アブソリュート・エゴ・レビュー

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マルホランド・ドライブ

2015-08-29 22:33:19 | 映画
『マルホランド・ドライブ』 デヴィッド・リンチ監督   ☆☆☆☆

 iTunesのレンタルで鑑賞。巷では「一回観て意味が分かったら天才」と言われるほど難解な映画として知られていて、確かにかなり不思議な映画だった。「難解」と言われる映画には色々なパターンがあるが、これは思想が難しいとか多義的とかいうよりも、監督が意図的にプロットをパズル化しているために不思議な印象を与える映画である。

 物語は大きく前半と後半に分かれていて(ただし前半の方が後半よりはるかに長い)、それぞれ同じ人物が異なる役割・名前・状況で登場し、話が整合しない。おまけにシュールリアリスティックな映像が(おそらく象徴的な表現として)あちこちに挿入され、ますます奇怪な印象を強める。この映画の解釈はネットのあちこちに説明があるし、ネタバレだといってクレームが来るとイヤなので詳しく書かないが、要するに「ハリウッドで女優を目指す娘」というお題で二つの異なる設定・プロットがあると思えば良い。一方の構成要素をバラバラにして、願望や不安や妄想で激しく変形させたものがもう一方である。

 構成や並べ方によってもっと分かりやすくすることも出来たはずなので、そうしなかったところにこの映画のポイントがある。二つのプロットの関係は何かという謎解きは単なる「説明」であり、多分それほど重要ではない。重要なのは、なぜ監督はわざわざこんな分かりにくい構成にしたのか、それがこの映画に何をもたらしているかということである。

 もっとも表面的な効果は明らかで、映画をミステリアスにし、迷宮のような感覚を観客に与えている。単純に、謎めいたものは人を惹きつけるのである。この映画の魅力の多くがわけの分からないめまいのような感覚、幻惑される感覚に依存していることは否定できないだろう。ただし、魅力的に謎めかせることは実はそれほど簡単ではない。

 二つ目は、不安の醸成。この映画は部分的にはホラーに近い演出がなされているが、その恐怖の情緒はグロテスクな死体が出てくるというような即物的な怖さより(そういう場面もあるが)、どこかに自分が知らないとんでもない真実が隠されている、という不安がもたらす怖さである。怖さの質としてはそっちの方が上であり、人間の根源的な部分を揺り動かす力を持っている。

 三つ目は、最終的に謎解きしないまま映画が終わってしまうため、宙ぶらりんな状態におかれた観客の想像力は広がり続ける。ロジカルに説明されると「ああ、そういうことか」と腑に落ちてしまい、そこで想像は止まる。しかし謎が謎のまま残ると、観客の想像は広がり続け、もしかすると監督の意図以上に物語を膨らませることになる。そこに「まだ自分が知らないとんでもない真実が隠されているようだ」という不安があればなおさらだ。

 が、どんな映画でもワケわからなくしてしまえば効果的かというとそんなことはなく、うまくやらなければワケわからない駄作になるだけだ。この映画の成功についてはいくつかの理由、というか戦略があるように思える。

 まず、本格的にワケわからなくなるのは終盤近くになってからで、それまでは比較的筋が通っている。観客は、ノワール風の映画としてちゃんと筋を追うことができる。記憶喪失になった女リタ(ローラ・エレナ・ハリング)を助けて、女優を目指して田舎から出てきた娘べディ(ナオミ・ワッツ)が彼女の素性を調べる。リタは大金を持っていて、怪しげな男たちが彼女を追っている。おなじみのプロットだ。映画監督が受難したりマヌケな殺し屋が出てきたりと不協和音はあるが、まあそれほど気にせずに見ていられる。そして最後の30分ぐらいになって、怒涛のようにワケ分からなくなる。もし最初からこうだったら観客は途中で見るのを止めるか、少なくとも興味をなくしてしまうだろう。

 それから、たとえ説明はつかなくても、観客は主人公のベティ=ダイアンに共感できるように作られている。この映画はロジカルなジグゾーパズルではなく、きわめて情緒的だ。不安の情緒、哀しみの情緒、恐怖。それに対置するように、憧れ、愛情、そして幸福。映画全体がねっとりした空気感に包まれ、極端に湿った情緒で観客をくるみこむ。すると観客は、意味が分からないまでもベティ=ダイアンの心情を理解し、それによって隠された真実の仄めかしを感じる。加えて、表面下に恐ろしい真実が隠れているような不安感に追い立てられることで、観客は自らこの映画の迷宮にはまり込んでいく。その匙加減が巧妙である。

 この映画でリンチ監督がもくろんだ手法はかなりユニークで、その結果この映画そのものがかなりユニークな作品となっている。濃密な、重たい夢の中を歩いているような感覚も魅力的だ。ハマる人も多いらしいこの映画、私はまだ二回してか観ていないのでそこまでではないが、もう一度観るとハマるかも知れない。



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