書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

高橋ツトム 『爆音列島』 7

2005年12月30日 | コミック
“オレらはマトモに人が死ぬような最強の族”

 理非曲直に拘わりなく、言葉は言葉そのもので力を持ちうる。

(講談社 2005年12月)

▲「asahi. com」2005年12月29日、「ES細胞『一切存在せず』 ソウル大調査委」
 →http://www.asahi.com/science/news/TKY200512290233.html
 「kyodo news」2005年12月29日、「反日デモや炭鉱事故触れず 新華社国内10大ニュース」
→http://news.www.infoseek.co.jp/world/story.html?q=29kyodo2005122901001709&cat=38

 今日、東北アジア三か国の国民と日本国民との間で話が通じないことの原因は、つまるところ、以下の思考・行動様式の差にあるのではないか。
 「敵(外国人)なら殺してもかまわない」
 「国のためなら嘘をついてもかまわない」
 「国民より国家のほうが大事である」
 という倫理規範について、

 1.自明の真理としてまるで疑わず、あるいは疑っても結局はそれを遵守するか。
 2.少しでも疑い、疑うだけでなく行動において実際に破りかねないか。

 今年の更新は今日が最終です。
 では皆様よい年をお迎え下さい。

サント・ブーヴ著 土居寛之訳 『月曜閑談』

2005年12月29日 | 文学
“批評家の時計は、少くとも何分かは市役所の時計より進んでいなければならない” (「覚書と断想」 本書321頁)

 勿体つけても所詮は小賢しいだけ。

(冨山房 1978年3月)

巴金著 山口守訳 『発見と冒険の中国文学』 3 「リラの花散る頃 巴金短編集」

2005年12月28日 | 文学
 まあまあ面白い。

(JICC出版局 1991年5月)

茅盾著 宮尾正樹ほか訳 『発見と冒険の中国文学』 4 「藻を刈る男 芽盾短編集」

2005年12月28日 | 文学
 頭でっかち。

(JICC出版局 1991年6月)

北島/史鉄生ほか著 宮尾正樹ほか訳 『発見と冒険の中国文学』 7 「紙の上の月 中国の地下文学」

2005年12月28日 | 文学
 文学作品として低レベル。

(JICC出版局 1991年10月)

ザシダワ/色波著 牧田英二訳 『発見と冒険の中国文学』 8 「風馬の耀き チベットの新しい文学」

2005年12月28日 | 文学
 色波(ソーポー)は巧手で、面白い。ザシダワの作品は「中国における少数民族文学」という後光によりかかった存在。作品としては読まなかったよりはましというぐらい。

(JICC出版局 1991年8月)

★これで『発見と冒険の中国文学』の全巻読了。長く読みさしたままになっていたので気になっていた。
 そういえば、『新しい中国文学』(全6巻、早稲田大学出版部、1993年4月~1994年5月)も、第4巻以外読んでいない。

二松啓紀 『裂かれた大地 京都満州開拓民 記録なき歴史』

2005年12月27日 | 日本史
「あとがき」から。

“本書で扱った満州開拓団は、一九三二(昭和七)年十月の第一次武装移民から終戦にいたるまで、全国の都道府県から三十二万人が中国大陸に渡ったとされる” (本書229頁)

“京都市が一九四五年三月に編成した平安開拓団は、「第十四次」となる。当然ながら終戦以降に開拓団は存在しないため、昭和最後の満州開拓団となる” (本書229頁)

“調べてみると、戦時中に書かれた京都新聞の小さな記事を除き、一切の公式記録が存在しなかった。正史に一行の記述もなく、歴史関係者からも黙殺されていた” (本書228頁)

 移民となった当事者の証言を含めて、まとまった資料がこの本の中にしかないことは、堀川惠子/小笠原伸之『チンチン電車と女学生 1945年8月6日・ヒロシマ』(日本評論社 2005年7月)と同じ。

(京都新聞出版センター 2005年7月)

▲「Sankei Web」2005年12月27日、「扶桑社教科書の不採択運動 中核派、深く関与」
 →http://www.sankei.co.jp/news/051227/sha024.htm

 やはり。それで思い当る節がいろいろある。「自分たちは正義だから悪の不採択派に対して脅迫でも暴力的妨害行動でも何をしても構わない」とでも形容すべき、御都合主義を通り越した狂信の匂いが一部不採択派の言動にぷんぷんしていたのはそのせいか等。

ジョン・ダワー著 三浦陽一/高杉忠明/田代泰子訳 『敗北を抱きしめて』 上下

2005年12月26日 | 日本史
 著者の目配りの広さと、該博な日本知識と、この大部で緻密な構成の占領期日本の全体史を、最後まで叙述に些かの気の弛みも見せず書ききった気力には、敬服のほかない。米国にはすごい日本学者がいる。だが、日本人の私がこの傑作を読んでいて、およそ絶えず隔靴掻痒や的はずれのもどかしさと、時に吐き気がするほどの違和感に見舞われたことも、また事実である。

(岩波書店 2002年2月第14刷・2001年10月第9刷)

▲「asahi. com」2005年12月25日、「中国・韓国への親近感、急降下 内閣府世論調査」
 →http://www.asahi.com/national/update/1225/TKY200512240346.html

“他国と仲良くするのも外交だが、距離をとる判断をするのも外交である” 
  (屋山太郎「【正論】中国の『東アジア共同体策謀』に乗るな」、「産経新聞」2005年12月22日)

 これは一般の日本人が両国人と付き合う際にも通用する考え方だろう。ただしこれは、嫌いでもいいが無関心ではあってはならないという前提がついている。少なくとも私の場合。

▲「asahi. com」2005年11月18日、「めぐみさんと家族の13年、18日から写真展 東京」
 →http://www.asahi.com/special/abductees/TKY200511170455.html
 「asahi. com」2005年12月22日、「家族会『北朝鮮に制裁発動を』 タイ人被害者家族も訴え」
 →http://www.asahi.com/special/abductees/TKY200512220824.html
 「Sankei Web」2005年12月25日、「『拉致解決につながるのか』 並行協議、家族から疑問」
 →http://www.sankei.co.jp/news/051225/sha045.htm

 ところで拉致被害者の家族が「家族を返せ」と訴えるのも“北朝鮮バッシング”ですか、姜尚中さん。

伊藤整ほか編 『日本現代文学全集』 58 「廣津和郎・宇野浩二集」

2005年12月26日 | 文学
 広津和郎はやはり面白い。
 宇野浩二が面白いのは「蔵の中」、しかも「そして私は質屋に行かうと思ひ立ちました」の書き出しだけ。あとは辛気臭いの一言。

(講談社 1964年4月)

今週のコメントしない本

2005年12月24日 | 
 今年の「今週のコメントしない本」は、今日が最終回です。

①感想を書くには目下こちらの知識と能力が不足している本
  内藤國夫 『悶死 中川一郎怪死事件』 (草思社 1985年3月第7刷)

②読んですぐ感想をまとめようとすべきでないと思える本
  大久保利謙 『大久保利謙歴史著作集』 5 「幕末維新の洋学」 (吉川弘文館 1986年8月)

  吉田裕編 『日本の時代史』 26 「戦後改革と逆コース」 (吉川弘文館 2004年7月)

③面白すぎて冷静な感想をまとめられない本
  板倉聖宣/松野修編 『社会の発明発見物語』 (仮説社 1998年7月)

  横山宏章 『中国を駄目にした英雄たち』 (講談社 1999年8月)

  本城靖久 『十八世紀 パリの明暗』 (新潮社 1986年7月5刷)

④つまらなさすぎて感想も出てこない本
  該当作なし

⑤出来が粗末で感想の持ちようがない本
  該当作なし

⑥余りに愚劣でわざわざ感想を書くのは時間の無駄と思ってしまう本
  該当作なし

⑦本人にも分からない何かの理由で感想を書く気にならない本 
  該当作なし

 桶谷秀昭氏の『昭和精神史』、まだ読み終わりません。
 地球温暖化とは何処の話ぞ。