♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■私の魂を贖いだす/福井 誠

2020年02月12日 | Weblog

2019/12/4放送

  世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。

 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがあるものです。今日も聖書を開いてまいりましょう。今日は詩篇49篇15節から「私の魂を贖いだす」と題してメッセージをお伝えいたします。

 「 しかし 神は私のたましいを贖い出し 
    よみの手から 私を奪い返してくださる。」 

 詩篇49篇は詩篇の中でも「知恵の詩篇」と分類されるものですね。それは、「伝道者の書」のように教訓を提供しようとしています。神を信じるものだけにではない、すべての人が耳を傾ける価値ある重要なことを伝えようとしています。詩人は言います。
 「人は死ぬとき 何一つ持って行くことはできず
   その栄誉も その人を追って下ることはない。」(17節)
 何ともクールですねえ。どんなにあの人は勝ち組なんだと思われるような華やかな人生を歩み、出世をたたえられるようなことがあったとしても、人は死ねば犬猫と変わりなく塵と化すだけです。 何一つ自分が手にしたものをあの世に持って行くことはできません。人知れず苦労して積み上げてきたものも、みな泣く泣く後の人に譲っていくのです。そんな現実があると思うと、何とも人生は虚しいものですね。

 そこで詩人が語るもう一つのことばに耳を傾けてみましょう。詩人は言います。
  「 しかし 神は私のたましいを贖い出し 
    よみの手から 私を奪い返してくださる。」 

 聖書は、人間は死んだら塵と化して終わってしまうのではなくて、その先がある。この世をお造りになった神がおられて、その神が死の世界に呑み込まれた私たちを奪い返してくださると。神が私たちのいのちを拾い出し、神のもとに永遠に憩わせてくださるのだというのです。つまり人のいのちはこの地上で終わりなのではなくて、まだ続きがある。聖書は、これを知恵とせよ、と言っているのですねえ。

 となれば、まずその永遠のいのちをもたらしてくださる神を覚える事が今の世にあってはとても大事だということでしょう。地上の成功も大事ですが、単純に塵に帰る死に方で終わらせない神様がおられることを知る。そこに知恵ある生き方があります。 聖書を読み、神に近づく方法を知っていただきたいと思います。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.12.4放送でのお話より )

 ****** 

  さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。 
  
 ****** 
  
 このサイトは URL名として  
 http://yonohikari.biblica.info  
 が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。