2022.1.14放送
「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか、大嶋重徳です。ルカ福音書を順番に読んでいます。
ルカ4章で、カペナウムでたくさんの病気の人々が、イエス様から癒やしを与えられたいと集まって来ていました。そこで「イエス様、ここにもっといてください。どこにも行かないでください」ということばをイエス様は聞きました。カペナウム会堂の人たちは、イエス様のことをとても愛していましたし、イエス様も愛されていました。
私たちも、無理をしてでもこの人々の必要に答えたい、と思う気持ちが湧いてくることがあります。そして、やがて疲れ果てることがあります。忙しくなりすぎると、自分のなすべき使命を見失うことがあるのです。目の前のやるべきことに夢中になり、目の前の必要に応えることに必死になる。そして教会でも、「教会のために」と思って言ったことが激しく誰かを傷つけるということも起こります。「これぐらいして当たり前でしょ」と、感謝のことばも消えていってしまうことがあるでしょう。
この時期、中学生・高校生が受験勉強に励んでいます。しかし、それは何のためにやっているのか。偏差値の高い学校に入るためなのか、人から羨ましがられるような進路を選ぶためなんでしょうか。
ある時、私たちの教会の高校生で学校の先生になりたいと願って受験勉強をしている一人の男の子がいました。彼がこう言ったんです。「この礼拝に出ている時間もライバルたちは英単語を覚えている。礼拝に出ることに本当に意味があるんですか?」と聞いてきました。「そうだね。でも礼拝に出ることを選ぶというのは、何のための人生なのか、何のために自分が生かされているのか、そのことを見失わないためなんだよ。何のために教師になろうとするのか、それを見失うならば、それは教師になったとしても、生きる目的を語る教師にはなれない。君にはそれを見失わない教師になってほしいんだ。」
忙しいと私たちは目的を見失います。本当になすべきことを見失うのです。神様の持っておられる目的よりも、自分のやりたいこと、叶えて欲しいことに集中しようとします。
イエス様が静かな場所で父なる神様と祈りながら再確認されたこと、それは自分がこの地上に遣わされた理由を確認するためでした。引き留めようとする人たちに「自分のなすべきことは、他の町にも神の国の福音を宣べ伝えることだ」と伝えられたのです。
今日もあなたのなすべきことを神様との時間の中で、体と心を休めながら再確認していただきたいと思います。
(PBA制作「世の光」2022.1.14放送でのお話しより)
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。