アブソリュート・エゴ・レビュー

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The Stranger

2008-09-20 13:11:23 | 音楽
『The Stranger』 Billy Joel   ☆☆☆☆☆

 ご存知ビリー・ジョエルの出世作『ストレンジャー』。30周年記念盤が出たということで買ってみた。『ストレンジャー』発表直前のライブ音源が付いている。

 アルバムは文句なく良い。『ムーヴィン・アウト』『ストレンジャー』『素顔のままで』『イタリアン・レストランで』『ウィーン』『シーズ・オールウェイズ・ア・ウーマン』など名曲のつるべ打ちだ。しっとりしたバラードから軽快な曲、組曲風の劇的な曲までバラエティに富んでおり、美メロ連発、しかもアルバム全体に染み渡る都会的な哀愁が泣かせる。この哀感というか、じわっとくるはかなさは初期ビリー・ジョエルの大きな特徴で、都会の吟遊詩人という称号がぴったりだが、このアルバムで大ブレークした影響か、次の『52nd Street』からは急に影を潜めてしまう。楽曲のポップさは増し、ヒットメイカーとしての熟練度はますます高まっていくのだが、この独特の陰りとはかなさを味わえるアルバムはこの『ストレンジャー』が最後になってしまう。一方、これ以前のアルバムはしみじみした情緒はあるものの、大ヒットするには力強さとキャッチーさに欠けると思わせる。つまり本作はビリーのキャリアの中で、哀感とポップさが理想的なバランスで拮抗した瞬間に生み出された作品であって、傑作となるのは当然だったとも言える。

 大ブレークのきっかけになったタイトル・チューン『ストレンジャー』など聴くと、コンパクトな中に実に効率良く魅力が盛り込まれていることに感心する。まず印象的なピアノと口笛のイントロとアウトロは哀愁漂いまくりで、小雨降る夜のマンハッタンにぴったりだし、いざ曲が始まると、打って変わって軽快なテンポとシャープなアレンジが小気味良い。そしてなんといってもサビのメロディの鮮烈さ。これがヒットしないで何とする、という完成度の高いポップ・ミュージックである。グラミー賞をとった『素顔のままで』も、官能的なビリーのヴォーカルとえもいわれぬ優美な旋律を堪能できる名曲だ。

 ところで30周年記念のオマケであるライブ音源がとてもいい。『ストレンジャー』発表直前ということで、おそらくビリー自身とバンドの勢いがもっとも良かった頃なのだろう。演奏が実に熱い。ビリーの声も若く、伸びがある。曲はもちろん『ストレンジャー』かそれ以前の曲ばかりで、つまりコンパクトなポップ・ソングよりピアノ弾きまくりの複雑な曲が多く、非常に聴き応えがある。有名な『ニューヨークの想い』などもピアノを筆頭に力のこもった演奏で、ビリーのヴォーカルもフェイク入れまくりでノリノリだ。『ストレンジャー』からは『素顔のままで』と『イタリアン・レストランで』をやっているが、ビリーが『素顔のままで』の紹介で「新曲です」と言ってるのが妙に感慨深い。とにかく全体に達者きわまりないピアノが印象的で、お前はリック・ウェイクマンかというぐらい饒舌に弾きまくっている。こんなにピアノが弾けたらさぞや気持ちいいだろう。ポップシンガーとしてしか彼を知らない人にとっては驚きに違いない。『Prelude/Angry Young Man』のイントロの速弾きピアノなど、『12 Gardens Live』と比べてもはるかに速い。一方MCでは、会場の決まりで禁煙をアナウンスしなければならないところでそれを茶化し、「灯りをつけられても構わないだろ? おれに演奏を止めさせたいならステージから引きずりおろしてみろってんだ」なんて言ってる。若さとともに突っ走るビリーの姿が目に浮かぶようだ。その他にもバンド紹介でサウンドエンジニアの誕生日だと言ってハッピー・バースデイを歌ったり、アットホームな雰囲気のコンサートである。観客の言うことにいちいち反応して「What?」と盛んに聞き返しているのもおかしい。ビリーの人柄が伝わってくる。

 ちなみに私はマンハッタンのレストランでランチをしているビリーに遭遇したことがあり、ニューヨーカー達が遠巻きに眺める中、話しかけてサインをもらい握手してもらったことがある。友人か仕事仲間らしき男性と二人で食事中だったが、気さくに応じてくれた。いい人だ。


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