アブソリュート・エゴ・レビュー

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原子心母

2008-10-18 01:48:22 | 音楽
『原子心母』  ピンク・フロイド   ☆☆☆☆☆

 ピンク・フロイドといえば『狂気』、というのが世間の常識だろうが、個人的に一番愛聴しているのはこれである。これが一番傑作と言いたいわけではないが、いつ聴いてもしっくり来るし、聞き飽きるということがない。つまりなんというか、間違いがない。

 年代的には『狂気』より前で、『狂気』以降の完璧なサウンド・プロダクションではなく、まだどことなく実験作的な雰囲気を漂わせている。しかしその微妙に隙があるような感じがまたいい。それから本作の特徴としては、メインの大作である「原子心母」にはリード・ヴォーカルがなく、ホーンと混声合唱団のコーラスが大きくフィーチャーされている。つまり『狂気』で聴ける穏やかなギルモアのヴォーカルも、『ザ・ウォール』で聴けるオペラチックなウォーターズのヴォーカルもなく、もちろん歌詞もなく、そのせいで妙に匿名的で、抽象的なムードが漂っている。フロイドの作品の中で一番クラシックの匂いがする。曲調は例によってメランコリックだが、スローで独特の癒し効果があり、心地よさは『狂気』に勝るとも劣らない。それからホーンやコーラスのアレンジに珍しく不協和音が取り入れられており、どことなく実験的で大胆な構成とあいまって、醸しだす情緒の複雑玄妙さは『狂気』をしのいでいると思う。24分の大作だが、イエスのようにかっちりした構成の組曲じゃなく、盛り上がっているんだかなんだか良く分からないような茫洋とした構成になっているのがまた何度聴いても飽きない。

 あとはメンバー各人が作曲した小品四曲が並んでいるが、アコースティックで牧歌的な曲が多い。呟くように歌うウォーターズの『If』はフォークソングみたいだし、ギルモアの『Fat Old Sun』もそう。最後の『Alan's Psychedelic Breakfast』がまた面白く、アランが部屋を歩き回ってジュースを飲んだり目玉焼きを作ったり食べたりする音が、演奏と交互に挿入される。最初は「なんじゃこりゃ」と思ったが、聴きなれるとこの目玉焼きを焼く音や何かをムシャムシャ食べる音が大変気持ちいいのである。実験作なんだろうが、ちゃんと完成度が高い音楽になっている。さすがピンク・フロイド。

 ところで「原子心母」という邦題は意味不明でありながら実に自然な四字熟語で、ゴロも良く、もともと日本語に存在する単語としか思えないが、これもまたこのアルバムの不思議な感触を伝えている。これは「Atom Heart Mother」の直訳で、胸にペースメーカーを入れていたウォーターズの母親のことらしい。


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