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安全問題研究会(旧・人生チャレンジ20000km)~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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既存の価値観、逆転へ~「縮小」受け入れ、労働者が尊重される豊かな社会を

2017-01-25 22:23:57 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2017年2月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 先月号の原稿の最後、筆者は「英国のEU離脱やトランプ当選の過程において、インターネットがもたらした「負の役割」についても述べる予定だったが、紙幅以前に筆者の気力が尽きたようだ。これらは新年早々に改めて論じる」と書いた。本号が読者のお手元に届く頃には、正月気分も遠くに過ぎ去っているに違いないが、当然のことながら、歴史の転換点となった2016年の政治的、経済的、社会的影響を離れて2017年を論じることはできない。筆者の力量でどこまで新時代を俯瞰できるかわからないものの、時代の潮流に翻弄されないようにするために、あえて困難にチャレンジしてみたいと思う。

 ●顧客重視から労働者重視へ~「不便」受け入れる世論の変化

 2016年は、あらゆる分野で既存の価値観に逆転または逆転の萌芽が生まれた年だった。筆者は今、トランプ新大統領就任のニュースを横目に見ながらこの原稿を書いているが、このトランプ氏の大統領当選は、英国EU離脱と並んでグローバリズムから反グローバリズム、国際協調主義から自国優先主義への「反転」を示す最も象徴的な出来事である。

 例外的に安定状態にある日本国内に目を向けても、SMAP解散騒動をめぐって、芸能界に絶対的存在として君臨し、誰からのいかなる批判も受け入れなかったジャニーズ事務所が世論の手厳しい批判を浴びるなど、業界勢力図に重大な影響を与えかねない変化の萌芽が現れた年だった。だが、日本国内で最も大きな逆転は、なんといっても電通の若き女性労働者、高橋まつりさんの痛ましい過労自殺をきっかけに、「顧客重視」から「労働者重視」へ世論の潮流が転換したことだろう。

 小泉構造改革から郵政民営化の嵐が吹き荒れた2000年代は新自由主義の時代であった。便利であることが絶対の価値とされ、顧客第一のサービスを疑う者には容赦なく抵抗勢力のレッテルが貼られた。「俺はカネを払っているんだ。今すぐ対応しろ」とシャッターを蹴飛ばす客がいれば、たとえ深夜2時でも店を開けて対応しなければならないかのような、極端な「便利さ第一」「顧客サービス第一」の風潮が日本中を覆っていた。

 高橋さんの死をきっかけに、特にネット世論は大きく変化した。大手百貨店の「元日休業化」が報道されると、「正月くらい従業員は休むべき」「正月も休みなく働くのでは、何のためのおせち料理なんだよ」「リフレッシュもしないで客に笑顔なんて見せられるわけがない」など、10年前がウソのように、圧倒的な支持が寄せられたのだ。

 ネット世論だけではない。大手百貨店、三越伊勢丹HD(ホールディングス)が2018年から正月3が日の休業を検討していることが報道されたときのことだ。新年1月4日の東京MXテレビ『モーニングCROSS』が番組時間中に行った「小売業界が三が日に休むことに対して賛成か反対か」を問う視聴者アンケートで「賛成」の2133ポイントに対して、反対は333ポイント。回答者の実に86.5%までが三越伊勢丹HDを支持するという結果となった。5年前、いや1年前ですら考えられなかった劇的な意識の変化だ。

 インターネット通販の拡大によって右肩上がりで取扱量が増え、ドライバーの疲弊が極限に達している宅配業界に関しても同じような世論の潮流の変化が見られる。ネット世論から特にやり玉に挙げられているのが、宅配取扱量の2割を占める通販大手アマゾン社、そして同じく宅配業者の業務量の2割を占めるとされる「不在再配達」だ。「アマゾンは自社で流通網を作るべき」「再配達時間帯を自分で指定しておきながら、再び不在にするような迷惑顧客は営業所まで自分で荷物を受け取りに出向くか、別料金を払え」「客だからといって、何でも許されると思うな」など、ネット世論は10年前とは逆方向で次第に過激化しつつある。そのネット世論の「逆振れ」は好ましい方向への変化ではあるものの、あまりに急激かつ極端すぎ、見ていて怖くなるほどだ。

 2割もの荷物が不在再配達になっている背景に、共働き化によって深夜まで誰もいない家庭が増えていることが指摘されている。みんなが忙しく深夜まで働かされることが、次から次へと長時間労働の連鎖を引き起こしている。

 一方、外食産業では営業時間縮小の方向性がはっきりし始めている。大手ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」が現在、唯一24時間営業をしている府中東店(東京都府中市)の営業時間短縮に1月末で踏み切る。これにより「ロイヤルホスト」の24時間営業店はなくなる。「ガスト」「ジョナサン」などのチェーン店を持つすかいらーくも昨年12月、987店舗のうち約8割に相当する750店舗で深夜営業を見直し、310店舗の深夜営業を廃止することを発表している。

 深夜営業縮小の背景には深夜帯における利用客の減少と人手不足の両面がある。深夜帯の利用客はかつてより減っており、人件費などのコストを考えると明らかに割に合わなくなった。深夜帯の営業を支える学生などのアルバイト要員も、若者の減少で次第に集まらなくなってきている。客も来なければ働き手もいない。まさに八方ふさがりで、深夜は店を閉める以外の選択肢がなくなったのである。

 確かに筆者の周囲で見ても、以前より飲み会は確実に減った。たまに参加する集会・デモでも、10年くらい前までは終了後、誰かが飲みに行こうと言い出したものだが、最近はそのまま解散することがほとんどになっている。高齢化で飲み会をするだけの体力・気力がなくなってきているのか、貧困が進行して飲み会をする経済的余裕がなくなってきているのか。そうした理由が複合的に組み合わさった結果の飲み会減少のように思える。

 もちろん、このような逆転の背景には労働力人口の減少という日本社会の構造的変化がある。人口ピラミッドが逆転した日本では、人口は高齢者ほど多く、若者ほど少ない。建設業、飲食・外食業、小売業、運送業のような、体力勝負で若者向きの業種から人手不足が深刻化しているのはこのためである。

 いずれにしても、「労働者をいたわり、適切な労働環境を提供するために、社会が一定程度、便利さを捨て、不便を許容すべきだ」という意見が、高橋さんの死をきっかけに一気にコンセンサスとなりつつある。要するに、今までの新自由主義的「働き過ぎ社会」の歯車を、一気に逆回転に持っていく絶好のチャンスが到来しているのである。

 それならばいっそ、日曜日(宅配業界は日曜以外の特定の曜日)を「安息日」にしてみんなが一斉に休業してはどうか。どこに行っても開いている商店も娯楽施設もなければ、みんなが1日中家にいるようになるから、宅配の配達時間の指定をする必要がそもそもなくなる。不在再配達がなくなれば、宅配便業者も業務量が減り、今までより休めるようになる。宅配が減ることでインターネット通販が今より不便になれば、実店舗で買い物をしようとする人が増え、雇用創出につながる(しかもそれは日曜日に休日が約束された良質の雇用となる)。

 ヨーロッパでは、施設や設備のメンテナンス業者でさえ週末は休むのが当たり前だという。ある日本人駐在員が、現地で手配された住宅で時々、水道からの水漏れがするので、業者のサービスマンに電話をしたが「うちも週末は休みですからね」と言われた。「週末に水漏れが起きたときはどうしたらいいのか」と駐在員が尋ねると、サービスマンから「元栓を閉めておけばいい」と言われたという。東京五輪誘致に尽力した特定有名人を批判するつもりはないが、日本人がいつまでも「お・も・て・な・し」をありがたがっているようではとても長時間労働などなくならないだろう。
そのようにしてみんなが少しずついたわり合い、不便を許容し合う社会は、世間で思われているほど悪いものではない。

 ●深夜営業縮小の思わぬメリット

 日本独特の過剰なサービスである「深夜営業」を縮小することには、実は長時間労働の是正以外にも思わぬメリットがある。脱原発に大きく近づくことができるのだ。だが、深夜営業縮小がどうして脱原発につながるのか。「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じで、なかなかその関係にピンとこない読者諸氏も多いだろう。

 福島第1原発事故が起きるまで、日本は総発電量の3分の1を原発に依存していた。事故後、原発がほとんど稼働していないにもかかわらず、日本のどこでも電力不足による停電が起きていないことはご存じの通りだが、事故前の「3分の1原発依存」も、深夜営業の企業に支えられた虚構の上に成り立っていたのである。

 そもそも、火力、水力など他の電源と異なり、原発は出力調整ができない。かつて、臨界運転中の原発で出力調整ができないか、無謀な実験が行われたことがあるが、その結果は人類最大の悲劇といわれるチェルノブイリ原発事故だった。原発で出力調整をしてはならないという不文律を変えることはできないと、悲劇的な事故で人類は学んだ。

 出力調整ができない原発は、100%フル出力で運転するか、完全に停止させてしまうかの二者択一しかない。このため、冷暖房の不要な春や秋の深夜、電力需要が最も少なくなる時期に合わせて原発の発電量を決定し、冷暖房の必要な夏冬や昼間などに電力需要が大きくなれば、その超過部分を他の電源でカバーするというのが電力会社の手法だった。電力会社は、この虚構を維持するために、昼夜で別々の料金体系とし、電力需要の減る夜間の電力料単価を低く設定。「夜間に電力を使うとお安くなりますので、ぜひ工場や商店を夜間に稼働して電力を使ってください」と企業にセールスをかけることで、「電力会社にとっては」最も安い原発の電力を使わせてきたのである。

 原発をベースロード電源だとする経産省の宣伝にだまされてはならない。「ベースロード電源」としての原発は、しょせんはこの程度の虚構の上でしか成立し得ないのである(ちなみに、電力自由化で参入した「新電力」に昼夜別々の料金体系を取っているところが少ないのは、新電力には原発がないからである。原発以外の電源では需要に合わせて出力調整をすればよいため、料金体系を変えてまで無理に夜間需要を創出するような本末転倒なことはそもそも必要ないのだ)。

 外食産業を中心に、深夜営業をする店が減って行けば、夜間の電力需要も減る。夜間の電力は次第に余ってくるが、その大半を発電している原発は出力調整ができないため、電力が余れば余るほど、原発を使うことは難しくなる(ほとんどの原発が停止している日本では、再稼働を必要とする原発が次第に少なくなっていく)。捨て場所のない核のゴミのため、日本の原発は再稼働が強行されてもあと10年ほどで停止する運命にあるが、無駄な電力の浪費だった深夜営業の取りやめを通じて、その動きをさらに進め、脱原発に近づくことができるのである。

 このように考えてみると、1年中、朝から晩まで、盆も正月も宅配便を受け取る時間もないほど働き続けてきたのは何だったのだろうと改めて思う。安倍政権が進めるまやかしの「働き方改革」でなく、真に労働者の視点に立った、無理・無駄・ムラのない営業時間、労働時間短縮のための対策を行うならば、これまでとまったく違う新たな社会の姿が見えてくる。少なくとも今までよりいい社会であることは疑いがない。

 (筆者より:先月号で「英国のEU離脱やトランプ当選の過程において、インターネットがもたらした「負の役割」についても述べる予定だったが、紙幅以前に筆者の気力が尽きたようだ。これらは新年早々に改めて論じる」と予告した国際社会の潮流変化については、紙幅と筆者の気力が尽き、今号でも論じることができなかった。来月号こそこの問題を取り上げられるようにしたいと考えている。)

(黒鉄好・2017年1月22日)

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【訃報】チェコスロバキア体操選手・チャスラフスカさん死去

2016-09-01 22:34:46 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
チャスラフスカさん死去=「体操の名花」、金7個―74歳(時事)

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 【ロンドン時事】1964年東京、68年メキシコ五輪の体操女子で計7個の金メダルを獲得したベラ・チャスラフスカさんが死去したことが31日、分かった。74歳。膵臓(すいぞう)がんを患って長く闘病し、チェコ・オリンピック委員会によると、30日に出身地プラハの病院で亡くなった。

 チェコスロバキア(当時)代表として東京五輪では個人総合、平均台、跳馬で金メダル。メキシコ五輪では個人総合連覇を果たし、跳馬と段違い平行棒、ゆかでも優勝。その優美な演技は日本でも人気があり、「五輪の名花」「体操の名花」と称賛された。

 女子の体操が技の難度を競うようになる前、美しさで観客を魅了した時代を象徴する選手だった。

 68年に民主化運動「プラハの春」を支持し、メキシコ五輪後も反体制の姿勢を崩さなかったため、政府の監視下に置かれて不遇な時期も過ごした。89年の共産党政権崩壊後はチェコ・オリンピック委員会会長などを務め、同国のスポーツ発展に尽力した。 
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旧チェコスロバキアの体操選手で、1964年東京五輪の体操競技で金メダルを獲得したベラ・チャスラフスカさんがチェコの首都プラハの病院で死去した。経歴は時事通信の記事にあるとおりで、「東京の恋人」と呼ばれたことでも知られる。

ところで、当ブログとしては、チャスラフスカさんと、旧チェコスロバキアの民主化運動「プラハの春」との関わりについて、メディアと違った視点で、やや詳しく触れておきたい。

「プラハの春」とは、チェコスロバキアで1968年に起きた民主化要求運動である。当時はチェコスロバキア共産党による一党独裁の社会主義体制。アントニー・ノヴォトニー共産党第1書記による硬直した政権運営が続いていた。だが、政治・経済の改革の必要性を痛感していたアレクサンドル・ドプチェク党書記がノヴォトニーを追い落とし、みずから共産党第1書記に就任。党・政府・国民一体となった民主化改革が始まる。

この民主化改革のスローガンは「人間の顔をした社会主義」という刺激的なもので、そこには、それまでの自分たちの社会主義体制が「人間の顔をしていなかった」ことへの反省の意味が込められていたことは言うまでもない。

やがて、「プラハの春」の嵐の中で、知識人らがチェコスロバキア共産党指導部の腐敗・変質を告発する、有名な「二千語宣言」を発表する。その内容は次のようなものであった。

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 初めのうち、人々の大きな信頼を享受した共産党は、次第にその信頼を捨てて、代わりに役職を手に入れ、ついにすべての役職を手中に収めて、それ以外は、何も、もはや持たなくなった。指導部の誤った路線のために、党は政党から、そしてイデオロギーによって貫かれた同盟から権力機構へと変化し、それは、出世欲の強い利己主義者、嫉妬深い卑怯者、恥知らずの人々にとってこの上ない魅力となった。

 多くの労働者が、自分たちが支配していると考えている間に、特別に育成された党及び国家機構の職員の階層が労働者の名において支配していた。彼らは、打倒された階級〔当ブログ管理人注=資本家階級〕に事実上取って代わり、みずから新しい権力となった。もちろん、公平に言っておくが、彼らの中の多くの人々はこのことに気がついていた。しかし、党職員の大部分は改革に反対しており、依然として幅をきかせているのだ!
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この「二千語宣言」は、人々を資本主義による苦しみから「解放」したはずだった共産党が、社会主義の仮面をかぶった官僚(ノーメンクラトゥーラ)たちに乗っ取られ、次第に「労働者階級の党」ではなくなっていく様子を見事に批判、告発している。チャスラフスカさんは、この宣言に「署名」し、その後も「宣言」支持を撤回しなかったため、社会主義体制が崩壊するまでの間、「反体制知識人」として不遇の時代を過ごしたのである。

「プラハの春」のその後について述べておくと、結果として、ソ連はこの改革を認めなかった。レオニード・ブレジネフ・ソ連共産党書記長は「ブレジネフ・ドクトリン」を根拠に、当時、ソ連と東ヨーロッパの社会主義国家によって構成されていた「ワルシャワ条約機構」軍をチェコスロバキアに送り込み、ドプチェク第1書記を拘束。モスクワに「連行」し、改革をあきらめるよう迫ったのである。

ドプチェクは、改革路線を放棄することを条件に、党第1書記留任をソ連に認められたが、この「事件」ですっかりやる気を失い、数年後、第1書記を辞任する。プラハの春がもろくも散った瞬間だった。

ソ連がこのときワルシャワ条約機構軍派遣の根拠にした「ブレジネフ・ドクトリン」とは、「社会主義共同体の利益は社会主義各国個別の利益に優先すべきである」とするものだ。難しい表現だが、平たく言えば「東ヨーロッパの社会主義国家はおとなしくソ連の言うことを聞け」という意味だった。

それから半世紀近く経ち、東ヨーロッパの社会主義国家群も、いやそれどころか「本家本元」のソ連さえ地図から消えてしまった現在--歴史の後知恵と言われればそれまでだが--、ドプチェクが始めた改革と、チャスラフスカが署名した二千語宣言が正しかったかどうかについて、私たちは容易に答えを出すことができる。あのとき、ワルシャワ条約機構軍を送る決定をしたソ連自身が、1985年に登場したミハイル・ゴルバチョフにより「ペレストロイカ」(ロシア語で刷新を意味する改革)を始めたことを考えると、完全に正しかったのである。

歴史に「もし」は許されないが、もし「人間の顔をした社会主義」への改革の試みが成功していたら、その後の世界はまったく違ったものになったであろう。真の意味での民主主義(※)を獲得した社会主義は、ろくでもない人物しか立候補も当選もできない西側的「自由」選挙と資本主義を乗り越え、人類の理想に一歩も二歩も近づくことができたはずである。この改革を否定し、プラハの春をソ連が戦車で押しつぶしたとき、社会主義の敗北は決まったのである。

(※)ここで言う「真の意味での民主主義」とは、資本家階級を排除し、労働者階級だけに立候補資格を制限しつつ、共産党・労働者党員以外にも幅広く立候補を認める複数選挙制である。中国共産党による「革命」直後のごく短期間、中国で実際に採用されていたことがある。概念としては「人民民主主義」に近い。

ちなみに--間違いである場合は指摘していただきたいが--、独裁体制の国で、多くの市民を巻き込む大規模な民主化運動が起きたとき、それが起きた場所の地名を冠して「○○の春」という呼び方がされたのは、当ブログの知る限り、このプラハの春が歴史上最初と思われる。その後、2010年~2011年にかけての「アラブの春」など、この表現は民主化運動を表すものとしてすっかり定着したが、一方、「○○の春」と呼ばれた民主化運動で、その後、本当に春が訪れたケースはほとんどないということも、当ブログとしては忘れずに指摘しておかなければならない。

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「名は体を表す」と言うが・・・「民主」の名の下に

2016-03-24 21:55:39 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2016年4月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 合流を決めた民主党・維新の党が、2016年3月3~6日の4日間、新党名の募集を行った。自分たちの党名も自分たちで決められない政党に未来なんてあるわけもないし、政権を託したくもないという声も聞こえるが、「名は体を表す」の例え通り、名前とは案外重要なものである。

 結果的に、合流後の新党の名称は、「民主」の名の入った名称を引き継ぐよう求めていた民主党関係者の思いと裏腹に、維新の党側が主張していた「民進党」に決定。新党の名称に関しては「小が大を呑む」形になった。だが筆者はこれでよかったと思っている。「民主」の名前のあまりの評判の悪さを考えると、その名は外して一から出直すべきだろう。

 「民主」の名を外すことで、自分たちの党が民主主義を放棄したかのように受け止められないか心配する関係者がもしいたら、そんな心配は無用だと思う。そもそも、西側先進資本主義国の集まりであるサミット(先進国首脳会議)参加7か国の正式国名を見てみると、日本国/アメリカ合衆国/グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国/フランス共和国/イタリア共和国/ドイツ連邦共和国/カナダ――であり、「民主」と入った国名は1つもない。

 一方、社会主義体制だった旧東ドイツの正式国名「ドイツ民主共和国」や「朝鮮民主主義人民共和国」のように、どう見ても民主主義と無縁の国、民主主義のかけらも存在しない国ほど「民主」と入った国名が多い。あの悪名高いクメール・ルージュ(いわゆる「ポル・ポト派」)支配時代のカンボジアの正式国名も「民主カンボジア国」だった(現地語表記で「民主カンプチア国」としているものもある)。民主主義の実態がある国ではわざわざ「形」にこだわる必要がなく、逆に民主主義の実態がない国ほど「形」を求めるのだということがよくわかるエピソードだ。

 ドイツ「民主」共和国、朝鮮「民主」主義人民共和国、「民主」カンボジア国でいったいどれだけ多くの人が逮捕され、拷問され、そして殺されたのだろうか。筆者の手元には唯一、カンボジアでクメール・ルージュ政権時代のわずか3年8ヶ月の間に、約152万人(推計)が殺されたとするデータがあるのみである。クメール・ルージュ政権崩壊後に、ベトナムの後押しで成立したプノンペン政権(当時の日本メディアではヘン・サムリン政権と呼ばれることが多かった)が発表したカンボジアの推計人口は約835万人だったから、「民主」カンボジアの名の下に、国民の約5.5人に1人が殺されたことになる(注)。

 新党の党名から「民主」の文字が外れたことで、「民主」の名前の入った政党は55年体制を支えた自民・社民両党だけとなった。とはいえ社民党は、日本社会党からの党名変更で現在の名前になったのだから、結党から一貫して「民主」の名前を入れ続けているのは今や自民だけだということになる。党内で自由な議論も許さず、少しでも安倍政権を批判するメディアに対しては、やれBPO送りだ停波だと脅しまくる政党が、結党以来一貫して「民主」を使い続ける唯一の党とは、何の悪い冗談かと思ってしまう。騙され続けてきた有権者も、これでようやく自由「民主」党の名前のまやかしに気付くかもしれない。

 ドイツ「民主」共和国も「民主」カンボジア国も、その後、世界地図から消えた。朝鮮「民主」主義人民共和国も、このままでは遠からず地図から消えるだろう。一方、そんな諸外国とは裏腹に、安倍1強時代となり、我が世の春を謳歌しているように見える自由「民主」党だがこちらは今後、どうなるだろうか。

 元外務省主任分析官で、鈴木宗男元衆院議員の盟友でもあった佐藤優氏が興味深い証言をしている。彼は、ゴルバチョフによるペレストロイカが始まって2年ほど経った1988年のソ連滞在当時、モスクワの至る所で「この道しかない」のスローガンが掲げられているのを見たというのだ。



 思えば、2度の国政選挙に勝利して「1強」を実現した安倍自民の選挙スローガンも「この道しかない」だった。アベノミクスとペレストロイカ、政策こそ違っているが、国家の最高指導者、トップが「この道しかない」とうそぶくようでは末期症状だと思う。実際、ソ連もその後世界地図から消え、ゴルバチョフは最後の指導者となった。そうした歴史を考えるなら、安倍自民もどうやらそう長くなさそうだ。

 中国の作家・魯迅の小説「故郷」の「もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」という有名な一節をご存じの方は多いだろう。みずからの国家や組織の名称に、頼まれもしないのに自分から「民主」の文字を冠するような連中に、ろくな奴はいないと私は思う。そんな連中が自分勝手に押しつけてくる、まやかしの「民主」主義など拒否して、私たちは今こそ別の道を歩こう。平和、人権、環境、まやかしではない真の民主主義のための新しい道を。いつまでもそのための道が細く頼りないように見えるのは、魯迅の言葉を借りるなら、歩く人が少なすぎるからだ。ひとりでも多くの人が、安倍自民と別の道を歩むなら、「この道しかない」に終止符を打つことができる。

 いよいよ4月からは電力自由化によって、これまで一般家庭では選べなかった電力会社も選べるようになる。政治の世界だけ、いつまでも「自民しか選べない」でよいわけがない。私たちの未来は、「“この道しかない”ではない、別の道」「安倍自民ではない、別の選択肢」が登場できるかどうかにかかっている。次期参院選のスローガンは、案外、「選ばせろ!」がふさわしいのではないかと、私はひそかに思っている。

注)クメール・ルージュ時代のカンボジアでの死者については、かなり古いが「ポル・ポト派とは?」(小倉貞男・著、岩波ブックレットNo.284、1993年)の記述を参考にしている。プノンペン政権の1989年の発表によれば、カンボジアの総人口は1975年現在で835万人、クメール・ルージュ時代の死者数は総人口の26.81%であったことを明らかにした上で、死者を224万人と推計。そのうち病死32%、殺されたもの68%との記述がある。本稿ではこれを基に、224万人のうち68%に当たる152万人を虐殺の犠牲者とした。

(黒鉄好・2016年3月19日)

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【訃報】ドイツを代表する指揮者、クルト・マズアさん死去

2015-12-20 18:00:46 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
ドイツを代表する指揮者、クルト・マズアさん死去(朝日)

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 ドイツを代表する指揮者で、日本でも人気の高いクルト・マズアさんが19日、自宅のある米国で死去した。88歳だった。日本にいる家族に連絡が入った。妻は声楽家のマズア偕子(ともこ)さん。

 ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団やライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団など、ドイツの名門楽団で要職を歴任。ブルックナーやブラームスなどで、重厚さとぬくもりを感じさせる名演を数多く率いた。1991年からニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者やフランス国立管弦楽団の音楽監督も務めた。

 社会的活動にも積極的で、東西ドイツ対立の平和的解決を目指して奔走。ベルリンの壁崩壊後も「東ドイツ子供基金」を創設したほか、日本にも支部がある「フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ基金」名誉会長を務めた。
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ドイツを代表する指揮者クルト・マズアさんが死去した。日本でも有名とのことだが、クラシック界に造詣の深くない私は妻が日本人であることも含め、知らなかった。ただ、この人物に関しては、歴史上、どうしても記しておきたいことがある。

旧東ドイツで、ベルリンの壁が崩壊する直前の1989年10月、社会主義統一党(共産党、現在のドイツ左翼党)による一党独裁体制の下で、長く独裁体制を敷いてきたエーリッヒ・ホーネッカー国家評議会議長兼社会主義統一党書記長に対し、東ドイツ第2の都市ライプチヒでの民主化要求デモが7万人規模にふくれあがり、デモ隊と軍・警官隊が衝突直前にまで至った。この際、地元、ライプチヒの党委員会書記らとともに、ホーネッカーらベルリンの党中央委員会とデモ隊の橋渡し役となって7万人デモを成功に導き、その後のホーネッカー失脚とベルリンの壁崩壊につなげた立役者のひとりが、国立ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者のマズアであったことはよく知られている。

なお、マズアが残した功績については、当ブログ2012年7月8日付け記事「官邸前金曜行動が進めた新しい社会への偉大な一歩」を参照いただきたい。

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SYRIZA、コービン、サンダース…政治の表舞台に復活する左派 日本でも「受け皿」作りを急げ!

2015-10-26 22:12:18 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
(当エントリは、当ブログ管理人が月刊誌「地域と労働運動」2015年11月号に発表した原稿をそのまま掲載しています。)

 ●世界的な左派の上昇

 欧米諸国に再び左派の時代が到来しつつあるようだ。EU(欧州連合)から突きつけられた緊縮財政政策の是非をめぐって9月に行われたギリシャ総選挙で、チプラス首相率いる急進左派連合(SYRIZA)が得票率約35%で議席数を減らしたものの、第1党の座を維持。選挙前と同じ右派政党、独立ギリシャ人との「反緊縮左右連合」で政権も維持した。英国でも、9月に行われた労働党首選で、鉄道や電力の再国有化を唱える最左派、ジェレミー・コービン下院議員が勝利。コービン氏といえば、反戦団体・ストップ戦争連合主催のイラク反戦集会でたびたびスピーチをしたことで知られる。2004年、インド・ムンバイ(旧ボンベイ)で開催された世界社会フォーラムには英国代表として参加。英国史上最大のイラク反戦運動について報告を行った。コービン氏は、みずからも所属する労働党・ブレア政権下で英国が「有志連合」として参加することになったイラク侵略戦争を厳しく批判し、注目を浴びた。

 来年の大統領選挙目指して共和、民主両党の予備選挙が行われている米国でも、民主党で最左派のバーニー・サンダース上院議員が、本命視されていたヒラリー・クリントン国務長官をリードし優位に立っている。厳しい緊縮財政政策の押しつけに対する「反乱」としてギリシャで始まった左傾化の波は、スペイン、英国を経て、ついに米国にも押し寄せようとしている。

 在英ジャーナリストの小林恭子さんは、コービン氏が労働党首となった直後、9月12日付の自身のブログ記事で、その背景を次のように指摘する。

『コービン氏は1980年代から下院議員だが、どうみてもニュー・レイバーではない。閣僚になったこともない。いまさら、鉄道を国有化なんて、非現実的にも思える。……(中略)……しかし、2010年発足の連立政権、今年5月からの保守党政権による財政緊縮策に飽き飽きしている人が国民の中には多数存在している。福祉手当や公共予算が削減されて、困っている人々がいる。コービン氏の選出は、そんな国民の思いを反映しているようだ。

 今のところ、「コービン氏が党首では選挙に負ける」という論客がほとんどだ。私自身、「この人、首相になれそう」・・とはなんとなく、思えない。しかし、「(公共予算)削減のスピードをもっと緩慢にしてほしい」「弱い人を助けて」・・・そんな普通の生活感覚を持つ層がいて、いささか古臭いように見えても、または非現実的に見えても、昔からの「労働者擁護」を打ち出す政策を実行しようとする政治家=コービン氏=を見て、「労働党も悪くないかもしれない」と考える、若い人が結構いるのではないか。1970年代、80年代、あるいは90年代の労働党を知らない若い層、ブレア政権でさえも何をやったかを覚えていない層にとっては、コービン氏は逆に新鮮に見えるに違いない』。

 筆者は、この小林さんの指摘におおむね同意するとともに(鉄道や電力の再国有化が非現実的とは思わないので、その点は同意できない)、ついに時代の時計の針がぐるりと1周したのだと実感する。東西冷戦とベルリンの壁崩壊、そしてソ連解体と続く激動によって「社会主義が敗北した」との資本主義陣営の大宣伝が行われる中、じっと息を潜めてきた左派・左翼が、世界を吹き荒れ続けてきた強欲資本主義とグローバリズムの結果、普通の生活すら営めない貧困層の大量登場、多国籍大企業のために流された大量の血という事態を受けて、再び国際政治の表舞台に登場してきたと見るべきだろう。

 とはいえ、こうした時代の変化を、世界の市民・労働者はただで手に入れたのではない。ウォール街を占拠したあのオキュパイ運動をはじめとする市民・労働者の闘いがこの時代の変化をもたらしたことはもちろんである。この流れを確かなものにし、世界中に広げることができるならば、21世紀はこれまで私たちが描いていたほど悲観的ではないのではないか。

 ●日本でも受け皿作りを

 ギリシャにおけるSYRIZAの台頭、英国労働党におけるニューレイバー(第3極、反左翼的「中道路線」)の否定と左派躍進は、市民・労働者の闘いを通じて下から沸き上がってきた貧困層、社会的弱者のための政治的受け皿作りの要求に応える政治サイドのひとつの動きである。それがSYRIZAのような新勢力として現れるか、英国労働党や米国民主党のような旧勢力復活の形を取るかは、新勢力が登場しやすい選挙制度、政治体制になっているかに大きく左右される。二大政党制という新勢力の登場しにくい選挙制度が採用されている米英両国では、旧勢力の復活という形にならざるを得なかったのだと考えられる(もっとも、最近では英国を二大政党制に含めない見解が、政治学者の間では主流になりつつあることも指摘しておく)。

 翻って日本ではどうか。1960年安保闘争、1970年安保闘争と比較する形で「2015年安保」闘争と形容されるほどに成長した戦争法(安保法制)反対、安倍政権打倒の闘いが、やはり欧米諸国と同様、政治サイドに対する受け皿作りに向けた圧力に発展しつつある。日本共産党が「戦争法廃止のための国民連合政府」樹立を呼びかけた背景には、こうした事情があることを指摘する必要がある。

 ワイマール期のドイツでは、国民が中道勢力を見殺しにした結果、ナチスか共産党かの二者択一を迫られ、ナチスの政権奪取から第二次世界大戦につながっていった。その経過については、筆者がすでに本誌第174号(2015年4月号)で指摘しているのでここでは繰り返さないが、日本が安倍政権の下で同じ道を歩まないためには「どこに投票したらいいかわからない」として、もう何十年もの間、投票所から遠ざかっているリベラル勢力を投票所に呼び戻すための受け皿作りが急務である。

 さしあたり、日本でどのような受け皿が可能であろうか。筆者にも明快な答えは見いだせない(というより、簡単に明快な答えが出せるようなら、ここまでの少数野党乱立状態には陥っていないであろう)が、この間の戦争法反対運動を組織してきた「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」や、反原発運動の軸となった「さようなら原発1000万人アクション」を軸に、民主党内の旧社会党系勢力を結集した「平和・人権・民主主義・リベラル・競争より協働と再分配」の新しい政党を結成、これを自民党への対抗軸に育てていく必要があるだろう。

 欧米諸国から吹いてきた新しい風を日本でも100年に一度の政治変革の好機と捉え、大胆に行動することが、今求められている。

<参考資料>
英労働党党首選 左派コービン氏の勝利で新たな政治勢力が生まれるか?(在英ジャーナリスト、小林恭子さんのブログ)

(黒鉄好・2015年10月25日)

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<緊急寄稿>金正日総書記の死去報道を読み解く

2011-12-20 22:13:47 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
(本エントリは、当ブログ管理人が「レイバーネット日本」用に執筆した原稿をそのまま掲載しています。)

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 金正日・朝鮮労働党総書記の死去の報が流れた。だが私はこのニュースを聞いても全く驚かなかった。

 12月13日に朝鮮中央テレビ女性アナウンサー、リ・チュンヒ(李春姫)氏が50日以上ニュース番組に出演していない、という報道が日本のバラエティ番組で面白おかしく取り上げられているのをご記憶の方も多いと思う。民族衣装を身にまとい、激しい抑揚で北朝鮮政府の公式見解を内外に向けて発表するあの女性アナウンサーである。いつの頃からか、日本のテレビでもすっかりおなじみになった。

 私は、このニュースを見た直後、半分冗談、半分本気で連れ合いにこう言った。「こんな恐いことを憶測でネットなんかに書けないけど、金総書記死去なんてニュースがそのうち年内か年明けくらいに流れるかもしれないよ」と。

 ●明らかな「予兆」

 予兆はあった。11月末頃、なんとなくネット動画投稿サイト「ユーチューブ」を見ていた私は、あるひとつの動画にたどり着いた。それを見た私は衝撃を禁じ得なかった。今年秋、平壌で行われた北朝鮮のある公式行事で、壇上にいる金総書記の衰弱ぶりが尋常ではなかったからだ(何の行事か覚えていない上、そのネット動画も今うまく探せないが、時期から判断して9月9日の建国記念日か、10月10日の朝鮮労働党創建記念日のどちらかだと思う)。

 その際の金総書記は、お年寄りが階段を上るときのように手すりにつかまりながら登壇し、虚ろな表情で拍手をしながら、終了後も手すりにつかまりながら退場した。金総書記が倒れないよう、すぐ後ろに立ち、不安な表情で見守る朝鮮人民軍幹部の姿も映し出されていた。金総書記が手すりにつかまりながらでなければ通常歩行すらできないという事実は、私に「これはもう長くないかもしれない」と思わせるに充分だった。

 その上、冒頭で紹介したリ・チュンヒ氏の50日以上にわたる不在。これが私の「直感」を増幅させた。

 ●リ・チュンヒ氏の不在が意味するもの

 リ・チュンヒ氏が10月中旬から50日以上にわたって北朝鮮のニュース番組に登場していない――この事実に日本で最初に気付いて国内メディア向けに配信したのは財団法人「ラヂオプレス」だ。この団体は、もともと1941年に外務省が設置した「ラヂオ室」が前身で、戦後は財団法人として外務省から切り離された。主として情報統制の厳しかった共産圏のラジオ放送を傍受し、その記事を翻訳・解説して日本国内のメディアに流す通信社である。若い人にとっては初めて聞く名称かもしれないが、ソ連・東欧の社会主義体制が崩壊するまで、閉ざされた共産圏の情報を日本に配信できるほとんど唯一の通信社として独特の存在感を発揮していた。

 国内メディアはせっかくこんな貴重な情報の提供を受けたのに、日本の女子アナのスキャンダルを報じるような感覚の下にバラエティ番組で面白おかしく取り上げるだけに終わった。東西冷戦が激しかった1960~80年代には、「ソ連のラジオでニュース番組が突然放送されなくなり、代わりにクラシック音楽が流され始めた」という情報から「党書記長死去」を読み解くなど、ラヂオプレスが流す情報から言外に含めたメッセージを理解していた日本のメディアも、すっかり情報分析力が退化し、今回、ラヂオプレスが言外に含めたメッセージの解読すらできなかったようだ。

 北朝鮮のアナウンサーは「放送員」と呼ばれ、役職が上のほうから順に「人民放送員」「功労放送員」「放送員」の3種がある。「放送員」は事実上のヒラ放送員である。政府の重要方針、最高指導者の動静、重要な国家的行事の生中継といったトップクラスの放送は人民放送員が担当する。人民放送員の多くは朝鮮労働党員である。これに次いで重要な放送は功労放送員が担当し、それ以外の一般ニュースは放送員の担当である。1994年に金日成主席が死去したとき、その放送を行ったリ・サンビョク氏も人民放送員だった。リ・サンビョク氏はその後死去しており、現在はリ・チュンヒ氏が事実上トップ放送員だというのが北朝鮮ウォッチャーの間での一致した観測だった。今回、金総書記の死去をリ・チュンヒ氏が担当したことは、この観測を裏付けるものだ。

 極端な言い方をすれば、北朝鮮では「ニュースの重要度は内容ではなく、誰がそれを読むかによって決まる」といえる。メディアは単なる政府の宣伝機関に過ぎないのだから、こうなることは当然の帰結である。人民放送員が担当する放送は、北朝鮮国民ならよくそれを聞いて政府の方針を理解しなさい、ということである。

 その意味で北朝鮮のメディアは「いつものニュースキャスターが休暇を取っていれば代わりに別のキャスターが読めばいい」という日本のメディアとは根本的に違う。日本のメディアがこうしたスタイルを取るのは、「ニュースの重要度は内容にあり、誰がそれを読むかによって決まるのではない」ということが社会的合意となっているからである。

 こうした状況の中で、リ・チュンヒ氏が10月中旬以降、50日以上も朝鮮中央テレビに登場しなかったという事実は重要な意味を持つ。人民放送員が担当すべき重要な放送が50日以上にわたって行われないということは、すなわち50日以上にわたって北朝鮮では重要な国家的決定が行われず、最高指導者の動静もなかったということを意味する。金総書記の身に何かが起きているのではないか――ネット動画で見た金総書記のボロボロの健康状態とあいまって、そうした直感がふと私の頭をよぎった。連れ合いに向かって発した私の冒頭のひとことは、こうしたことを根拠にしていた。

 「一葉落ちて天下の秋を知る」という中国の故事成語がある。わずかな兆候をキャッチし、それを正確に分析できれば事の本質に迫れるという意味だ。情報を統制し、真実を明らかにしようとしない相手を知るには、こうしたわずかな兆候を捉えることが必要である。残念なことだが、こうした技能は今後、既存メディアが壊死しつつある日本でも確実に必要になるだろう。情報隠しに明け暮れる東電対策にもこの方法はある程度有効である。

 ●北朝鮮は今後どこへ?

 不確実な東アジア情勢の中で、北朝鮮が今後どこに向かうかを予測することは難しい。総書記の三男・金正恩氏がその後継者だというのが北朝鮮政府の「公式見解」であろうが、公式発表されている正恩氏の経歴によれば彼は1983年生まれである。まだ20代の正恩氏に歴史上最も困難な状態の北朝鮮の舵取りが務まるとはとても思えない。しばらくの間は集団指導体制となるであろう。

 党、軍、政府各機関を掌握していた金総書記の死去によってこれらが全くバラバラに活動し始めることがないとはいえない。特に朝鮮人民軍は「党の私兵」という位置づけのまま半世紀以上にわたって活動してきた。金日成主席~金総書記時代には「党」とは事実上主席や総書記個人を意味しており、「党」を失った朝鮮人民軍が何者にも統制されない暴力装置として他の全階層の上に君臨するという事態は避けなければならない。

 日本が取るべき道は決まっている。冷静に東アジア情勢を見る必要がある。軍事挑発に挑発で応えてはならない。困難な情勢にある北朝鮮は、瀬戸際外交を繰り返しつつも、最後は対話に応じる以外に道はないと悟るであろう。その時のために対話の窓口を開けておくべきである。国交回復を目指すべきことは言うまでもないが、国交のない相手でも非公式の対話チャンネルならいくらでも設置できる。感情に走らず粘り強い対話を呼びかけ続けることが大切である。

 現状では北朝鮮の核開発はそれほど大きな問題ではない。日本の支配層の代弁機関である商業メディアの空騒ぎに付き合っていたずらに敵対姿勢を取ることは慎むべきである。もとより核開発・保有は人類道徳に挑戦する野蛮な冒険であり非難されなければならないが、原発からの放射能汚染水を海に投棄した日本が北朝鮮に核放棄を迫っても笑いものになるだけだ。残念ながら日本には現在その資格はなく、野田政権は福島原発事故を収束させるほうが先だ。北朝鮮に核放棄を迫る役割は韓国が果たせばよい(中国・米国はみずからも核兵器保有国であり、自分が先に核軍縮の姿勢を見せない限り北朝鮮を説得するのは無理だ。北朝鮮に核放棄を要求する資格を持っているのは、みずからは核兵器を保有せず、同じ民族・同じ言語・同じ文化を持つ韓国のみであろう)。

 過去の侵略戦争と植民地支配の謝罪をしない国を相手が信頼などするわけがない。北朝鮮に対しても、戦争責任を日本がきちんと取ることを忘れてはならない。

<参考文献>
 本稿執筆に当たっては、「北朝鮮アナウンサーの話術の秘密を『放送員話術』から分析する」(「アジア放送研究会」レポート)を参考とした。

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日本の若者から社会主義がやってくる?

2011-01-07 22:49:18 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
成長するばかりが人生ではないと気づいた日本(フィナンシャル・タイムズ) - goo ニュース

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(フィナンシャル・タイムズ 2011年1月5日初出 翻訳gooニュース) デビッド・ピリング

日本は世界で最も成功した社会なのだろうか? こんな問いかけはもうそれだけで馬鹿にされるだろうし、朝食をとりながらこれを読んでいる皆さんはププッと吹き出してしまうのだろう(まあ最初からそのつもりで聞くわけだが)。日本の社会は成功例なのか、だって? そんなのは、日本の経済停滞や財政赤字や企業の衰退について散々聞かされてきたことの正反対じゃないか。

日本をどう思うか、韓国や香港やアメリカのビジネスマンに尋ねてみれば、10人中9人が悲しげに首を振るだろう。ふだんならバングラデシュの洪水被災者に向けるような、痛ましい表情を浮かべて。

「あの国は本当に悲しいことになっている。完全に方向を失ってしまっている」 これはシンガポールのとある高名な外交官が最近、筆者に語った言葉だ。

日本の衰退を主張するのは簡単なことだ。名目国内総生産(GDP)はおよそ1991年レベルにあるのだから。日本が失ったのは10年はおろか、おそらく20年にはなるのだろうと思い知らされる、厳粛な事実だ。JPモルガンによると、1994年時点で全世界のGDPに対して日本が占めた割合は17.9%。それが昨年は8.76%に半減していた。ほぼ同じ期間に日本が世界の貿易高に占めた割合はさらに急落し、4%にまで減っていた。そして株式市場は未だに1990年水準の約4分の1でジタバタしている。デフレはアニマル・スピリットを奪うものだ。日本は「魔法」がとけてしまったのだとよく言われるし、投資家たちは、日本企業がいつの日かは株主を最優先するようになるという幻想をついに諦めた。

こういう一連の事実はもちろん何がしかのことを語っているのだが、それは実は部分的な話に過ぎない。日本について悲しげに首を振る人たちの思いの裏には、前提となる思い込みが二つある。うまく行っている経済というのは、外国企業が金儲けし易い環境のことだ——という思い込みがひとつ。その尺度で計れば確かに日本は失敗例で、戦後イラクは輝かしい成功例だ。そしてもう一つ、国家経済の目的とはほかの国との競争に勝つことだ、という思い込みもある。

別の観点に立つなら、つまり国家の役割とは自国民に奉仕することだという立場に立つなら、かなり違う光景が見えてくる。たとえ最も狭義の経済的視点から眺めたとしても。日本の本当の業績はデフレや人口停滞の裏に隠れてしまっているのだが、一人当たりの実質国民所得を見れば(国民が本当に気にしているのはここだ)、事態はそれほど暗いものではなくなる。

野村証券のチーフエコノミスト、ポール・シアード氏がまとめたデータによると、一人当たりの実質所得で計った日本は過去5年の間に年率0.3%で成長しているのだ。大した数字には聞こえないかもしれないが、アメリカの数字はもっと悪い。同期間の一人当たり実質国民所得は0.0%しか伸びていないのだ。過去10年間の日米の一人当たり成長率は共に年0.7%でずっと同じだ。アメリカの方が良かった時期を探すには20年前に遡らなくてはならない。20年前はアメリカの一人当たり成長率1.4%に対して日本は0.8%だった。日本が約20年にわたって苦しんでいる間、アメリカは富の創出においては日本を上回ったが、その差はさほどではなかった。

GDPだけが豊かさの物差しではないと、日本人もよく言いたがる。たとえば日本がどれだけ安全で清潔で、世界でも一流の料理が食べられる、社会的対立の少ない国かを、日本人自身が言うのだ。そんなことにこだわる日本人(と筆者)は、ぐずぐず煮え切らないだけだと言われないためにも、かっちりした確かなデータをいくつかお教えしよう。日本人はほかのどの大きな国の国民よりも長く生きる。平均寿命は実に82.17歳で、アメリカ人の78歳よりずっと長い。失業率5%というのは日本の水準からすると高いが、多くの欧米諸国の半分だ。日本が刑務所に収監する人数は相対的に比較するとアメリカの20分の1でしかないが、それでも日本は世界でもきわめて犯罪の少ない国だ。

昨年の『ニューヨーク・タイムズ』に文芸評論家の加藤典洋教授が興味深い記事を寄稿していた。加藤氏は日本が「ポスト成長期」に入ったのだと提案する。ポスト成長期の日本では無限の拡大という幻想は消え去り、代わりにもっと深遠で大事な価値観がもたらされたのだと言うのだ。消費行動をとらない日本の若者たちは「ダウンサイズ運動の先頭に立っている」のだと。加藤氏の主張は、ジョナサン・フランゼンの小説『Freedom(自由)』に登場する変人の物言いに少し似ている。ウォルター・バーグランドという勇気ある変人は、成熟した経済における成長 (growth)とは成熟した生命体における腫瘍(growth)と同じで、それは健康なものではなくガンなのだと主張するのだ。「日本は世界2位でなくてもいい。5位でなくても15位でなくてもいい。もっと大事なことに目を向ける時だ」と加藤教授は書いている。

日本は出遅れた国というよりはむしろモデルケースなのだという意見に、アジア専門家のパトリック・スミス氏も賛成する。「近代化のためには必然的に、急激に欧米化しなくてはならないという衝動を、日本は克服した。中国はまだこの点で遅れているので、追いつかなくてはならない」。スミス氏は、非西洋の先進国の中で独自の文化や生活習慣をもっとも守って来たのは日本だとも言う。

ただし、強弁は禁物だ。日本は自殺率が高く、女性の役割が限られている国なのだから。加えて、日本人が自分たちの幸福についてアンケートされて返す答えは、21世紀を迎えてすっかり安穏としている国民のものでは決してない。日本はもしかすると、残り少ない時間を削って過ごしている国なのかもしれない。公的債務は世界最高レベルなのだし(ただし外国への借財がほとんどないのは大事なことだが)。今の日本は巨額な預貯金の上でぐーぐー居眠りをしているのだが、給料の安い今の若者世代がそれだけの金を貯めるには、さぞ苦労することだろう。

経済の活力を内外に示すことが国家の仕事だというなら、日本国家の仕事ぶりはお粗末きわまりない。しかし、仕事がある、安全に暮らせる、経済的にもそれなりで長生きができる——という状態を国民に与えるのが国家の仕事だというならば、日本はそれほどひどいことにはなっていないのだ。
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最近、英フィナンシャル・タイムズは本当にいい記事を書くようになったと思う。傍目八目という諺もあるが、自国を客観的に評価できない日本人よりも、外国人特派員のほうがはるかに客観的に日本を見ているのではないだろうか。

「うまく行っている経済というのは、外国企業が金儲けし易い環境のことだ」「国家経済の目的とはほかの国との競争に勝つこと」を思いこみとし、日本を衰退する国だと考えているのはそうした思いこみにとらわれている連中だ、と看破する論調は多くの日本人にとって新鮮に映るかもしれない(当ブログ管理人は昔から反グローバリズム、反成長主義なので今さら新鮮とは思わないが)。確かに、新自由主義的グローバリズムの立場から見れば日本はもはや魅力を失った反成長国家といえるが、そのグローバリズムとやらで恩恵など受けることのない労働者・農民・社会的弱者の立場から見れば、それが一体どうしたというのだ?

日本の若者が「ダウンサイズ運動の先頭に立っている」という表現は別に誇張でも何でもないと思う。日本国内でも、まだ数は少ないが若者の「嫌消費」を分析した記事も出始めている。ただ、日本の若者が消費を悪と考えているかどうかはわからないとしても、モノが売れない責任を一方的に若者に押しつけ、嫌消費だなんだと論評するのはかなり違うんじゃないの?という思いが、当ブログにはある。

当ブログ管理人も最近、買い物をしていて感じることだが、本当の意味で欲しいと思うモノにもう何年も巡り会っていないような気がする。スマートフォンにしても、今のケータイが壊れたら欲しいという程度の欲求でしかないし、「ガラパゴス」を初めとした電子書籍端末にしても、A端末で読める本が別メーカーのB端末では読めないと知り、なんだ、結局また互換性問題か(ブルーレイレコーダー以来常について回る問題)と思って買う気がしなくなってしまった。

若者がモノを買わなくなったのには、嫌消費などという薄っぺらな分析からはわからない、もっと深刻で本質的な問題が潜んでいるのではないか。早く言えば、日本の資本主義体制が国民のニーズにあったモノ作りをできなくなっているのではないかということである。車にしても家電にしても、「大量に売って、手早く儲かる」という売り手の自己都合だけで造られ、「何が消費者ニーズか」という最も大切な部分を置き去りにした製品ばかりになっている気がするのである。

2009年の年末、タブロイド夕刊紙「日刊ゲンダイ」が「世界は社会主義に向かう」という予測記事を書いて世間を驚かせた。当ブログ筆者は、仮にそのような時代が来るとしても、自分の目の黒いうちにはあり得ないだろうと思っていたが、最近の若者たちを見ていると、あながちそうとばかりも言いきれない気がしてきた。ことによると、私の目の黒いうち(多分20年後くらい)に日本は若者や女性の力で社会主義社会の入口に立ち、30年後には部分的に社会主義経済の導入に成功するのではないか、という気がしてきたのである。現在の若者世代が社会の中核を担う世代になったときに導入される部分的な社会主義経済は、ソ連型社会主義とは似ても似つかない新しい形態を取るであろうし、初めはどう考えてもビジネスになりようがない医療・福祉・教育などの分野で、その次はおそらく高齢化で真っ先に立ち行かなくなりそうな小売りや飲食といった産業で実現するのではないかという気がする。

いずれにしても、今の若者の意識はそれくらい劇的に変わってきているし、大量生産・大量消費の資本主義的スタイルしか知らない団塊世代・バブル世代から見ると別人種にすら見えるだろう。彼らの世代が本格的な社会変革の担い手として立ち現れる20~30年後の社会が、本当に楽しみである。

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中国の民主活動家、劉暁波氏にノーベル平和賞

2010-10-08 22:35:29 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
<ノーベル平和賞>中国の劉暁波氏に…服役中の民主活動家

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 【ロンドン会川晴之、北京・成沢健一、ワシントン草野和彦】ノルウェーのノーベル賞委員会は8日、「長年にわたり、非暴力の手法を使い、中国で人権問題で闘い続けてきた」として、中国の民主活動家で作家の劉暁波(りゅうぎょうは)氏(54)に10年ノーベル平和賞を授与すると発表した。同委は、事実上の世界第2の経済大国となった中国が、人権問題でも国際社会で責任ある役割を果たすよう強く求めた。中国政府は劉氏への授与決定を伝える衛星放送を一時遮断、外務省が「(劉氏は)犯罪者で、授賞は平和賞を冒とくしている」との談話を発表するなど強く反発した。

 ◇中国反発「賞を冒とく」

 劉氏は08年12月、中国共産党の一党独裁を批判する「08憲章」を起草した中心人物。08年に拘束され、今年2月に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の刑が確定、服役している。89年6月の天安門事件でも学生を支持して投獄された経験がある。

 劉氏には、賞金1000万スウェーデン・クローナ(約1億2500万円)が授与される。授賞式は12月10日、オスロで開かれる。

 同委は授賞理由について、中国では「言論、出版、集会、結社、抗議活動の権利が極めて限定されている」と指摘。20年以上にわたり活動を続けた劉氏を「人権運動の第一人者」と高く評価した。また、劉氏が自身の懲役刑について「中国の憲法、基本的人権の双方に違反している」と主張していると指摘した。

 会見したヤーグラン委員長は「反体制派への授賞は反発を招くと中国から警告を受けていた」と明らかにしたうえで「中国がより民主的な国になるために他の人が言えないことを、我々は言わなければならない」と述べ、人権と平和を最重視する考えを強調した。同委員会は昨年、就任直後で実績のないオバマ米大統領に授与したことが議論になった。

 ◇米大統領「歓迎」

 オバマ大統領は8日、授賞決定を「歓迎する」との声明を発表、中国政府に同氏の即時釈放を求めた。声明では劉氏を、人権と民主主義など「普遍的な価値観を広める雄弁で勇気ある人物」と称賛。中国の「政治改革が(経済成長に)追い付いていないことを想起させる」と述べた。

 ◇劉暁波◇

 1955年、中国吉林省生まれ。北京師範大講師だった88年に渡米し、民主派の在米中国人組織「中国民主団結連盟」のアピール「中国大学生に告げる公開書簡」の起草に加わった。89年4月に中国の民主化運動を知って帰国。同年6月には天安門広場でハンストを行うなど一連の運動に加わり、天安門事件後に拘束された。事件後、学生指導者らの多くが出国したのに対し、国内にとどまり民主化を求め続け90年以降、断続的に身柄を拘束された。現在は遼寧省の刑務所で服役している。

 ◇08憲章◇

 08年12月10日付(発表は9日)で、中国の作家ら303人が連名で出した中国の民主化を求める宣言文。中国共産党の一党独裁体制の廃止や三権分立、集会の自由など人権状況の改善などを求めている。劉暁波氏ら作家や弁護士、学者らの著名人が実名で発表した。多くの著名人が中国共産党の統治を公然と批判したのは異例。国内外で大きな反響を呼び、インターネット上では約1万人が署名。劉氏は発表の前日に拘束された。
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当ブログは、ノーベル賞委員会の決定を支持する。これまで、「人質」となっていたフジタ現地法人社員、高橋定さんへの配慮もあり触れてこなかったが、一連の尖閣問題を見ても、最近の中国の「大国覇権主義」は目に余る。これ以上こうした外交姿勢を続けるなら、中国はいずれ国際的孤立という高い代償を払うことになるだろう。

人権問題についても同様である。かつて当ブログは、天安門事件20周年に当たり、中国に民主化を促す原稿を発表したが(過去ログ)、経済面では近代的な資本主義経済の体裁を整えながら、政治は一元的で批判を許さない独裁体制のままである。

経済という下部構造と、政治という上部構造の間の矛盾は、今臨界に達し、まさに爆発寸前の状況となっている。経済力増強によって自信を深めた中国国民は、今後、一党独裁制への批判を強めることになるだろう。そのとき、中国を覆うこの矛盾は、臨界を越え、一気に爆発へ向かうに違いない。

幸いにして、中国国民は政府に何度も裏切られてきた歴史から、政府を疑い、きちんと批判する術を心得ている(むしろこの点では日本よりずっと先進的だろう)。一党独裁体制が崩壊すれば、健全な民主主義が育つ可能性はある程度期待できるといえよう。

今回のノーベル平和賞は、国際社会から中国への明らかな「民主化要求」である。中国政府は独裁政治を捨て、その経済規模にふさわしい近代的な統治形態へと、直ちに移行しなければならない。

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偽装請負を巡る訴訟で元社員逆転敗訴

2009-12-19 16:44:14 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
偽装請負、最高裁「雇用関係ない」 パナソニック子会社(朝日新聞)

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 請負会社からパナソニック子会社に派遣され、違法な「偽装請負」の状態のもとで働かされていた吉岡力(つとむ)さん(35)が、同社との間に雇用関係があるかどうかを争った訴訟の上告審判決で、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は18日、雇用関係はないとの判断を示し、この点について吉岡さんの敗訴とした。

 訴訟はパナソニックプラズマディスプレイ(旧松下プラズマディスプレイ、大阪府茨木市)を相手に吉岡さんが提訴。偽装請負状態で働かされた人と派遣先の雇用関係について司法がどのように位置づけるか注目されていた。

 吉岡さんは「形の上は請負会社に雇われていたが、実際にはプラズマ社と使用従属関係にあった」と主張し、雇用関係があることの確認を求めた。二審・大阪高裁判決は請負会社が吉岡さんと結んだような契約は公序良俗に違反して無効としたうえで、プラズマ社と吉岡さんの間には「黙示の雇用契約」があり、有効な雇用関係が続いていると判断した。

 これに対し、第二小法廷は、プラズマ社が労働者派遣法に違反した状態で吉岡さんを働かせていたと認めたうえで、「仮に違法な労働者派遣でも、そのことだけで労働者と派遣元の間の雇用契約が無効になることはない」と判断。プラズマ社側が吉岡さんの採用に関与したり、給与の額を事実上決定したりしていた事情がなく、黙示の雇用契約も成立していないと結論づけ、二審判決を破棄した。

 吉岡さんの代理人によると、同種訴訟は全国で60以上ある。今回の最高裁の判断に沿えば、「違法な労働者派遣」というだけでは派遣先との直接の雇用関係が認められないことになる。

 判決などによると、吉岡さんは2004年1月からプラズマ社の工場で働いていたが、05年5月に大阪労働局に偽装請負を内部告発し、これを受けて同労働局が是正指導をした。第二小法廷は、内部告発への報復として、プラズマ社が従来と異なる業務を命じたことなどを理由に、計90万円の賠償を命じた二審判決の判断は支持。この部分については、吉岡さんの勝訴が確定した。(中井大助)
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日々の運営経費を捻出するだけでも青息吐息の零細企業ならともかく、パナソニックに対する賠償がたったの90万円ではお話にもならない。「こんなはした金で労働者を解雇できるなら安い安い」とパナソニックは思っているだろう。これでは全面敗訴と同じであり、あまりに悔しい。

この最高裁判決の判決文を私も入手したが、読み返してみてはっきりしたことがある。それは、労働者派遣法が存在する限り、非正規労働者はなにをもってしても会社に解雇撤回を要求できない、ということだ。何より最高裁自身が、「労働者派遣法に基づく派遣契約は職業安定法が禁止する労働者供給事業に当たらない」と断言しているのだから。労働者派遣法がある限り、指揮命令している企業は責任を逃れる一方、賃金をピンハネされ続けている労働者は文明国以下の生活を強いられ続ける。そして、少しでも文句を言ったり自己主張をした者は、契約打ち切りを宣告される。

労働者供給事業を禁止し、文明国にふさわしい労働契約を保障した職業安定法と労働者派遣法の矛盾は非和解的なものである。この2つの法律は、お互いがお互いの首を絞め合い、どちらが先に倒れるかの関係にある。職業安定法と労働者派遣法の矛盾は、どちらかがどちらかを打倒することによってしか解決されないのである。

この問題は、職業安定法が労働者派遣法を打倒する形で解決されなければならないと、当ブログは考える。契約なくして労働なし、賃金なくして労働なしは当然ではないか。最高裁は、「非正規労働者には権利なし。のたれ死ぬか年越し派遣村に行くかはどうぞご自由に」とでもいうのだろうか。

当ブログは、およそ文明国に値しない今回の判決に強く抗議する。最高裁ならぬ最低裁は恥を知れ。



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パナソニック偽装請負訴訟、最高裁判決へ

2009-11-27 22:01:58 | 共産趣味/労働問題(公共交通・原発除く)
12月18日に最高裁判決 パナソニック系偽装請負訴訟(朝日新聞)

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 パナソニックプラズマディスプレイ(旧松下プラズマディスプレイ、大阪府茨木市)の工場で、違法な偽装請負状態で働かされていた吉岡力(つとむ)さん(35)が同社に雇用関係の確認を求めた訴訟の上告審で、最高裁第二小法廷(中川了滋裁判長)は27日、双方の主張を聞く弁論を開いた。パナソニック側は雇用関係があると認めた二審・大阪高裁判決の破棄を、吉岡さん側は維持をそれぞれ求めた。判決は12月18日に言い渡される。

 二審判決は、吉岡さんを雇っていた請負会社とパナソニック側が結んだ業務委託契約は「脱法的な労働者供給契約」で無効とする一方、吉岡さんとパナソニック側の間には「黙示の労働契約の成立が認められる」と判断した。

 この日の弁論でパナソニック側は「黙示の労働契約の成立は到底認められない」と主張。吉岡さん側は二審判決を「使用関係の実態を踏まえた正当な判断」と評価し、「偽装請負の違法な就労状態についてパナソニック側の責任を否定することは、司法によって脱法行為を積極的に容認することになる」と訴えた。
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いまの労働者派遣のあり方は、二重三重に犯罪的と言える。給与を派遣会社がピンハネすることはどう考えてもまともな公序良俗に反するし、仕事を指示しているものが給与を払わず、職場実態を何も知らないものが給与を払うというあり方もおかしい。

そして、指摘しておかなければならないのが、前日のエントリでお伝えした国鉄職員の解雇問題(JR不採用問題)とこの問題がうりふたつであるということだ。

それはどういうことかというと、労働者派遣法は1985年に制定施行されている。一方、国鉄分割民営化の枠組みが決められていくのも85年あたりからで、「改革法」が86年に成立、87年にJRが発足している。そしてこの時に、不採用問題も起きたのである。

働く人たちをゴミのように扱い、気に入らないものはクビにすればいいという経営者のモラル崩壊がスタートしたのは、まさにこの2つの出来事によってである。それから20年を経て、働く人の使い捨ては一層酷くなった。今、JR不採用者の問題、派遣労働者の問題が同時並行で進んでいるのは決して偶然ではないと当ブログは思うのだ。

政権交代によって今、私たちは再び時代の転換点に立った。今後20~30年後の日本の姿がここで決まるという重要な局面を迎えている。この重要な局面で、私たちは人間らしい働き方のルールを確立するために全力を挙げなければならない。

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