
写真は不忍池の水鳥です。
昨日、聖書輪読会でマタイの福音書18章を読みました。その中でペテロがイエスさまに「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか」と尋ねています。それに対してイエスさまは、「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います」と答えています。
7度の70倍赦しなさいというのは、490回赦して、491回目は赦さなくていいという意味ではありません。7は完全数、10は満数なので、無限に赦しなさいという意味です。そんなことができるのでしょうか。
クリスチャン・ペンクラブでは、「愛すること 赦すこと―平和を求めて―」のテーマでエッセイを書くことになっています。けっこう難しいテーマなので、四苦八苦して書きましたが、今日は詩を書いてみました。
ゆるしなさいと言われても
ゆるせない
ゆるせない
ぜったいに ゆるせない
あのときのあの人の言葉
あの人の行動
ぜったいにゆるせない
ゆるしなさい
ゆるしなさい
7の70倍ゆるしなさい
と言われても、ゆるせるわけがない
憎しみをつかんで
きつくにぎりしめていた
ゆるしてください
ゆるしてください
正論を唱えて、人を裁いていたわたし
愛のない言葉が
友を深く傷つけていたことを知り
そう叫んで泣いた
ゆるされている
ゆるされている
そんな声が聞こえたとき
握りしめていた憎しみと
ゆるせない心が 粉々にくだけて
ポロポロと手からこぼれ落ちていった
昨日、聖書輪読会でマタイの福音書18章を読みました。その中でペテロがイエスさまに「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか」と尋ねています。それに対してイエスさまは、「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います」と答えています。
7度の70倍赦しなさいというのは、490回赦して、491回目は赦さなくていいという意味ではありません。7は完全数、10は満数なので、無限に赦しなさいという意味です。そんなことができるのでしょうか。
クリスチャン・ペンクラブでは、「愛すること 赦すこと―平和を求めて―」のテーマでエッセイを書くことになっています。けっこう難しいテーマなので、四苦八苦して書きましたが、今日は詩を書いてみました。
ゆるしなさいと言われても
ゆるせない
ゆるせない
ぜったいに ゆるせない
あのときのあの人の言葉
あの人の行動
ぜったいにゆるせない
ゆるしなさい
ゆるしなさい
7の70倍ゆるしなさい
と言われても、ゆるせるわけがない
憎しみをつかんで
きつくにぎりしめていた
ゆるしてください
ゆるしてください
正論を唱えて、人を裁いていたわたし
愛のない言葉が
友を深く傷つけていたことを知り
そう叫んで泣いた
ゆるされている
ゆるされている
そんな声が聞こえたとき
握りしめていた憎しみと
ゆるせない心が 粉々にくだけて
ポロポロと手からこぼれ落ちていった
本当にそうなんですよね
赦せなくて苦しくて
でも神様にぶつけると
神様の愛が溢れて
自然に赦せるようにしてくださるんですよね
それって、イエス様の愛と赦しが
私の中に入ってきたのだなあと思いました
そうです。本当に不思議です。どんなに努力しても赦せなかったのに、イエスさまが赦せるようにして下さったのですね。
だんだん身近になって、
砕けていった心に、「なみだ」が
くっついているように思いました。
難しい「テーマ」ですね。
写真を上手に撮る秘訣は、同じ場面でアングルを変えながら何枚も撮ることだと聞きました。『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』の要領です。
ゆるされた背景には、イエスさまの涙と血があったことを心にとどめておかなくてはなりませんね。
感謝。