アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

NOVEL 11, BOOK 18

2015-08-31 22:41:49 | 
『NOVEL 11, BOOK 18』 ダーグ・ソールスター   ☆☆☆☆

 ノルウェイの作家である。翻訳は村上春樹。他の訳業と比べてハルキ臭は意外と目立たず、小説のタイプもだいぶ違うようだ。だから村上春樹が苦手な人も問題なく読めると思う。村上春樹はあとがきで本書のことを「コンサバな衣をまとったポストモダン」と書いているが、確かにそんな感じだ。文体やディテールは伝統的小説なのに、全体としては前衛的な印象を受ける。

 ネタバレしないようにあらすじを書いてみると、ビョーン・ハンセン51歳。若い頃に妻子を捨て、その後ずっと愛人と同棲。職を変え(ランクを下げ)、公務員として働きながら演劇サークルに所属。イプセンの芝居で主演し、失敗に終わる。魅力を失いつつあった愛人と別れる。演劇サークルでの友人関係は継続するが、ある日知り合いの医者が実は麻薬中毒だったことを知る。ある反社会的な企みを医者に持ちかけ、合意を得る。長いこと会っていなかった息子と突然同居することになり、友達がいないらしい孤独な息子に心を悩ませる。リトアニアに仕事で旅行し、そこで例の企みを実行に移す。で、その企みとはXXXをXXXしてXXXすることだった。なんで?

 ストーリーがどこを目指しているのさっぱり分からず、そのあたりが「前衛的」と感じさせる部分なのだろう。脈絡なく、自由連想のように話が横道に逸れていく。いきなり話題が変わる。個々のエピソードは面白く、感情表現よりも知的興奮とアイロニーで読ませるタイプの文章である。たとえば愛人との関係やそれに関る自分の心理分析をしたり、息子との関係やそれに関る自分の心理分析をしたり、演劇と自分の関係を分析したり、友人と自分との関係を分析したり、ということが小説の主要な部分を形作っている。そういう思索的なところはちょっとミラン・クンデラを思わせる。情緒的ではなく分析的であり、感傷的ではなくアイロニカルである。

 そして、終盤に突然実現するビョーン・ハンセンの反社会的企み。はっきり言って意味が分からない。なんでこんなことをしたいのだろう。説明は一切ない。そして意味が分からないまま終わる。これがつまり「ポストモダン」な読後感であり、あの村上春樹をして唖然とした、と言わしめた奇妙さである。小説として別に難解でもなく、それなりに面白く読め、だけど全体としては意味不明。ポーカーフェイスでシュールな演技をしてみせる芸人みたいだ。

 従来の小説のような「筋(アクション)」による面白さはまったく狙っていないという点では、トゥーサンを連想させる。ポーカーフェイスっぷりはトゥーサン並みだと思うが、あれこれ心理分析などしてみせるところは別にミニマリズムでもなく、従来の伝統的小説だ。一方で話の奇妙さと読者の突き放し方はトゥーサン以上かも知れない。

 なんにせよこの作家、相当な曲者であることは間違いない。他の作品も読んでみたいが、果たして翻訳は続くのだろうか。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿