故聖人一視而同仁篤近而舉逺。」の結論の間が、繋がりがないとはけっして言えないが、どうも奇妙・唐突に思えるのは、私の論理・修辞ほかの感覚が、韓愈(とおそらく韓愈の同時代人)のそれらとは、異なっているからだろう。

羅景文 「潘佩珠及其漢文小說之研究」

2016年12月23日 | 哲学
 http://handle.ncl.edu.tw/11296/ndltd/13884398140814022708

 面白かった。潘佩珠(ファン・ボイ・チャウ)の漢文(漢語。彼にとっては外国語になる)の文体に関して分析と評価がなかったのは、それを期待して入手した私個人的には残念だが。