アブソリュート・エゴ・レビュー

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いつか晴れた日に

2014-10-29 21:33:19 | 映画
『いつか晴れた日に』 アン・リー監督   ☆☆☆☆☆

 ブルーレイで初見。評価が高いのは知っていたが、ジェーン・オースティン原作ということでこれまで食指が動かなかった。嫌いというわけじゃないが、ユーモアとペーソスあふれる恋愛ものというジャンルにさほど思い入れがないせいだ。ようやく気が向いて観たわけだが、もっと早く観るべきだったと激しく後悔した。これほどの傑作だとは思っていなかったのである。

 原題は「Sense and Sensibility」で、邦訳は「分別と多感」。つまり理性と感情ということだが、センスのいいタイトルだと思う。このタイトル通り、理性的な姉と情熱的な妹の恋愛模様を描く。舞台は19世紀の英国。とにかく英国情緒がたっぷりと味わえる。

 父親が死んで長男夫婦が遺産を相続したため、腹違いの三姉妹とその母は屋敷を追い出されることになる。長女エリノア(エマ・トンプソン)は冷静に諦め、次女マリアンヌ(ケイト・ウィンスレット)はぷんぷん怒り、三女のマーガレット(エミリー・フランソワ)はまだ子供で何も分からない。引越しまでの短い期間、長男夫婦とその義理の弟エドワード(ヒュー・グラント)が一時同居する。エリノアとエドワードはお互いに気になる仲になるが、またしても長男夫人の妨害によりエドワードは急遽ロンドンに帰され、エリノアは失意のまま引越していくことになる。

 ヒュー・グラントの使い方が実にうまい。最初に登場し、そのエレガントな魅力でエリノアと観客をたちまち魅了し、あっさり退場する。そしてかなり後になるまで再登場しない。エリノアはエドワードに苦しい恋をするが、観客は彼女にたっぷりと感情移入させられることになる。

 さて、引っ越し後はマリアンヌの恋話となる。エドワードはおとなし過ぎて物足りないというマリアンヌは、情熱的な恋に憧れている。近所に住むブランドン大佐(アラン・リックマン)が好意を寄せるが、見向きもしない。ある日、豪雨の中でケガをした彼女の前にハンサムな青年ウィロビー(グレッグ・ワイズ)が現れ、彼女を助ける。たちまちウィロビーにのぼせ上がるマリアンヌ。しかしウィロビーの名前を聞いて、近所の人々は表情を曇らせるのだった…。

 この後、エリノアとマリアンヌそれぞれの恋物語は二転三転し、観客の心を掴んで離さない。悠然とした、にもかかわらずピタリピタリとツボを押さえてくるストーリーテリングはまったく見事だ。冒頭もスロースタートかと思っていると、父親が死んでエリノアたちが追い出される経緯があっという間に、すばやいダイアローグとカットつなぎで説明される。登場人物たちの心理の綾を的確に、きめ細かく描き出していく技巧も素晴らしい。セリフで説明することなく、ある時は仄めかしで、ある時はちょっとした仕草や表情で、観客の気持ちを自在にコントロールする。練達の技だ。

 更に、仄めかしや暗示で観客をミスリードするテクニックがそこに加わってくる。これが最高最大の効果を発揮するのはクライマックス場面で、ある人物がある人物に告白をするシークエンスである。物語の作風からしてこのまま淡々と、切なさを滲ませつつ終わっていくのだろうと思っていたので、あの予想外の、怒涛の展開はまったく不意打ちだった。これにはたまらず、恋愛映画を見て泣いたことなどない私があっけなく涙腺を決壊させてしまった。これはおそらく、私がこれまで映画の中で観たもっとも感動的な告白シーンである。セリフが洒落ているとか場面の演出が巧いということだけではなく、それまで積み重ねられたすべてのエピソードが伏線として機能し、感動をもたらす。アン・リー監督と脚本家の見事な連携プレーという他はない。

 そして映画を観終えた後、脚本を書いたのがエリノアを演じた女優エマ・トンプソンと知ってまた驚いた。間違いなく一流の脚本家の仕事である。ストーリーテリング、心理描写、シリアスとコミカルの絶妙な配分、どれをとっても申し分ない。また彼女はDVD特典のインタビューで「エドワードはヒュー・グラントをイメージして当て書きした」と語っていたが、この映画の中のヒュー・グラントは他のどの映画の役柄よりも魅力的だったんじゃないかと思う。これも脚本の力だ。もう一人の主演男優、ブランドン大佐を演じたアラン・リックマンはヒュー・グラントとはまた違う大人の渋い魅力に溢れ、これまた良かった。

 物語が面白くて感動的なことに加えて、英国の田舎のあまりにも美しい映像が目の保養である。自然の美しさだけでなく、屋敷や庭園、そしてフェルメールの絵画を思わせる室内の光景にもため息が出る。印象に残るシークエンスも多く、傷心のマリアンヌが雨の中ウィロビーの館を眺めながらシェークスピアのソネットを呟くシーン、死線をさまよう妹をエリノアが看病するシーン、エドワードがエリノアを訪ねてくるシーン、あるいはマリアンヌがピアノを演奏しながら歌を歌うシーンなど、忘れられない「絵」がたくさんある。

 娯楽映画としても文芸映画としても一級品のこの映画については、もうとにかく観て下さいというしかない。美しく、面白く、優しく、かつ感動し、心が洗われた気分になる。こういう映画に出会うと、水野晴郎さんじゃないが、いやー映画ってホントにいいものですね、と言いたくなる。



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