♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■神のために生きる/関根弘興

2020年02月07日 | Weblog

2019/11/29放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
    イエス様は、「税金をカイザルに納めることは、律法にかなっていることでしょうか。かなっていないことでしょうか。」(マタイの福音書22章17節 新改訳第三版 )と問われた時、「カイザルのものはカイザルに・・・神のものは神に返しなさい。」(マタイ22章21節、マルコ12:17、ルカ20:25 新改訳第三版 )と言われました。それは私たちがそれぞれの社会の一員としての義務を果たし、生きることの大切さがまず最初に教えられているわけです。
  そしてイエス様は、「神のものは神に返しなさい」と言われました。それは礼拝は神様だけにささげられるということでしたね。また、あなた自身が神様のものであり、あなた自身が自分の人生を大切に生きてゆくことだということも教えられました。そしてあなたには神様の銘が刻まれているのだから、自分に誇りを持って生きて行こう、と考えていったわけです。

 そして今日は、「神のものは神に返す」とは神様のために生きるということでもあるっていうことです。新約聖書第一コリント6章20節というところには、「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。」と書かれています。神様を信頼し生きていくということは神様の栄光をあなた自身が現わしながら生きていくことだ、そしてそれは神のものを神に返す生き方なんだよ、と教えているんです。

 しかしどうでしょう、神の栄光を現わすなんていうことばを聞いてあなたはどう思いますか? 「いやあ私はそんなことはとても無理です」と思ってしまったり、特別に何か立派なことをしたり人に称賛されるような人間にならなければいけないんですか?というふうに思ってしまうかもしれませんねえ。しかしパウロという人はこう書いているんですねえ。新約聖書の第一コリント10章31節
 「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。」 このように書いてあるんです。

 まあ誰でも食べたり飲んだりしますよねえ。それは決して特別なことではありません。私たちが生きていく上で最低限必要なことですね。つまり毎日の平凡な日常生活の中でも神の栄光を現わしながら生きてことができる、と言っているんです。私たちが感謝して食卓につくとき、そこに神の栄光が現わされていくということなんですね。私たちはただ与えられた平凡な日々かもしれませんが、その日その日一日を神様に感謝し、神様にゆだねて生きて行くとき、そこに神の栄光が現わされていくんですね。何だか嬉しいですね。

     (PBA制作「世の光」2019.11.29放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。