アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

こわれもの

2008-06-23 21:03:51 | 音楽
『こわれもの』 イエス   ☆☆☆☆☆

 イエスの最高傑作は『危機』だとして、次はどれだと言われると私は迷わずこの『こわれもの』を選ぶ。『危機』と『こわれもの』、このチョイスはイエス・ファン最大公約数的意見であって、当たり前すぎて面白くないといわれても仕方がない。意表をついて「いや『リレイヤー』こそ最高傑作だ」とか「実は『究極』かも知れない」とか「ひょっとしたら『90125』では」といってみたい気もするが、やはり自分の気持ちに嘘はつけない。『危機』と『こわれもの』は別格である。
 この二つのメンバーは同じで、ジョン・アンダーソン、スティーヴ・ハウ、クリス・スクワイア、リック・ウェイクマン、ビル・ブラッフォード。そしてこの五人のイエス作品は『危機』と『こわれもの』、この二つしかない。まさに黄金メンバー。

 サウンドの感触は『危機』とよく似ている。乾いて、ざらついていて、ヒリヒリするような緊張感。決して甘くない。初期のイエスはとてもポップで、ジョン・アンダーソンの書くメロディは甘くてキャッチーだし、どこかブロードウェイ・ミュージカルの曲に通じるような大衆性があった。前作のサード・アルバムでも『I've Seen All Good People』『Yours Is No Disgrace 』『Perpetual Change』などは演奏こそ複雑で凝っているものの、メロディにはイエス独特の穏やかさ、おおらかさが感じられた。ところがこのアルバムではその明るさが薄れ、どこかシュールな暗さが漂っている。電子音が急激にフェイド・インし、スティーヴ・ハウのアコースティック・ギターに切り替わる『Roundabout』のイントロからして、ピリピリしたような剣呑な緊張感が漂っている。

 本作で新規加入したのはキーボードのリック・ウェイクマンだが、前任者のトニー・ケイに比べてはるかにテクニカルな彼のプレイが全体の雰囲気に影響していることは間違いない。速弾きが得意で、スティーヴ・ハウのギターに負けないアグレッシヴなフレーズをビシビシ叩きつけてくる。『Roundabout』の中間部、静かになるところでシンセサイザーが妙に速いフレーズを鳴らしているのが、最初に聴いた時はとても印象的だった。シーケンサーみたいだがもちろん当時はそんなものはなく、手で弾いているのである。

 『危機』がきわめて複雑な大曲三つで構成されているのに対し、『こわれもの』はより簡潔な小曲が並ぶアソートメントという趣だ。キー曲は『Roundabout』『South Side of the Sky』『Long Distance Runaround』『Heart of the Sunrise』の四曲で、その合間にメンバー各人のソロ5曲が挟まっている。このソロが各人の個性が出ていてなかなか面白い。リック・ウェイクマンはブラームスをシンセサイザーで華やかにアレンジしているが、トニー・ケイだったら絶対こんなことはやらないだろう。このリックのソロは、これからイエスが本格的にシンフォニック・ロックへ変貌していくことを予告しているかのようだ。

 ジョン・アンダーソンのソロは、さまざまなメロディを繰り返し歌うヴォーカルを多重録音した作品だが、歌を聴かせるというより声を楽器のように使っているのが興味深い。自分の声の特殊性を充分に意識していると思われる。ジョン・アンダーソン以外絶対に歌えない曲だ。ブラッフォードのソロは変拍子を聴かせるほんの数秒の断片。クリスのソロはベースを多重録音した曲だが、ゴリゴリしたベースでメロディを弾きまくり、「ベースはメロディ楽器そのものだ」という独自の哲学を心ゆくまで実践している。スティーヴ・ハウはお得意のアコースティック・ギターのソロ。サード・アルバムでは陽気な『Clap』だったが、この『Mood for a Day』はクラシカルで哀愁漂う静かな曲だ。ひとつの楽曲として非常によく構成されている。リック・ウェイクマンと同じように、ハウもクラシック志向を持ったギタリストであることが分かる。

 キーとなる四曲が簡潔というのはあくまで『危機』と比べればの話で、ロック・ミュージックとしては充分に複雑で、激しい演奏と静けさを合わせ持つ陰影に富んだ曲ばかりだ。特に最後の『Heart of the Sunrise』は11分に及ぶ大作で、激しく緊張感溢れる導入部、静かな歌い出し、めまぐるしく曲想が変わる中間部を経て劇的なエンディングに至るという、まさに『危機』を予告するような傑作だ。もちろん『危機』のプロトタイプなどではなく、陰りのある独特の緊張感と抒情性がミックスされた個性的な曲になっている。イエスの最良の部分が集約された曲といっていいかも知れない。私はとにかくブラッフォードのスココン・ドラムとスクワイアのゴリゴリ・ベースのコンビネーションが好きなので、この曲の序盤で聴けるバトルや終盤の盛り上がりはもうたまらないものがある。

 『危機』ほどのギリギリ感はないので、何度も繰り返し聴くにはこの『こわれもの』の方が向いているかも知れない。イエスの魅力が全開になった傑作である。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿