アブソリュート・エゴ・レビュー

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白い恐怖

2009-05-15 20:44:56 | 映画
『白い恐怖』 アルフレッド・ヒッチコック監督   ☆☆★

 DVDで再見。といってもどんな話だったかほとんど覚えていなかった。美術にダリの意匠が使われているのをかすかに記憶していた程度だ。イングリッド・バーグマンとグレゴリー・ぺックという大スターの共演だが、ヒッチコックにしてはかなり物足りない映画である。サイコ・サスペンスの巨匠ヒッチコックが精神分析をテーマにしたら傑作ができそうなものだが、あまりにいかにもなテーマというのは意外と難しいのかも知れない。

 グレゴリー・ぺックは記憶喪失で、白いものを恐怖し、殺人容疑で追われる男。精神分析医のバーグマンは彼の無実を信じて助けようとする。というわけでぺックは白いもの+縞模様を見たり、記憶が戻りそうになるとパニックを起こしたり恐怖に我を忘れたりするが、それを観ている私たちは別に恐くもなんともない。単なる傍観者である。過去に何があったのかさっぱり分からないので、恐がりようがないのだ。記憶喪失になって記憶が戻りそうになった経験のある人なら「あるある」と思うのかも知れないが、そういう人はあんまり多くはないだろう。たとえば『鳥』では鳥が襲ってくる場面は誰でも恐いし、『めまい』の高いところから落ちる場面も誰でも恐いに違いない。だから主人公と一緒になって恐がれるのだが、この映画ではそれができない。せいぜい、警官に捕まるんじゃないかとハラハラするぐらいだ。

 またぺックは殺人犯かも知れず、おまけに時々行動がおかしくなるという演出がなされているが、これも記憶喪失の原因や事件の詳細が全然分からないので大して盛り上がらない。殺人犯かも知れないと言っても被害者は行方不明になっただけで、死体さえ出ていないのである。たとえば死体があり、血まみれの現場を観客に見せ、犯行にカミソリが使われていた、というような伏線があれば、ぺックがおかしくなってカミソリを持ち出すシーンはもっと恐くなったと思うが、そういう伏線が皆無であるためにサスペンスが茫洋としているのである。つまり観客をサスペンスに導くための布石がきちんと打たれていない。そうしたテクニックでは『断崖』の方がはるかに優れていると思う。

 サスペンスが駄目なら記憶喪失のミステリーで魅せるかというとそうでもない。謎解きというほどのものはなく、夢の解釈が出てくる程度だ。最後に明らかになる事件の真相もわりと小粒である。

 というわけで、本作の見所はモノクロ画面に映えるバーグマンの美しさに尽きると思う。これぞ美貌、美貌とはこれ。一方のグレゴリー・ペックはもうちょっと歳とってからの方がかっこいいな。


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