アブソリュート・エゴ・レビュー

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恋の罪

2012-08-16 21:01:30 | 映画
『恋の罪』  園子温監督   ☆☆☆★

 DVDで観賞。相変わらずエログロ満開だが、今回はひときわエロである。テーマはセックスといっていいだろう。と同時に、単なるエロ作家ではない園子温監督の文学趣味も前面に出ている。「城」というカフカ絡みのキーワードもそうだし、田村隆一の詩が重要な意味合いで引用されているのもそうだ。ひょっとしたらタイトルもサドを意識しているのかな?

 ストーリーは、有名な東電OL殺人事件にインスパイアされたということで、渋谷の円山町で起きた猟奇殺人の謎を女刑事(水野美紀)が追うというミステリ形式になっているが、実際は作家の貞淑な妻(神楽坂恵)がどんどん自己のセックスを解放していくその過程を描いた映画、といった方が正しい。作家妻は何かをしたいという衝動に突き動かされてスーパーのアルバイト(ソーセージ売り)を始め、モデルになり、騙されてAV女優になり、やがて渋谷円山町の立ちんぼになる。このプロットはサドの小説や『O嬢の物語』『城の中のイギリス人』『イマージュ』といったフランスの暗黒官能小説を連想させ、園監督自身もこの系譜に連なるエロティシズム映画を作ろうとしたのではないかと思われる。

 あるいはあの『エマニュエル夫人』を思い出してみてもいい。清楚で上品な、上流階級の女がセックスを通して「教育」され、自分を解放していく(あるいは世間常識的には「堕落」していく)というプロットが同じだし、その過程でヒロインのメンターともいうべき人物が登場するのも同じだ。この映画において作家妻のメンターとなるのは富樫真演じる大学助教授で、彼女は有名大学の助教授でありながら夜は円山町で立ちんぼをやっている。動機はもちろん金ではなく、思想的なもので(だから数千円程度でも身体を売る)、そこには彼女自身の生い立ちと父親の血が関係していることも暗示される。彼女はその思想をもって作家妻を教育し、言葉と身体性の相克から解放されよと告げる。作家妻の方もそれを受け入れ、一種の修行として立ちんぼを実行する。最後には暗黒エロティシズム小説のフォーマット通り、性に関するタブーや良識から完全に解放された境地に至る。

 園監督は、彼女たちの「思想」を田村隆一の詩を使って説明しているが、こうした「文学臭」が『冷たい熱帯魚』のファンに本作が不評である理由だと思われる。多分、ここに園監督の作家としてのジレンマがある。彼自身は単なるエログロでなくメタフィジクスへの志向を持っているのだが、メタフィジクスつまり文学性を求める観客は彼の映画の過剰な猟奇性を嫌悪し、逆にストレートなエログロを求めるファンは文学臭に顔をしかめる、ということになってしまっている可能性がある。

 個人的にはメタフィジクスを盛り込むのは構わないが、表現の方法が物足りない。セリフに頼り過ぎで、くどい。それに東電OL殺人事件の衝撃は一流企業のOLがなぜ立ちんぼなんかやったのかという点にあると思うが、園監督はこうした社会的テーマには関心がないらしく、ほぼ素通りしてしまう。かと思うと、その一方で女たちが性行為をしつつギャーギャー叫んだり笑ったりという、目先のインパクト狙いとしか思えない「過激」なシークエンス作りに熱中する。更に、こなれていない持って回ったセリフや演技があちらこちらで目につき、この映画にアングラ演劇っぽい青臭い雰囲気を与えている(特に神楽坂恵はあまり演技力がないために余計に目立つ)。『冷たい熱帯魚』もそうだったが、こういうところに園監督の意外な雑駁さを感じる。

 ところで本作では、あの水野美紀がヘアヌードを披露している。ヘアヌードというのは写真でだけOKなのかと思っていたが、最近じゃもう映画でヘアが映っても問題ないらしい。日本も進歩したものだ。ということはさておき、私は結構水野美紀が好きで、彼女のヘアヌードシーンはちょっとだけしかないけれども、それなりに衝撃的だった。あの『ガメラ2』で初々しかった娘さんがこうなるとはなあ。それにしてもあの冒頭のヘアヌード、映画の話題づくりという以外に何か意味があったのだろうか。


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