『暗闇仕留人』 ☆☆☆★
中村主水シリーズ第二弾である。時代は幕末、殺し屋チームは主水(藤田まこと)、糸井貢(石坂浩二)、村雨の大吉(近藤洋介)の三人。サポートメンバーが仕置人に続いて半次(津坂匡章)とおきん(野川由美子)。
さて、『必殺仕置人』のパワフルさと打って変わって、『暗闇仕留人』はおそらく主水シリーズ中最も静謐な作品である。『仕置人』の基調がバイタリティと躍動感だとしたら、『仕留人』の基調は哀しみである。正反対と言っていい。これはメインキャラクターの違いをそのまま反映していると思われる。本作品のメインキャラクターは、石坂浩二演じるところの糸井貢である。
前髪をはらりと垂らした糸井貢はインテリである。元蘭学者、高野長英の門下生であり、医学の心得もある。その秀才の彼が高野長英の逃亡を幇助したことから奉行所に追われる身の上となり、世を忍び人目をしのび、見世物小屋の三味線弾きとして暮らしている。あやというよく出来た妻がいて愛妻家だが、あやは病身である。なんとも悲劇的な境遇だ。
こういう境遇であるからして、糸井貢は世をすねた陰のあるキャラクターとして描かれる。基本的には親切で思いやり深い性格なのだが、他人と一歩距離を置こうとするクールさと、時には「こんな薄汚い小屋、客が入るだけ不思議じゃないか」と雇い主に毒づくような苛烈さも持っている。特に仕留人仲間の(そして義兄弟でもある)主水と大吉に対しては異常なまでに冷ややかで、妻のあやに見せる痛ましいまでの優しさと対照的である。『仕置人』の鉄とは、まさに対極のキャラクターと言っていい。殺しに対する態度も正反対で、笑いながら仕置をする鉄に対し、糸井は悩みつつ、哀しみをこらえて仕置をする。
特に糸井メインの初期エピソードにその色が濃い。常に殺しをためらう糸井がやむなく殺しに手を染める、その哀しみが仕置きシーンの基本トーンだ。BGMも躍動感は抑えられ哀愁漂うものになっている。
この糸井貢というキャラクターは非常に魅力的だ。クール一辺倒でもなく、優しいばかりでもない、かなり複雑な性格に設定されている。子供の頃再放送で初めて見た時、石坂浩二という俳優がこんな陰のある役をやっていることに驚いた記憶がある。それまで人畜無害な人の良いお兄さんという印象しかなかったのだ。
糸井貢というとまっさきに思い浮ぶのは、見世物小屋で三味線を弾いている姿だ。その隣に中村主水が来てぼそぼそと仕事の話をするのだが、糸井は冷ややかな顔をして前を向き、ただ三味線を弾いている。何を考えているか分からない。このクールさが実になんともカッコイイ。クールと言っても『必殺仕置屋稼業』の市松のような非人間的なクールさではない。糸井は優しい性格だし、見世物小屋の仲間やご近所さんと一緒にいる時は普通に気さくで、冗談を言ったり笑ったりするいいお兄さんだ。それがこの世の矛盾や非道を目にした時、また殺しという裏稼業でつながっている仕留人仲間と接する時、虚無感をむき出しにしたニヒリストとしての顔を見せる。
それから殺し技がまたカッコイイ。糸井の殺し技は前半と後半で変更されるのだが、前半は三味線のバチに仕込んだ刃で喉を切り裂く。後半は絵筆入れに仕込んだ針で刺殺する。私は断然バチの方が好きで、どうして筆入れなんかに変更したのか不思議でしょうがない。糸井のバチ殺しは個人的には必殺シリーズ史上最もカッコイイ殺し技である。一般にカッコイイ殺し技といえば市松の竹串か勇次の三味線糸あたりなのだろうが、トリッキー過ぎず、派手過ぎず、それでいて凶器としてリアリティがある仕込みバチの方が私は好きだ。
白いバチを逆手に持ち、水平に構えてターゲットと対峙する糸井貢のカッコ良さ。バチを一閃させて喉を切り裂くあのスピード感。決して派手ではない、むしろ地味な殺し技なのだが、そのシブさがたまらない。もちろん、それも糸井貢のキャラクターの魅力があっての話である。
山田五十鈴も『からくり人』や『仕事人』で三味線のバチを武器にしているが、糸井貢の場合仕込み刃を露出させる動作が加わっているところが違う。つまりこの仕込みバチ、二枚のバチを重ね合わせたような形になっていて、普段は刃を隠している。仕置の際、糸井はバチを目の前にかざし、もう片手を添えて上の部分をスッとずらす、するとギラギラ光る刃が現れる。これを逆手に持ち、相手に襲いかかる、という段取りである。最初はそのずらすアクションもきっちりやっていたが、そのうち省略されるようになってしまって残念だった。
ちなみに、大吉の殺しは心臓を鷲掴みにして鼓動を止めるという荒業。『仕置人』の鉄に続いてレントゲンの映像が使われる。殺しの前にはいつもクルミを握りつぶす習慣があり(ウォーミングアップか?)、そのカリカリッという音がクール。
…カリカリッ…「誰だ、そこにいるのは!」
糸井貢が仕留人になったのは妻あやの治療代を稼ぐためという理由があったのだが(第一話で糸井は金欲しさに主水を襲う)、そのあやはシリーズ途中で殺されてしまう。それ以降糸井は急速に非情さを増していき、仲間のおきんから「怖い」と言われるまでになるが、最後にインテリ故の迷いのせいで死んでいく。「すまなかった」と一言だけ仲間に言い残して。
最後まで悲劇的な、哀しみを背負った主人公であった。
中村主水シリーズ第二弾である。時代は幕末、殺し屋チームは主水(藤田まこと)、糸井貢(石坂浩二)、村雨の大吉(近藤洋介)の三人。サポートメンバーが仕置人に続いて半次(津坂匡章)とおきん(野川由美子)。
さて、『必殺仕置人』のパワフルさと打って変わって、『暗闇仕留人』はおそらく主水シリーズ中最も静謐な作品である。『仕置人』の基調がバイタリティと躍動感だとしたら、『仕留人』の基調は哀しみである。正反対と言っていい。これはメインキャラクターの違いをそのまま反映していると思われる。本作品のメインキャラクターは、石坂浩二演じるところの糸井貢である。
前髪をはらりと垂らした糸井貢はインテリである。元蘭学者、高野長英の門下生であり、医学の心得もある。その秀才の彼が高野長英の逃亡を幇助したことから奉行所に追われる身の上となり、世を忍び人目をしのび、見世物小屋の三味線弾きとして暮らしている。あやというよく出来た妻がいて愛妻家だが、あやは病身である。なんとも悲劇的な境遇だ。
こういう境遇であるからして、糸井貢は世をすねた陰のあるキャラクターとして描かれる。基本的には親切で思いやり深い性格なのだが、他人と一歩距離を置こうとするクールさと、時には「こんな薄汚い小屋、客が入るだけ不思議じゃないか」と雇い主に毒づくような苛烈さも持っている。特に仕留人仲間の(そして義兄弟でもある)主水と大吉に対しては異常なまでに冷ややかで、妻のあやに見せる痛ましいまでの優しさと対照的である。『仕置人』の鉄とは、まさに対極のキャラクターと言っていい。殺しに対する態度も正反対で、笑いながら仕置をする鉄に対し、糸井は悩みつつ、哀しみをこらえて仕置をする。
特に糸井メインの初期エピソードにその色が濃い。常に殺しをためらう糸井がやむなく殺しに手を染める、その哀しみが仕置きシーンの基本トーンだ。BGMも躍動感は抑えられ哀愁漂うものになっている。
この糸井貢というキャラクターは非常に魅力的だ。クール一辺倒でもなく、優しいばかりでもない、かなり複雑な性格に設定されている。子供の頃再放送で初めて見た時、石坂浩二という俳優がこんな陰のある役をやっていることに驚いた記憶がある。それまで人畜無害な人の良いお兄さんという印象しかなかったのだ。
糸井貢というとまっさきに思い浮ぶのは、見世物小屋で三味線を弾いている姿だ。その隣に中村主水が来てぼそぼそと仕事の話をするのだが、糸井は冷ややかな顔をして前を向き、ただ三味線を弾いている。何を考えているか分からない。このクールさが実になんともカッコイイ。クールと言っても『必殺仕置屋稼業』の市松のような非人間的なクールさではない。糸井は優しい性格だし、見世物小屋の仲間やご近所さんと一緒にいる時は普通に気さくで、冗談を言ったり笑ったりするいいお兄さんだ。それがこの世の矛盾や非道を目にした時、また殺しという裏稼業でつながっている仕留人仲間と接する時、虚無感をむき出しにしたニヒリストとしての顔を見せる。
それから殺し技がまたカッコイイ。糸井の殺し技は前半と後半で変更されるのだが、前半は三味線のバチに仕込んだ刃で喉を切り裂く。後半は絵筆入れに仕込んだ針で刺殺する。私は断然バチの方が好きで、どうして筆入れなんかに変更したのか不思議でしょうがない。糸井のバチ殺しは個人的には必殺シリーズ史上最もカッコイイ殺し技である。一般にカッコイイ殺し技といえば市松の竹串か勇次の三味線糸あたりなのだろうが、トリッキー過ぎず、派手過ぎず、それでいて凶器としてリアリティがある仕込みバチの方が私は好きだ。
白いバチを逆手に持ち、水平に構えてターゲットと対峙する糸井貢のカッコ良さ。バチを一閃させて喉を切り裂くあのスピード感。決して派手ではない、むしろ地味な殺し技なのだが、そのシブさがたまらない。もちろん、それも糸井貢のキャラクターの魅力があっての話である。
山田五十鈴も『からくり人』や『仕事人』で三味線のバチを武器にしているが、糸井貢の場合仕込み刃を露出させる動作が加わっているところが違う。つまりこの仕込みバチ、二枚のバチを重ね合わせたような形になっていて、普段は刃を隠している。仕置の際、糸井はバチを目の前にかざし、もう片手を添えて上の部分をスッとずらす、するとギラギラ光る刃が現れる。これを逆手に持ち、相手に襲いかかる、という段取りである。最初はそのずらすアクションもきっちりやっていたが、そのうち省略されるようになってしまって残念だった。
ちなみに、大吉の殺しは心臓を鷲掴みにして鼓動を止めるという荒業。『仕置人』の鉄に続いてレントゲンの映像が使われる。殺しの前にはいつもクルミを握りつぶす習慣があり(ウォーミングアップか?)、そのカリカリッという音がクール。
…カリカリッ…「誰だ、そこにいるのは!」
糸井貢が仕留人になったのは妻あやの治療代を稼ぐためという理由があったのだが(第一話で糸井は金欲しさに主水を襲う)、そのあやはシリーズ途中で殺されてしまう。それ以降糸井は急速に非情さを増していき、仲間のおきんから「怖い」と言われるまでになるが、最後にインテリ故の迷いのせいで死んでいく。「すまなかった」と一言だけ仲間に言い残して。
最後まで悲劇的な、哀しみを背負った主人公であった。
貢のクールで優しく繊細なキャラクターが凄く魅力的。
石坂浩二と言えば単純に金田一というイメージでしたが、金田一要素ゼロの全くの別人っぷりに驚きました。
必殺シリーズの映画をこの頃よくやっていて、懐かしく見ています。
暗闇仕留人はもう46年も前のドラマですが、1番好きでした。
「ありがとう」に出ていた石坂浩二さんとは大違い。ニヒルでクールでかっこいい。
のちの飾り職人の秀や、花屋の政に通じるものが無きにしも非ず。
動きはあまり俊敏ではないですが、悲しみの漂うそのまなざしが、三味線の撥という武器にもよくあって素敵でした。最終回は泣きました。
今は、なぜ石坂さんが仕事人の役を受けたのかすごく不思議です。
(おしゃべりでうんちくを語るイメージなので)