乗客・運転士107名が死亡したJR西日本・福知山線列車脱線転覆事故(尼崎事故)で、国土交通省航空・鉄道事故調査委員会(以下委員会)の最終報告書が6月28日に出た。これまでの事故調査報告書は、旧航空事故調査委員会時代も含め、事故原因の技術的分析と、技術論に基づいた今後の事故対策を建議して終わることがほとんどだったから、「国策会社」JR西日本の日勤教育をはじめとする社員への異常なプレッシャーが事故を引き起こしたと断定し、それら企業体質の改善を求めたことは、政府の事故報告書としてはきわめて異例である。しかし同時に今回の報告書は、2006年12月に出された中間報告書から大きく前進するものとはならなかった。
今回の事故は、列車が制限を大幅に上回る速度でカーブに進入したことが原因だが、報告書はブレーキ操作の遅れについて、運転士が車掌と輸送指令員との無線交信に気を取られたこと、運転士が会社に対する言い訳を考えることに必死となり、注意が運転からそれたことが原因であると断定し、「日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社(JR西日本)の運転士管理方法」が原因とした。その上で、(1)非懲罰的な報告制度の整備、(2)列車無線による交信の制限、(3)車両、設備保守の外注化が進む実態をふまえた保守管理業者への法令周知の徹底――を求める「建議」を行った。
このような記述からは、政府がいかにも真摯にこの事故の検証を行ったかのようにみえる。事実、JR西日本に関しては過去に例を見ないほど踏み込んだ検証を行い、同社の企業体質の根本的な転換を求めるなど一定の成果は上がっている。だが、鉄道事業者を監督すべき政府の責任についての検証は結局行われなかった。
今回の事故は決してJR西日本だけの責任で起きたものではなく、規制緩和を進めた政府にも大きな責任がある。その規制緩和の一例として、国鉄分割民営化の際に政府が速度照査型ATS(自動列車停止装置)設置義務規制を撤廃した問題を取り上げよう。
国鉄が1963年の三河島事故(常磐線三河島駅での三重衝突事故)を契機に導入した旧型ATSは、赤信号を無視した場合にのみ警報を出すもので、運転士が確認ボタンを押せば警報鳴動後も赤信号をそのまま通過できるなど重大な欠陥があった。1967年、米軍燃料輸送列車事故(注1)をきっかけに、運輸省(当時)は「自動列車停止装置の設置について」と題した通達(昭和42年鉄運第11号)を出し、新型ATS(速度照査機能、列車強制停止機能付き)の設置を義務付けた。しかし、運輸省はこのとき、新型ATSの義務化を私鉄に限定し、国鉄を対象から除外した。新型ATSの義務化が行われた私鉄では、故障や誤操作を除けば信号無視による事故はほぼゼロとなり、鉄道の安全性は飛躍的に向上した。1987年の国鉄分割民営化によってJRが私鉄になれば当然、この通達の適用を受けるはずであったが、驚くべきことに運輸省は分割民営化にあわせて1967年通達を廃止、新型ATSの整備を終えていなかったJRを事実上“免罪”にしたのである。
その後も、新型ATS未整備が原因と思われる事故はJR及び国鉄赤字線転換第三セクターで何度も発生した。分割民営化翌年の1988年、東中野駅で停車中の普通列車に後続の普通列車が追突して2名が死亡した事故(東中野駅事故)はその典型だし、尼崎事故の2ヶ月前、2005年3月に発生した土佐くろしお鉄道宿毛駅事故(注2)も同様である。これらの事故は、ATSに速度照査機能や列車強制停止機能があれば防止できた。1967年通達廃止後も、これらの事故を通じてJRに新型ATSを義務づけるよう政策を見直す機会は何度もあったが、政府はそれを怠り、尼崎事故に至らしめたのだ。
国鉄分割民営化に伴って、政府が強権的に推進した人減らしもJR各社に引き継がれている。組合差別と締め付けによって多くの職員が希望退職に応じた結果、本州JR3社は定員割れでスタートしたが、その定員割れの状態との比較においてすら3~4割も社員数を減らしているのが現在のJR各社である。とりわけJR西日本で社員数減少幅が最も大きく、会社発足時の4万5千人から2003年度現在で2万6千人へと減っている(2005.5.1付け「神戸新聞」)。こうした急激な人減らしが安全崩壊につながったことは明らかだが、当然ながらこのような民営化政策の是非が委員会で議論された形跡はない。
今回の報告書を通じて明らかになったことは、「政府に設置された事故調査委員会」としての限界である。「4・25ネットワーク」を中心に、遺族・負傷者からも早速この報告書に対する批判が出されている。7月8日、国交省近畿運輸局が実施した報告書の説明会は、遺族らが納得せず7時間に及んだ。政府の意見聴取会(今年2月)で「JR西日本は労使一体となって腐敗の限りを尽くしている」と批判した世話人の浅野弥三一さんは「ATS設置遅れなどが原因とされていない点に納得できない」とし、委員会に質問書を提出する考えを示した(2007.7.8付け神戸新聞)。政府の責任を不問に付している以上当然である。
強権的国鉄解体から20年を経て、民営JR体制はかつてない危機に陥っている。今こそ私たちも遺族と手を携えて、政府・国土交通省の規制緩和・民営化政策を批判し、公共交通を取り戻す闘いを強化していかなければならない。
注1)米軍燃料輸送列車事故 米軍機用ジェット燃料を輸送していた貨物列車が新宿駅構内でATS確認扱い後に赤信号を通過し、別の貨物列車に衝突した事故。
注2)土佐くろしお鉄道宿毛駅事故 高知県・土佐くろしお鉄道宿毛駅で、特急列車が時速約100キロの高速で駅舎に突入、先頭車が大破して運転士が死亡した事故。
(2007/7/21・特急たから)
今回の事故は、列車が制限を大幅に上回る速度でカーブに進入したことが原因だが、報告書はブレーキ操作の遅れについて、運転士が車掌と輸送指令員との無線交信に気を取られたこと、運転士が会社に対する言い訳を考えることに必死となり、注意が運転からそれたことが原因であると断定し、「日勤教育又は懲戒処分等を行うという同社(JR西日本)の運転士管理方法」が原因とした。その上で、(1)非懲罰的な報告制度の整備、(2)列車無線による交信の制限、(3)車両、設備保守の外注化が進む実態をふまえた保守管理業者への法令周知の徹底――を求める「建議」を行った。
このような記述からは、政府がいかにも真摯にこの事故の検証を行ったかのようにみえる。事実、JR西日本に関しては過去に例を見ないほど踏み込んだ検証を行い、同社の企業体質の根本的な転換を求めるなど一定の成果は上がっている。だが、鉄道事業者を監督すべき政府の責任についての検証は結局行われなかった。
今回の事故は決してJR西日本だけの責任で起きたものではなく、規制緩和を進めた政府にも大きな責任がある。その規制緩和の一例として、国鉄分割民営化の際に政府が速度照査型ATS(自動列車停止装置)設置義務規制を撤廃した問題を取り上げよう。
国鉄が1963年の三河島事故(常磐線三河島駅での三重衝突事故)を契機に導入した旧型ATSは、赤信号を無視した場合にのみ警報を出すもので、運転士が確認ボタンを押せば警報鳴動後も赤信号をそのまま通過できるなど重大な欠陥があった。1967年、米軍燃料輸送列車事故(注1)をきっかけに、運輸省(当時)は「自動列車停止装置の設置について」と題した通達(昭和42年鉄運第11号)を出し、新型ATS(速度照査機能、列車強制停止機能付き)の設置を義務付けた。しかし、運輸省はこのとき、新型ATSの義務化を私鉄に限定し、国鉄を対象から除外した。新型ATSの義務化が行われた私鉄では、故障や誤操作を除けば信号無視による事故はほぼゼロとなり、鉄道の安全性は飛躍的に向上した。1987年の国鉄分割民営化によってJRが私鉄になれば当然、この通達の適用を受けるはずであったが、驚くべきことに運輸省は分割民営化にあわせて1967年通達を廃止、新型ATSの整備を終えていなかったJRを事実上“免罪”にしたのである。
その後も、新型ATS未整備が原因と思われる事故はJR及び国鉄赤字線転換第三セクターで何度も発生した。分割民営化翌年の1988年、東中野駅で停車中の普通列車に後続の普通列車が追突して2名が死亡した事故(東中野駅事故)はその典型だし、尼崎事故の2ヶ月前、2005年3月に発生した土佐くろしお鉄道宿毛駅事故(注2)も同様である。これらの事故は、ATSに速度照査機能や列車強制停止機能があれば防止できた。1967年通達廃止後も、これらの事故を通じてJRに新型ATSを義務づけるよう政策を見直す機会は何度もあったが、政府はそれを怠り、尼崎事故に至らしめたのだ。
国鉄分割民営化に伴って、政府が強権的に推進した人減らしもJR各社に引き継がれている。組合差別と締め付けによって多くの職員が希望退職に応じた結果、本州JR3社は定員割れでスタートしたが、その定員割れの状態との比較においてすら3~4割も社員数を減らしているのが現在のJR各社である。とりわけJR西日本で社員数減少幅が最も大きく、会社発足時の4万5千人から2003年度現在で2万6千人へと減っている(2005.5.1付け「神戸新聞」)。こうした急激な人減らしが安全崩壊につながったことは明らかだが、当然ながらこのような民営化政策の是非が委員会で議論された形跡はない。
今回の報告書を通じて明らかになったことは、「政府に設置された事故調査委員会」としての限界である。「4・25ネットワーク」を中心に、遺族・負傷者からも早速この報告書に対する批判が出されている。7月8日、国交省近畿運輸局が実施した報告書の説明会は、遺族らが納得せず7時間に及んだ。政府の意見聴取会(今年2月)で「JR西日本は労使一体となって腐敗の限りを尽くしている」と批判した世話人の浅野弥三一さんは「ATS設置遅れなどが原因とされていない点に納得できない」とし、委員会に質問書を提出する考えを示した(2007.7.8付け神戸新聞)。政府の責任を不問に付している以上当然である。
強権的国鉄解体から20年を経て、民営JR体制はかつてない危機に陥っている。今こそ私たちも遺族と手を携えて、政府・国土交通省の規制緩和・民営化政策を批判し、公共交通を取り戻す闘いを強化していかなければならない。
注1)米軍燃料輸送列車事故 米軍機用ジェット燃料を輸送していた貨物列車が新宿駅構内でATS確認扱い後に赤信号を通過し、別の貨物列車に衝突した事故。
注2)土佐くろしお鉄道宿毛駅事故 高知県・土佐くろしお鉄道宿毛駅で、特急列車が時速約100キロの高速で駅舎に突入、先頭車が大破して運転士が死亡した事故。
(2007/7/21・特急たから)