アブソリュート・エゴ・レビュー

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トーマト

2015-08-25 00:10:38 | 音楽
『トーマト』 イエス   ☆☆☆★

 イエス9枚目のスタジオ・アルバム。アンダーソンとウェイクマンが脱退しバグルスと合体する直前のアルバムで、いわば崩壊前夜である。バグルス合体後は空中分解して『90125』まで活動停止となり、その後は復活したものの腰が据わらずメンバーチェンジばかり繰り返すようになる。だからファーストからこの『トーマト』までこそが、由緒正しい真正のイエスだったと考えるファンは多いことと思う。決してその後を否定するわけでもないし、『90125』もいいアルバムだが、あれはもう別のバンドだ。

 そういうわけで、イエス・ファンにとっては真正イエスのラスト・アルバムともいえるこの『トーマト』、確かに全盛期の輝きはすでに失われているが、決してつまらないアルバムではない。私は結構好きで、実際よく聴いている。ただし、通して聴くことは滅多にない。そこにこのアルバムの問題がある。

 冒頭の3曲は素晴らしい。3曲通した流れという意味ではほとんど完璧だ。そりゃ確かに『こわれもの』『危機』時代の緊張感や陰影はないが、その代わりにまるでミロの抽象画のように明るく、軽やかで、自由自在な音とイメージの飛翔がある。まるでシャンパンの泡かタンポポの羽のようにアンジェリックに、ヒラヒラと舞い踊る音の数々。特に一曲目の「A. Future Times / B. Rejoice」は傑作で、従来のイエスの持ち味である複雑なアレンジと構築美を存分に発揮しながらも、非常にリラックスしていて、ポップで、かつ自由自在な表現力を見せつけている。

 特徴的なのはスティーヴ・ハウのギターとリック・ウェイクマンのキーボードで、右と左に分かれておのおの好き勝手に弾きまくっているようでいて、実は完璧なアンサンブルになっている。ボトムを支えるクリスのベースはかつてのようにガリガリしていないが、コーラスがかかったような分厚い音が相変わらずの迫力だ。アラン・ホワイトのドラムは軽快かつ楽しげで、もはや完全にイエスに溶け込んでいる。

 そしてジョン・アンダーソンのヴォーカルはますます幼児退行し、ボーイソプラノに磨きがかかっている。ほとんど小鳥がさえずっているみたいで、こんな歌声を聴かせるシンガーは二人といないと思う。イエスの全歴史中この頃がもっとも高音域で歌っていて、「一人ウィーン少年合唱団」と言われていたのもこの時期だ。実際、この声はもはや地上のものではないと思う。このジョンの声と、ハウのひらひらと舞うようなギター、そしてウェイクマンの変幻自在のキーボード、この三つが揃って『トーマト』のメルヘンチックで愛らしいカラーを決定づけている。

 歓喜を歌う天使的なプチ組曲「A. Future Times / B. Rejoice」が終わると、イエスにしてはシンプルな「Don't Kill The Whale」。歌詞もこれまでにないストレートなメッセージ・ソングだが、やはりイエスらしいグッドメロディが冴える。後半、ウェイクマンが弾くキーボードの旋律にはちょっと東洋的なニュアンスがある。三曲目はウェイクマンのクラヴィノーヴァの上でジョンが歌う優しい「Madrigal」。ハウもアコースティック・ギターで参加。これもシンプルながら美しいメロディだ。ここまでの流れは、従来のイエス・ファンが聞いても充分以上に満足できる内容だ。

 問題はここからだ。「リリース・リリース」はスリリングな演奏で駄曲ではないものの、イエスらしいメロディの冴えがない。またイエス流ロックンロールを意図したようで途中にドラム・ソロが入るが、イエスらしくない泥臭さで、時流に媚びたようなその姿勢にますますテンションが下がる。「Arriving UFO」「Circus Of Heaven」は曲想があまりに子供だましで、「Onward」もきれいなバラードだがイエスらしい演奏のスリルはまったくなし。そしてキーとなるべきラストの長尺曲「On The Silent Wings Of Freedom」がやはり冴えないメロディの、悄然とした曲で、長いわりにアレンジも面白くない。冒頭三曲に見られたイエスらしい闊達さ、華やかさがまるでない。もしかしたらアンダーソンでなくスクワイヤが主導権をとっているせいかも知れない。

 やはりアルバムを聴き通して感じるのは、プログレが時代おくれになってパンクやニューウェーヴが盛り上がってきたからといってマネしたり、擦り寄ろうとしてもダメだということである。イエスはやっぱりイエスが得意なことを、堂々とやればいいのである。それをやっている冒頭三曲は今聴いても生彩があり、魅力がある。それに対し、なんだか無理をしている「リリース・リリース」以降は似合わないし、イエスのよさが死んでしまっている。もしくは、曲として弱い。

 そんなわけで私はいつも、このアルバムは冒頭三曲だけ聴いて終わることにしている。これだけ聴くと、「やっぱイエスっていいなー」と思えるんだけどなあ。



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