アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

百年の孤独

2005-12-09 21:43:06 | 
『百年の孤独』 G. ガルシア=マルケス   ☆☆☆☆☆

 再読。画像は改訳版のものだが、私が所有しているのは旧訳版の方。昔読んで以来あちこち拾い読みをした回数は数え切れないが、最初から最後まで通読したのは多分二度目である。

 今さら取り上げるのも恥ずかしいくらいの有名作であり、問答無用の大傑作だが、好きなんだから仕方がない。物語は誰もが知っている通り、マコンドという架空の町を舞台にしたブエンディーア一族の話である。ホセ・アルカディオ・ブエンディーアは軍鶏のトラブルで人を殺し、幽霊につきまとわれるようになったため妻のウルスラとともに村を出て、新天地を求める。目的地にたどり着けなかった彼らはあきらめて、ついてきた人たちと一緒にマコンドという村を作る。それから百年後、マコンドとブエンディーアの一族が風とともに滅びるまでの物語である。

 ホセ・アルカディオ・ブエンディーアとウルスラの子供達、そしてまたその子供達と物語は百年にわたって広がっていくが、ホセ・アルカディオだのアルカディオだのアウレリャーノだのアウレリャーノ・セグンドだのと、とにかくまぎらわしい名前の無数の子供達が繰り広げる物語はもうハンパじゃなくぶっ飛んでいて、奇想天外という他はない。とにかく、一族の物語と言ってもいわゆる大河ドラマ的な小説ではまったくない。リアリスティックな人間ドラマではないのだ。神話的と言われる所以だが、むしろほら話的と言った方がふさわしいかもしれない。

 小説は無数のエピソードによって成立しているので要約は不可能だが、全体の構成としてはまずホセ・アルカディオ・ブエンディーアとウルスラがメインの家族の物語で始まり、やがてアウレリャーノ・ブエンディーア大佐がメインの戦争篇に突入する。後半はアウレリャーノ・セグンドとホセ・アルカディオ・セグンドという双生児がメインとなってバナナ工場設立などマコンドの繁栄が語られるが、やがて町は衰退しブエンディーア一族も徐々に減っていく。最後は豚の尻尾を持った赤ん坊が生まれて終わる。ま、大枠はこんな感じで推移する。

 しかしとにかくこの小説の面白さは、次から次へと繰り出される神話的・ほら話的なエピソードのつるべ打ちにある。それらのエピソードはある時は吹きだすほど滑稽、ある時は美しく、ある時はドラマティック、ある時は残酷、ある時は悲しい。そして何もかもが現実離れしている。

 例えば死んだホセ・アルカディオ・ブエンディーアは幽霊になって、いつもアーモンドの木の下に立っている。家族のみんなには見えるのにアウレリャーノ・ブエンディーア大佐にだけは見えない。アウレリャーノ・ブエンディーア大佐は十七人の女に十七人の子供を産ませるが、その全員が額に消えない灰の十字をつけている(そして全員が政府の手先に殺されてしまう)。頭が弱い美女、小町娘のレメディオスはシーツにくるまれて手を振りながら空高く昇っていく。神父は寄金を募るためホット・チョコレートを飲んで空中浮遊をする。フェルナンダは遠くにいる顔を見たこともない医者からテレパシーによる手術を受ける。アラマンタの前に青い服を着た女の死神が現れて自分の経からびらを織れと命じる。マウリシオの回りにはいつも黄色い蛾が飛び回っているので、彼が近くにいるかどうかすぐ分かる。アウレリャーノ・セグンドはある朝目覚め、繁殖しすぎて裏庭にいっぱいを埋め尽くすうさぎを見る。雨が四年十一ヶ月と二日降り続き、止んだと思ったら十年の旱魃になる。豚の尻尾を持った赤ん坊は蟻に運ばれていってしまう。

 こういう物語が最初から最後までノンストップに語られるのである。そしてこの文体がまたすごい。この文体を探し当てた時一気に小説が完成したと言われるが、実際この文体でなければこの物語は成立しないだろう。

 とにかく無駄がない。普通の小説のように状況説明、情景描写、つじつま合わせの注釈などまだるっこしいものはキレイさっぱりない。疾走するような饒舌な文体は時間や空間を飛び越えて無駄なものには目もくれず、ひたすら驚異的な物語だけを憑かれたように語りまくる。笑っちゃうぐらいテンポが速い。どんどん途中経過を飛ばしていく。しかもどんな異常な物事を語る時も淡々としていて、残酷なまでに、あるいは滑稽なまでに平静である。本書を長くて難解だと言う人もいるが、一度この文章のリズムに乗ると、止められなくなってどんどん読んでしまう。
 
 だからこの神話のような、おとぎ話のような、ほら話のような物語に浸ることさえできれば、あとは一気である。ただし登場人物が多くてみんな名前がまぎらわしいので、すぐ「こいつ誰だっけ?」ということになってしまう。そうすると物語の興を殺ぐので、それだけ気をつけた方がいいかも知れない。

 とにかく面白すぎる。ノーべル文学賞を取ったりして、今では20世紀文学の代表作みたいに言われているが、発表時、それまでのいわゆる「文学」というものとこれくらいかけ離れた小説はなかったのではないか。退屈や観念の袋小路とは無縁の、熱狂とドラマと過剰な物語性の文学。想像力の超新星のような小説である。


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1 コメント

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Unknown (xenon)
2008-05-08 00:33:11
この本を知ったのは池澤夏樹さんの本を読んでいて。

四年数ヶ月も雨の降り止まない話に興味が沸き、本屋で探して高すぎて買えず、図書館で借りました。

不思議な長い長い物語で…所々しかもう覚えていないのですが、延々と憎しみを抱いたまま結婚もせず死んでいった女性が、どこか自分と重なる部分があって、痛い気持ちで読んだ記憶があります。


この中の一部、になるのかな?『エレンディラ』という短編集を持っており、作者が同じだったと後になってから気付いた私です…
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