アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

コントラクト・キラー

2016-07-06 21:26:35 | 映画
『コントラクト・キラー』 アキ・カウリスマキ   ☆☆☆☆☆

 所有するDVDで再見。前に観た時よりはるかに面白かった。カウリスマキは独特の味を持つ映画作家なので、旨味を知ってやみつきになるとどんどん映画が面白くなり、するとまた更にやみつきになるという無限ループにはまりこんでしまう。強烈な個性とスタイルで勝負する芸術とはそういうものなのだ。無敵ってことだ。

 この映画は珍しくロンドンが舞台で、登場人物たちがみんな英語を喋る。カウリスマキといえばフィンランド語の響きがつきものという意識があるので、序盤は少々違和感があった。舞台はロンドンだが主人公はフランス人のアンリで、アンリは外国人という理由でまっさきに水道局をリストラされる。孤独で、家族も恋人も友人もいないアンリは自殺を試みるが失敗。新聞記事をみて思いつき、あやしげなバーに行って殺し屋に自分の殺しを依頼する。「絶対に気が変わることはないから、安心してくれ」と言っていたアンリだが、その翌日レストランで花売り娘と出会い、恋に落ちる。アンリは自分の殺人依頼を取り消そうとするがもはやかなわず、殺し屋に狙われる羽目になる。

 そういうわけで、今回はアンリと花売り娘と殺し屋の三者が繰り広げるロンドである。殺し屋が登場することもあって全体にノワール風味で、またカウリスマキにしてはストーリーが一貫しているのが特徴だ。とはいえ、色彩豊かで陰影も豊かな独特の映像、役者たちのぶっきらぼうな芝居、オフビートな間、ノスタルジックな音楽と、いつものカウリスマキ・スタイルはまったく揺るがない。ファンは安心してこの世界に浸ることができる。

 自殺するために殺し屋に頼んだらキャンセルできなくなり、自分が頼んだ殺し屋から逃げ回ることになるというアイデアがもうカウリスマキ以外の何物でもない。孤独で不器用な主人公アンリのキャラもいつもの通りで、演じるのはトリュフォー映画で有名なジャン=ピエール・レオ。私はトリュフォーを観たことがないのでどういう役者さんなのかピンと来ないが、孤独で生真面目そうな顔立ちはカウリスマキ映画によく似合っている。ヒロインの花売り娘はマージ・クラークで、カウリスマキ映画常連のマドンナ、カティ・オウティネンやイブリヌ・ディディと違って普通に美人である。

 そこに殺し屋が絡んでくるわけだが、この殺し屋を演じるケネス・コリーがとてもいい。おじさんというかもう初老で、殺し屋にしては老けているが、カマキリのように痩せていて長身、いかにもストイックなムードである。不気味な登場の仕方をするので、その後アンリと花売り娘VS殺し屋でスリラー風に展開するのかと思ったら、殺し屋自身もまた物語の主要人物として複雑な葛藤を見せ始める。彼はガンを患っていて余命わずかなのだった。だから最後の仕事はきっちりやろうと決意している。そのうち殺し屋が自分のアパートで暮らしている場面や、娘まで出てくる。殺し屋と娘の父子の会話はおかしくも哀しい。というわけでこの殺し屋もまた、カウリスマキの敗者の一人なのだった。

 それにしても、殺し屋を演じるケネス・コリーの顔が実にいい。主役だけでなく脇役の顔までどれも印象的なのがカウリスマキ映画のもう一つの特徴だが、この映画も例外ではない。そしてこの映画のラストカットは、ある脇役が黙ってたばこをくゆらすカットである。これで終わるセンスにしびれる。




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