アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ドラマ

2012-08-20 19:32:34 | 音楽
『ドラマ』 イエス   ☆☆☆★

 イエスが1980年に発表したアルバムだが、イエスの歴史の中では異色作と言っていいだろう。オリジナル・メンバーでありバンドの顔とも言えるヴォーカリストのジョン・アンダーソンと、前にも一度脱退歴のあるキーボードのリック・ウェイクマンが脱退し、かわりに「ラジオスターの悲劇」をヒットさせたバグルスの二人組がそのまますっぽり入るという、驚天動地の合体劇を見せた作品なのである。私は当時すでにイエスのファンだったので覚えているが、これは非常に衝撃的だった。最初は冗談かと思った。そもそもバグルスはテクノ・ポップ系のユニットで、イエスとは音楽性のミスマッチ感ありまくりだったのである。

 しかし後になって知ったことだが、バグルスの二人はもともとイエスのファンで、バグルスのデビュー・アルバム『The Age Of Plastic』は「貧弱なイエス」と音楽雑誌に形容されたこともあるという、浅からぬ縁(?)があったらしい。まあ『The Age Of Plastic』がイエスに似ているとはあんまり思わないが、どことなく共通するものはある。

 それからトレヴァー・ホーンがジョン・アンダーソンの後釜に座ったことに関しては、「声がそっくり」ということが当時やたらと喧伝された記憶がある。今聴くと声質はそれほど似ていないが、ハイトーンになるところの歌い方がかなり似ている。しかしさすがにジョン・アンダーソンのキーで歌うのはつらかったようで、昔「Into The Lens」か何かのPVで、ヘロヘロになりながらがんばって高い声を出しているトレヴァー・ホーンの姿を見たことがある。結局、バグルス・イエスはこのアルバム一枚だけで空中分解してしまう。

 まあそんなこんなで異色作扱いされている本作だが、内容はしっかりとイエスしている。前作の『トーマト』では可愛らしい小品の連発に走ったイエスだったが、今回はバグルス加入で危ぶまれたこともあってか、初期のイエス・サウンドを意識した緊張感のある仕掛けの多い曲に路線を戻していて、そういう意味では『トーマト』よりイエスらしいとも言える。

 とりあえず私にとって、このアルバムは一曲目の「マシーン・メシア」に尽きる。アルバム中最長の10分越えの曲で、組曲形式になっている。アルバムの目玉である。コンポーザーとしてのジョン・アンダーソンを失ったハウとスクワイヤ渾身の一曲で、過去のイエスのイメージを裏切らず、かつバグルス組の新しい持ち味も生かそうという努力のあとが見られ、そしてそれはかなり成功している。アレンジに「Yours Is No Disgrace」に似たところがあったりして、ハウとスクワイアの原点回帰の意思がうかがわれる。実際この曲は非常にかっこ良く、アレンジも緻密で構成も巧み、メロディも良く、ドラマティックな盛り上がりもある映える曲だ。イエス・ファンのツボを抑えた曲と言ってもいい。

 再生を開始すると、まずかなり歪ませたハウのエレクトリック・ギターのリフがフェード・インし、その後せーのでリズムセクションが入る。ベースもドラムも太い音で、ハウのギターリフも含めかなりハードなサウンドだ。いつも私が文句を言うアラン・ホワイトのドラムもこの頃になるとスクワイアと息がぴったりで、ぶっとい音と手数の多さが気持ちいいし、スクワイアのベースも初期に戻ってガリガリいっている。さらに、イントロからいきなり明確に主張してくるのがキーボーディスト、ジェフ・ダウンズの新しい個性である。これまでのイエスになかったポップなセンスがある。いきなりポルタメントで下降するあの白玉シンセサイザーはあまりにも衝撃的だったし、さまざまな音色で曲を華やかに装飾していくセンスと引き出しの多さはさすがテクノ仕込みと感心させられたものだ。そして歌が始まり、トレヴァー・ホーンのヴォーカルが耳に飛び込んでくる。スクワイアとハモっていることもあるけれども、確かにジョン・アンダーソンに近い声の質感だ。メロディとアレンジもイエスらしい明るい曲調で、テンポ良く快調に進んでいく。インスト部分の演奏も力が入っていて、キーボードとベースの掛け合いなど挟みながら緻密な展開を見せつけ、重厚なイントロのテーマに戻った後、静かなパートでクールダウンする。ハウが瞑想的なアコースティック・ギターを奏で、ホーンとスクワイアがハーモニーを聴かせる。再びハウの歪んだギターリフがフェード・インし、アップテンポな激しい演奏に戻る。微妙に違うアレンジで最初のパートを繰り返し、最後はまた静かで瞑想的なパートに戻ってホーンとスクワイアの歌で終わる。構成としては動-->静-->動-->静となっていて、これまでにないパターンである。

 この曲の魅力を一言で言い表すならば、従来のイエスの魅力であるキャッチーなメロディとギター&リズム隊の凝りまくった演奏を骨組みとし、そこににジェフ・ダウンズのキーボードがポップでカラフルな装飾を施して完成させていくその相乗効果にあると思う。ジェフ・ダウンズのキーボードはウェイクマンと違って、フレーズよりもその音色の組み合わせに本領がある。「マシーン・メシア」はイエス組の持ち味とバグルス組の持ち味がうまく融合した、拍手喝采ものの成功例であると言ってしまおう。

 一方、他の曲もアレンジや演奏に力がこもっているのは同じだが、曲の魅力という点では明らかに落ちる。新生イエスの中核となってがんばらなければならないハウとスクワイアのコンポーザー・チーム、「マシーン・メシア」で精魂使い果たしてしまったのだろうか。バグルス組による「Into The Lens」はポップなメロディで悪くないが、イエス組のアレンジがくどくて逆効果になっている。同じ曲がバグルスのセカンド・アルバムに「I Am A Camera」というタイトルで、よりシンプルなアレンジで収録されているが、私はこっちの方がいいと思う。力が入り過ぎというやつだ。他の曲も「初心に帰ったイエスの演奏力を見ろ!」とばかりに複雑で盛りだくさんなアレンジが披露されているが、曲そのものの魅力に欠けるのが致命的である。やはり、ジョン・アンダーソンの抜けた穴は大きかった。

 とはいえ、個人的には「マシーン・メシア」一曲でこのアルバムはオーケーである。「危機」に並ぶとは言わないまでも、「錯乱の扉」や「悟りの境地」には肩を並べる出来だと思う。




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