アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

The Rewrite

2016-01-15 22:04:35 | 映画
『The Rewrite』 マーク・ローレンス監督   ☆☆☆☆

 ヒュー・グラントの近作をiTunesで鑑賞。久々に見たおヒューはさすがに老けたな、という印象だ。髪もだいぶグレイ・ヘアがかってるし、皺も増えた。しかし喋って動いていると雰囲気は全然変わらない。あいかわらずテキトーで情けなくて、しかし憎めないキャラクターを軽やかに演じている。

 映画も完全にいつものパターンで、予定調和の世界だ。ストーリー展開に意外性はまるでない。が、エンタメ作品としては、これはこれで悪くないと私は思っている。いってみればアガサ・クリスティーやアーサー・ヘイリーの小説のような、良質の予定調和である。大体この手のロマコメはすべて予定調和という言い方も出来るのだが、当然ながら個々の作品には出来不出来があるわけで、その意味でこれはなかなか出来がいいおヒュー映画だ。

 ちなみにマーク・ローレンス監督はやはりおヒュー主演の『ラブソングができるまで』の監督だが、本作もこれとほぼ同じパターンである。主人公のキース(ヒュー・グラント)はかつてヒットを飛ばしたハリウッドの脚本家で、今は落ち目。仕事がない。仕方なく一時的にロスを離れ、ニューヨーク州の田舎町の大学でシナリオ講座の講師を引き受ける。どうせ一時の腰かけのつもりなのでまったくやる気がないキース、受講生を顔で決めたり、いきなり一ヶ月休講にしたりとやりたい放題。しかしそんな彼が、純粋に映画を愛する生徒たちと交流するうちに……というお話。これだけ読めばもう結末まで分かったも同然である。ではそんな映画のどこが良質なのか。まあ大部分は単なる私の好みかも知れないが、以下にそれを説明したい。

 まず、舞台となるビンガムトンの佇まいがよろしい。ビンガムトンはニューヨーク州郊外のこじんまりした静かな町で、雨が多い。ロスが恋しいキースは気に入らないが、まるで箱庭のようなつつましい美しさがあるアメリカの田舎町、というのは私のツボである。ヴィジュアル的な心地よさだけでなく、人々の交流にコミュニティの幸福感がある。雨ばかり降っているのもしっとりした感じで悪くない。ショービズ界を舞台にした『ラブソングができるまで』はガチャガチャした賑やかな感じが苦手だったが、本作の落ち着いた雰囲気はかなり良い。

 次に、映画作りや映画そのものに関する薀蓄がたくさん盛り込まれていて愉しい。キースの講義内容はとても興味深い。たとえば映画の脚本ではキャラクターがストーリーを動かさなくてはならず、決してその逆であってはならない。あるいは、脚本家はなぜ自分がその物語を書こうと思ったのか、そのおおもとの動機を大切にしなければならない。なぜなら脚本作りはあてどなく大海をさまようようなものであり、そもそもの動機に立ち返ることが必ず助けになってくれるから。あるいは、欠点があるキャラクターは興味深く、優等生的なキャラクターは薄っぺらい。あるいは、マーク・トゥエイン曰く、正確な言葉とほとんど正確な言葉の違いは稲妻とホタルの違いに等しい。などなど。

 映画そのものへの言及としてはスター・ウォーズ・マニアの生徒は言うに及ばず、『ダーティー・ダンシング』やディズニー映画、ウディ・アレンの『アニー・ホール』など枚挙に暇がない。また大学教授との会話ではシェイクスピアやジェーン・オースティンなど文学作品への言及も多数。特にジェーン・オースティンについてはキースと女性教授が険悪な議論をする(キースはオースティンの小説を瑣末なことばかりだと批判する)など、ネタ度が高い。全体に、映画好き、文学好きに対するくすぐりネタが非常に豊富である。

 ギャグの匙加減も良い。私はヒュー・グラントの魅力はイギリス風のアイロニーにあり、あまりアメリカンなドタバタでは充分に持ち味が発揮できないという意見で、『ラブソングができるまで』はその点でもイマイチだったが、本作はちゃんとツボを押さえている。才能に関するキースとホリーの議論や、キースと生徒たちの脚本作りに関する会話など、結構ニヤニヤできる。家族の話をすると必ず涙ぐんでしまう学科長もいいし、バーミツバ(ユダヤ教の成人式の儀式兼パーティー)のシナリオを書いている女性徒のとぼけっぷりもおかしい。

 そしてもちろん、ヒロインのホリー(マリサ・トメイ)がいい。若くはないがとてもキュートだ。シングルマザーでいくつも仕事を掛け持ちし、さらにシナリオを学ぼうとしている前向き&プラス思考の女性で、皮肉屋のキースとは最初ウマが合わないが、その明るさが次第に彼を変えていく。というのも完全にお約束だが、実はホリーが過去に苦い挫折を経験していることが後で(さりげなく)分かるなど、話を小出しにするやり方がうまい。この小出しテクニックはキースの息子のことや、キースが離婚した理由など、色々なところで応用されて着実に効果を上げている。
 
 あえてマイナス・ポイントをあげれば、ロマンティック度はさほど高くない。キースとホリーの感情表現は控えめで、むしろ抑制されているが、この年頃の男女ならあまり甘ったるくせずこれぐらいがちょうどいいだろう。またヒュー・グラントはインタビューで、この映画はロマコメというより人生を見つめなおす男の物語だと発言しているそうだが、確かにその通りで、だからロマコメと称するのはあまりふさわしくない映画かも知れない。一人の男が自分の人生を見つめ直す物語の一つの要素として、大人の恋愛もある、というイメージだ。

 まとめると、全体にわりと落ち着いた、「コミカル」と「しみじみ」と「マニアック」が同居したおヒュー映画となっている。私は好きだが、もちろん、ヒュー・グラントが苦手な人にはおススメしません。



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