アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

鷲は舞い降りた

2008-06-27 22:50:46 | 
『鷲は舞い降りた』 ジャック・ヒギンズ   ☆☆☆★

 冒険小説の傑作といわれる『鷲は舞い降りた』を再読。私は冒険小説というものをあまり読まないが、これは面白い。

 この小説の成功は多くの人がいうように、主人公をナチス側の人間にしたことによる部分が大きいと思う。連合国側の人間じゃないのである。もちろん、ヒトラー万歳という人間ではないが、不本意ながらもヒトラーのために戦争を戦っている男だ。それによって彼のヒロイズムはより複雑な、悲劇的なものになる。つまり、彼は「正しい側」にいるから英雄なのではない(そしてもちろん、戦争に「正しい側」などない)し、偉業を成し遂げたから英雄なのでもない(彼の使命は結局失敗する)。彼はただ軍人としてなすべきことをなし、常に最善を尽くそうとするのみだ。誇り高く、自分の信念によって生き、どんな権力にも屈しない。そして笑みを浮かべたまま死地に赴くことができる。本書の主人公クルト・シュタイナ少佐は、男なら誰でもこうありたいと願わずにはいられない男である。 

 彼は落下傘部隊の隊長で、歴戦の勇士だったが、それまで会ったこともない一人のユダヤ人の少女を救うためにすべてをなげうつ(少女はその日の午後「処理」される予定だった)。地位も、勲章も、名誉も、出世も、軍人としての将来も、全部パーだ。部下は彼を止めようとするが、虐待される少女を見た時、シュタイナ少佐には一瞬の躊躇もない。少女を逃がしたあと、虐殺を指揮する少将(自分より上位の人間である)に向かって淡々と言う。「あなたを見て、私が何を思い出したかおわかりか? どぶの中で時折、靴にくっつくものだ。暑い日には特に不快なものだ」
 そして部下とともに自殺同然の懲罰的任務につけられる。

 ここまではまだプロローグ。物語はチャーチルの誘拐という突拍子もないヒトラーの思いつきが、状況と数々の偶然によって具体性を帯び、その任務がシュタイナ少佐とその落下傘部隊に与えられることによって本格的に動き出す。舞台となるのはイギリスの小さな村。このどことなく淋しげな、うらぶれた寒村の雰囲気がまたいい。そのせいで本書は能天気なアクションものでなく、陰りのある抒情的な物語になっている。この村に住むドイツのスパイ、ジョウアナや、アイルランド人の元テロリスト、リーアム・デヴリンなどの多彩なキャラクターもなかなか魅せる。ただデヴリンはシュタイナと並ぶ本書のメイン・キャラクターだが、彼と村娘との恋愛はあんまりいただけない。プロの戦争屋があの状況で恋愛するとは思えない。

 結局、シュタイナ達の計画は発覚してしまうが、それはシュタイナの部下の一人が溺れかけた村の子供たちを助けるからだ。彼はそのために命を落とし、その制服からドイツ兵であることを知られてしまう。そしてここから後は、あれほど完璧に練られた計画が無残に崩壊していく過程となる。しかしシュタイナとその部下はその絶望的な状況の中で最善を尽くす。決してふてくされたりヤケになったりしない。そして一人、また一人と死んでいく。何と男らしい連中だろうか。

 終盤、生き残った部下のリッターがシュタイナと別れる時に言う。「あなたの部下であったことは、無上の光栄です」お約束気味ではあるが、本書においては印象的なセリフだ。男なら読むべき小説、かも知れない。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿