書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

沈括著 梅原郁訳注 『夢渓筆談』 全3巻

2011年09月26日 | 自然科学
 実際には、「凡例」および「序文」で書かれているように、京都大学人文科学研究所の共同研究の産物であり、その参加者の草稿がもとになっている。寄稿者の名も明記されている。梅原氏はその草稿作成者の一人であると同時に、それらの草稿をもとに全体原稿を作成し、かつ必要箇所に注釈をつける責任を負ったとある。
 以前、『絵で見る中国の歴史』(原書房、1995年6月)の第5巻「宋・遼・金から元の時代」の翻訳を担当したときに、科学史の部分でこの書籍の名が出てきたのと、この本にしか見えない畢昇の膠泥活字の記事(第2巻183-184頁)についての言及もあったために、この平凡社刊の訳注書に当たった。しかし全巻を通読はしなった。正直あまりおもしろくなかったからである。その後も必要な部分をたびたび開きはしたが、読み通してはいない。それが今回、最初から最後まで目を通したのは、宋時代の科学者の意識や雰囲気の一端を知ることができるかという、通読へのインセンティブが、16年経ってこちらに生まれたためである。(我ながらグズだねえ。)
 そうしての通読しての感想は、あまり科学する心は感じられないというものである。沈括は科学者というよりは技術者であろう。ただし好事家の部分が多少あって、これは中国の士大夫には珍しいと思える。彼の場合、この性質は知りたいから知るその結果としての博学という形で出た。この物好きという個性は、ほぼ同時代の蘇軾においても見られるものだが(彼の場合は自由なあるいはしばしば突拍子もない発想という現れ方をした)、それが宋代――正確には北宋時代――の時代精神かと問われれば、いまの私には判らない。
 だが、故事来歴を述べた部分や区々たる考証の部分は(これがまた案外多いのだが)やはりおもしろくない。それを知っておかねばならない必要性が、まだ私にはないから。

(平凡社 1978年12月/1979年12月/1981年11月)

「『東京に原発を!』 推進派発言を皮肉る反原発デモ」 から

2011年09月26日 | 抜き書き
▲「AFPBB News」2011年09月26日 12:05 発信地:東京。(部分)
 〈http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/disaster/2830670/7830711

 都内で25日、原発が安全ならば東京に建設すべきだと主張する原発反対デモが行われ、「東京に原発を!」のスローガンを叫んで約50人が行進した。

 50人! これで記事になるなら、「AFPBB News」の毎日の紙面にはもっとデモのそれがあってもおかしくないと思うが。世界各地の。

「光明日報、中国の民主主義のほうが欧米日のそれより優れているとの署名論説」

2011年09月26日 | 地域研究
▲「RFA Home(普通語)」2011-09-24, 石山、「光明日报:民主还是中国的好」(部分)
 〈http://www.rfa.org/english/news/tibet/dalailama-09252011163822.html

  中共中央宣传部下属的《光明日报》日前发表官方学者房宁的文章,称中国的民主优于西方民主。但有评论认为,中国学者的官方观点既缺乏逻辑,也不能反映中国的政治现实。
  《光明日报》星期三发表中国社会科学院政治研究所研究员房宁的文章,题为“民主还是中国的好”。作者总结出中国特色民主的三大优势:一是有利于形成代表中国人民的整体利益,二是有利于统筹各方利益,三是有利于政治稳定和社会安定。相比之下,西方民主制度也有三大问题:一为金钱政治,二为集团政治,三为腐败政治。他认为,这是资本主义民主制度不可超越的历史局限性和制度缺陷。


 この房寧という人物(中国社会科学院政治研究所研究員とやら)は、遠くは郭沫若や牙含章そして費孝通、近くは何新劉江永呉懐中にも匹敵するほどの学匪ぶりである。学者の衣を被った匪賊。私にすれば御用学者と呼ぶのさえなまぬるい。
 ちなみに李希光唐淳風などという輩はあれは学匪というに値しない。単なる匪である(まさに共匪!)。 
 以上敬称略。

「バルセロナで最後の闘牛、来年1月から禁止」 を読んで

2011年09月26日 | 地域研究
▲「AFPBB News」2011年09月26日 11:22、発信地:バルセロナ/スペイン。
 〈http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2830643/7834808

 カタルーニャは歴史的・文化的にはスペイン(カスティーリャ)ではないから、当然と言えば当然の決定ではある。
 地元の人間が――つまり当事者が――いやならやめればいいし、いいとおもうなら続ければいい。いずれにせよ外部の者がとやかく口出ししたり偉そうに指図したりすることではない。内部でも、一部の者が勝手に決めたというのなら、再度喧々諤々の議論をして――あるいは外部に迷惑のかからない程度の騒乱を起こして――、決め直せばいい。
 以上、台湾独立運動の沈滞をめぐるアンディ・チャン氏の嘆きを念頭に置きつつ書く。

「‘Taiwan independent since 1989’: Lee」

2011年09月26日 | 地域研究
▲「The Taipei Times」Mon, Sep 26, 2011, by J. Michael Cole.
 〈http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2011/09/26/2003514223

 この人の思想的な立ち位置がいまひとつわからない。思想はあるのかとさえ思える。理想と言い換えてもいい。政治的なそれは自伝ほか、このインタビューを含む折々の諸発言を読めばわかる。

「キルギス大統領選に20名が候補者届け出」

2011年09月26日 | 地域研究
▲「ИТАР-ТАСС」23:44 24/09/2011, 「За пост президента Киргизии будут соперничать 20 человек」
 〈http://www.itar-tass.com/c13/232906.html

 これから冬のキルギスに一ヵ月滞在というのはきついかなあ。春まで待つべきか。なに目的はたいしたものではない。たとえばこの国を「キルギス」と称んでもいいのか、あるいはやはり「クルグス」「クルグススタン」と称ぶべきか、ところで「クルグズ」「クルグズスタン」とは称ばなくていいのか、といったようなことを確認したいというほどの事々のために。本の揃った図書館が使えるなら、あとは一介の旅人の身分でかまわない。

「Vietnam coffee exporters start to lose footing」 を目にして

2011年09月23日 | 
▲「Thanh Nien News.com」9/18/2011 16:00, by Quang Thuan-Tran Ngoc Quyen, Thanh Nien News.
 〈http://www.thanhniennews.com/2010/Pages/20110918165208.aspx

 今度ベトナムにいったら、ハノイ36街でベトナムコーヒーとハス茶をかためて買い込んでくるつもり。自家消費用と友達への土産に。前と同じホテルも取れたし、前回歩き回ったから、もうだいたい地理はわかっている。買う店も決めている。そのために最後の半日を空けてある。楽しみだ。