アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

毒猿―新宿鮫〈2〉

2011-10-05 21:34:08 | 
『毒猿―新宿鮫〈2〉』 大沢在昌   ☆☆☆☆☆

 新宿鮫の第二弾、『毒猿』を再読。傑作である。エンタメの王道ど真ん中ストライクでしょう。

 解説によれば、作者の大沢在昌は本書を書く際『エイリアン2』を意識したという。どういうことかというと、大ヒット作『エイリアン』のパート2を撮るにあたって制作陣は同じフォーマットをなぞらなかった。発想の転換をした。つまり閉ざされた空間の中でモンスターに襲われるというホラー・フォーマットから離れ、「今度は戦争だ」という謳い文句で大量のエイリアンを登場させ、SFアクション・アドベンチャーをやった。これと同じように、新宿鮫シリーズも一作目がヒットしたからといって同じフォーマットを踏襲せず、新しい切り口を狙ったということだ。結果は大成功で、この『毒猿』は前作とは異なる魅力に溢れた、派手でスリリングなアクションものとなった。しかもジャン・レノの『レオン』やマンシェットのノワール小説にも比肩できる、素晴らしくクールな「殺し屋小説」となったのである。

 凄腕の殺し屋がいた。裏切られ、自分の女を殺された。殺し屋は地下に潜った。そして、たった一人で凄絶な復讐を開始した。殺し屋の名は「毒猿」(ドゥユアン)、本書の主人公にして史上最強のヒットマンである……え、違う? だってこれ、主人公は毒猿でしょ?

 といいたくなるくらい、毒猿が魅力的だ。彼は台湾人で、それまで自分が仕えていた台湾ヤクザのボスに裏切られる。ボスは毒猿から逃げて日本に渡り、新宿のヤクザのもとへ身を寄せる。毒猿は彼を追って日本へやってくる。そしてそのスキルを駆使して、きわめて能率的に「狩り」を始める。目の前に立ちふさがるものすべてを冷酷に殺戮しながら。そしてもちろん、新宿には我らが鮫島警部がいるのだった。

 ストーリーはある意味ベタな、ど真ん中直球勝負である。クールな殺し屋とその復讐。ハリウッド映画的と言ってもいい。しかしそこに「新宿鮫」特有の緻密なリアリズムが注入されることによって、リアルな警察小説と劇画的荒唐無稽のいいとこ取りしたような、一粒で二度おいしい小説が誕生した。アクションものといってもハリウッド式の安直さとは無縁だ。たとえば本書の終盤、ヤクザに銃を連射された鮫島は体が動かなくなり、死を覚悟する。ヒーローが派手なドンパチの中でも平然としているような雑駁さはない。

 そして、そのリアリズムでもって描かれる毒猿の驚異的な戦闘能力がたまらなくクールである。軍隊のフログメン出身で水中戦に熟達し、テコンドーの達人であり、ナイフにも優れ、あらゆる爆発物を手足のごとくに操り、ブービートラップのエキスパートでもある。そして戦闘時にはウージーのサブマシンガンを愛用する。リアリティを持ちながらスーパーな殺し屋、毒猿。その作り込みの丁寧さと緻密さは『レオン』の比ではない。本書中、毒猿がヤクザの隠れ家であるマンションをたった一人で襲撃する場面があるが、ものすごい迫力だ。 

 毒猿から逃げ回っているヤクザのボスは、毒猿に追われる羽目になったことを悔やみ続ける。毒猿の恐ろしさを一番良く知っているからだ。日本のヤクザたちは組織力に優れるがゆえに戦闘を甘く見る傾向があり、かつ毒猿の超人的能力を知らない。後半、毒猿との戦闘に出向く場面で日本のヤクザは言う。「(兵隊が)20人がとこ来ます」ところが台湾ヤクザのボスは思う。毒猿相手に、たった20人か。

 また本書で肝心なのは、毒猿vs鮫島という構図になっていないことである。これがまたクレバーなのだが、物語は毒猿をめぐる三人の中国人によって織り成される。すなわち、毒猿に追われるヤクザのボス、毒猿を追って日本にやってくる台湾の刑事、そして毒猿を愛して手助けをする水商売の女。鮫島は毒猿を追う台湾の刑事、郭のサポート役となって物語に絡む。舞台の前面から一歩引いた形だ。これがいいのである。終盤でボディブローのように利いてくる。

 つまり台湾の刑事・郭は、毒猿が自分の、かつての軍隊時代の友人だと見当をつけている。そして毒猿を捕らえるのは自分の使命だと思っている。もちろん、彼の心の中には毒猿を憎みきれない複雑な感情がある。そして途中まで郭のサポート役だった鮫島が、ある事情からその思いを引き継ぐのである。毒猿と郭の思い、そしてそれを手渡された異国の刑事・鮫島の思い。それらが交錯する劇的なクライマックスは、とても涙なしには読めない。

 クールな殺し屋が活躍するフィクションというと、映画では『レオン』や『ラ・ファム・ニキータ』、トム・クルーズの『コラテラル』、小説では『踏み外し』やマンシェットの『眠りなき狙撃者』、漫画ではもちろん『ゴルゴ13』や『クライング・フリーマン』など色々あるが、本書に登場する若いチャイニーズの殺し屋・毒猿は、これらの錚々たる殺し屋たちの中でもひときわ忘れがたいキャラクターである。

 その毒猿と鮫島、そして個性豊かなサブキャラたちを贅沢に配した本書は、リーダビリティと興奮度、かっこよさ、そして泣きとすべての要素がバランス良く揃い、総合力では今のところ「新宿鮫」シリーズの最高傑作と言っても決して言い過ぎではないだろう。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿