♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■女性ジャーナリストの草分け 磯村春子/岩井基雄

2020年02月03日 | Weblog

2019/11/25放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。

 第4月曜日は、歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日は女性ジャーナリストの草分け、磯村春子について学んでみましょう。

 明治10年、小泉家の長女として今の福島県相馬市に生まれた春子は、小学生の頃からキリスト教会に熱心に通っていました。そしてミッション・スクールである今の宮城学院に進学し、16歳の時に罪を認め、キリストを救い主として信じ、洗礼を受けました。卒業後、約3年間母校で教鞭を取りますが、実業家の磯村氏と結婚するため上京。そこで、現在の日本女子大学や津田塾大学でも学びを深めます。28歳で、今の報知新聞社に入社します。日本の女性記者第一号は先に学んだ羽仁(はに) もと子 でしたが、記者として新規採用されたのは春子が初めてでした。彼女にはすでに年子の子供が二人いましたが、ご主人の理解もあり、記者を続けつつさらに六人の子供が与えられたのです。一人は生まれて間もなく亡くなりますが、痛みを抱えつつ春子は記者としての使命を果たしていくのです。

 彼女の初仕事は、得意の英語を生かしイギリスの大使夫人へのインタビューでした。取材の仕方も十分に教えられないまま、横浜に向かった春子は小学生の頃から続けていた神への祈りを通し、すべてを神に委ね、使命を見事に果たしたのです。通訳を介さず、神とともにインタビューができた春子は、その後、西欧からの国賓女性たちの取材にとどまらず、諸外国との接待や交流にも欠かすこともできない存在となっていきました。その背後には、神の前に整えられ続けた人格、キリスト教の文化や思想もわきまえつつ謙遜に接する春子の姿勢がありました。

 この春子の生涯は、以前NHK 朝の連続テレビ小説「はね駒(こんま)」でも紹介されました。病によって41歳の短い人生を駆け抜けた春子でしたが、彼女が残した報道のスピリットや子育てをしつつ精力的に働く姿勢、どんなことがあっても神様に委ねて歩む信仰の歩みは、多くの人々の励ましとなっていったのです。

 聖書のことば
 「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。」 
    ( ペテロの手紙第一 5章7節  )

 (PBA制作「世の光」 2019.11.25放送でのお話より ) 
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