生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

暑い日曜日

2007-08-05 17:27:13 | 日記

昨日娘がようやく帰ってきました。娘は東京で絵の勉強をしながら、ひとり暮らしをしています。とっくに夏休みに入っているのになかか帰ってこないのでやきもきしていました。娘は着払いの宅急便と共にやってきました。家の中が華やいで主人も嬉しそうです。今晩のメニューは娘の好物の鶏の唐揚げです。


今日は特別暑い気がします。夏期学校のしおりを作成することになっていましたが、表紙のカラーコピー用紙のサイズを間違えて準備してしまいました。B5なのにA4を買って間違えたことに全く気づかなかったのです。印刷し始めて気づきました。暑さでボケたのか、暑さではなく年のせいなのか……教会で午後1時半からしおりを綴じることになっているのに……。

Ⅲ礼拝が少し延びて12時40分ころ終わったので、自転車で急いでホームセンターへ行って用紙を交換し、家(家はホームセンターの近く)に寄ってお昼を5分で食べ、すぐにまた教会へ。炎天下、自転車での往復はきつかったです。


無事表紙も印刷ができて、しおりを綴じていると、すごい雨音が聞こえてきました。雷まで鳴っています。帰りはどうしよう……と案じていたら、しおりができ上がったころには雨は上がっていました。後で聞くと雹も降ったとか……。
教会へ自転車で2往復もしたのに濡れることもなかったのです。守られたなあと感謝しました。

礼拝では韓国と日本の中高生、約70人が賛美をしました。子供たちはキャンプで良い経験をしたのでしょう。目が輝いていました。生き生きとした賛美に心打たれました。韓国大方教会のキル先生の熱のこもったメッセージもすばらしかったです。メッセージは後日紹介します。

リトリート

2007-08-03 13:16:14 | 教会

土浦めぐみ教会では韓国大方教会から37名の中高生を含む50名近くの方々を迎えています。いま、コイノニアキャンプの真っ最中です。昨日は夕食のおにぎりを作りに行ってきました。200個のおにぎりを5人で作りました。型を使ったので予定より早く(約1時間で)できました。

今日は大竹海岸で海水浴の予定になっていますが、とても風が強いので海水浴大丈夫でしょうか? 大洗水族館の方へ行っているのかもしれません。韓国の中高生と日本の中高生のよき交わりのために、健康と安全が守られるように、奉仕者のためにもお祈りします。

先日は祈祷会でリトリートを体験させていただきました。キリスト教会でいうリトリートとは、生活の場から離れて聖書を黙想する。聖書の中に入り込んで、キリストが語られることを聞くという意味です。

一昨日サンドムの祈りを紹介させていただきましたが、サンドムはノルエーの町の名前で、リトリート発祥地なのだそうです。

リトリートの元々の意味は、「撤退」「退却」だそうです。【retreat】のre‐という接頭辞は、再び・・・する、新に・・・する。treatという動詞は 治療する、手当てする。一時的避難小屋の意味合いでも使われます。

イエスさまも人々から離れ、ひとりになって父なる神さまとの時を過ごされました。

それから、群衆に別れ、祈るために、そこを去って山のほうに向かわれた。(マルコ6:46)


リトリートは、家にいてもできることなのですが、いろいろなことが気になって落ち着きません。やはり、黙想の時と場が与えられないとだめですね。

このとき祈ったアッシジの聖フランチェスコの「平和の祈り」を紹介します。有名なのでご存じの方も多いことでしょう。訳によってことばが多少異なります。この祈りはマザーテレサが最も愛した祈りだそうです。


        平和の祈り 

ああ主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
争いのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、
誤りのあるところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
悲しみのあるところに喜びを、
闇のあるところに光をもたらすことができますように。
ああ主よ、わたしに、
慰められるよりも、慰めることを、
理解されるよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを求めさせてください。
わたしたちは与えるので受け、
ゆるすのでゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。
                        アーメン     

つながるということ

2007-08-01 18:03:48 | 聖書から

10日ほど前に買ったDVDプレーヤー。いまだに使い勝手が悪くてテレビを普通に見ることさえ困難になっていました。理由は接続が間違っていたのです。最初にわたしが接続ガイド(図がわかりにくい)を見てつなぎ、映りが悪いので主人が接続し直し、録画ができないので息子が配線を変え、3人が勝手にあちこち差し替えたので何が何だかわからなくなってしまいました。

わたしはアンテナ線が1本足りないのだという勝手な結論を出し、電気屋さんへ行きました。買う前に、接続のやりかたについて聞くと、「壁のアンテナ端子からプレーヤーの入力端子へ、プレーヤーの出力端子からテレビの入力端子へつなぐことが基本です。」と教えていただき、線は買わずに帰ってきました。電気屋さんに言われたとおりにつなぐと、うまくいきました。
こんな単純なことができなかったため10日間も不自由な思いをしていたのです。

正しくつながらないと何もかもうまくいかなくなるのは人生においてもあります。

この間CSで子供たちにキリストにつながることの大切さを話しました。その準備をしていて、キリストから離れては何もすることができないと改めて思いました。


わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。(ヨハネ15:5)


神さまは、キリストにつながり、キリストにとどまることによって必ず実を実らせてくださるという約束をして下さっています。その約束を信じてキリストにつながり、キリストにとどまり続けたいです。

今日の祈祷会で教えていただいたサンドムの祈りを紹介します。


サンドムの祈り

主イエス・キリスト様
あなたは、私の前に立っておられ
また、私のうしろにおられます。
あなたは私の右におられ、私の左におられます。
あなたは私の上におられ、私の下におられます。
あなたは、私を至るところから取り囲んでくださり、
私の心の中にも住んで下さいます。
あなたは、私を完全にとらえ、満たし、
そして、私を愛して下さいます。
主イエス・キリスト
アーメン


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