アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

センチメンタルな殺し屋

2006-06-18 09:47:54 | 
『センチメンタルな殺し屋』 ルイス・セプルベダ   ☆☆☆☆

 チリの作家、ルイス・セプルベダの中篇集。『センチメンタルな殺し屋』『ヤカレー』の二篇が収録されている。

 傑作『ラブ・ストーリーを読む老人』がラテンアメリカ文学らしく密林を舞台にしたものだったのに対し、本書の二篇では都会が舞台になっていて、ハードボイルド調である。だいぶ雰囲気が違う。ブラジルから自然の復讐者がイタリアにやってくる『ヤカレー』は『ラブ・ストーリーを読む老人』に共通するテーマを持っているが、『センチメンタルな殺し屋』は完全に殺し屋小説だ。しかも、かなり優れた殺し屋小説である。『ラブ・ストーリーを読む老人』とは趣きが違うが、こちらもやはり傑作だ。

 まあ殺し屋小説というジャンルがあるかどうか知らないが、例えばジャン・パトリック・マンシェット『殺戮の天使』『殺しの挽歌』『眠りなき狙撃者』、あるいはミシェル・リオ『踏みはずし』などは非常に好きである。共通するのはクールさ、端正さで、唐突に噴出する暴力が作品に緊張感をもたらす。北野武のバイオレンス映画も似たようなテイストがある。この『センチメンタルな殺し屋』もその系列だ。

 文体は簡潔で省略が効いており、ブコウスキーみたいなぶっきらぼうなところもあるが、ラテンアメリカ文学らしいポエジーもある。そのバランスが非常に心地よく、私にとってこの人の文体はとても魅力的だ。無骨さとリリシズムの同居という意味ではちょっとホアン・ルルフォを思わせるところもある。ああいう文章が好きな人はツボだと思う。物語の展開も非常にスピーディーである。殺し屋の最後の仕事と切ない情事を絡めた物語で、クールさ、暴力、そして切なさがないまぜになって美しい。どこかオフビートなユーモアもある。エンタメ的ストーリーだし、読みやすい文章なのですいすい読めるが、かなり内容は濃い小説だと思う。

 もうひとつの『ヤカレー』は保険会社の調査員が主人公。やはり殺人事件がらみの話だが、やがて保護指定の動物を殺戮する皮革商会に復讐するため、ブラジルの密林からやってきたインディオの話に発展する。ヤカレーというのはワニの名前である。これも一種の殺し屋小説、もしくはハードボイルド小説と言えるが、別世界からやってきた復讐者達の孤独と哀切さが胸を打つ。

 優れた殺し屋小説・殺し屋映画は、みな暴力の必然的結末として虚無的な終わり方をするが、本書の二篇も例外ではない。その虚無感に哀切な情感がミックスされているのがこの人の持ち味である。そういう意味では『センチメンタルな殺し屋』というタイトルは本書にぴったりだ。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿