アブソリュート・エゴ・レビュー

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めまい

2007-12-01 00:33:23 | 映画
『めまい』 アルフレッド・ヒチコック監督   ☆☆☆☆★

 ヒッチコックの傑作を再見。ずいぶんと昔に一度観ただけだったが、今回観返してかなり面白かった。

 まず、カラーの映像が美しい。いまどきの映画のクリアな美しさではなく、どこか粒子が荒いような、レトロで、夢幻的な美しさだ。それが映画全体の退廃的かつオカルティックなムードにぴったりマッチしている。リアリズムというより幻想的だ。冒頭の警官の墜落死のシーンから、濃厚に悪夢的雰囲気が漂っている。

 しかしなんと言ってもこの映画はプロットがユニークである。一度死なせた女をもう一度死なせてしまう、という話なのである。しかも、まったく同じ方法で。原作の『めまい』も独特のムードを持ったオカルティックなスリラーだが、女の死に方が一度目と二度目では違う。しかし映画ではまったく同じにしてあって、これは非常に重要な変更である。これによって映画はますますリアリズムから離れて悪夢的になり、プロットのユニークさも際立つ。大体物語の大枠というのはパターンがあって、たとえば若者が試練を乗り越えて悪者を討ち女性の愛を得る、とか、事件に巻き込まれた男の身に次々と災難が降りかかる、とか、愛し合う二人が結ばれないとか悪者の犯罪を正義の味方が阻止するとか、なんらかのパターンに当てはまるものがほとんどだ。ハリウッドのアクション映画、サスペンス映画、ホラー映画、など見ると同じパターンの焼き直しみたいな映画ばかりである。ところがこの映画はそういうパターンに全然当てはまらない。主人公は女と知り合い、恋に落ちる、女は墜落死する。その後似た女(実は本人)を発見し、死んだ女そっくりにさせる。すると女はまた墜落死する。なんじゃそら。

 こんな話が他にあるだろうか。私は知らない。同じパターンで物語を作ろうにも、あまりにユニークなために明らかなパクリになってしまうだろう。使い回しがきかない、突出したプロットなのである。明らかに異様だ。

 原作からのもう一つの重要な変更はもちろん、死んだマデリーンそっくりな女ジュディの正体が途中でバレることである。原作ではこれが本人なのか、他人なのか最後まで分からない、というミステリで引っ張っていく。つまりスコッティ側の視点である。しかし映画ではマデリーン本人であることがすぐにバラされ、友人の企みであったことも分かる。そしてそこから物語はスコッティ視点でなくジュディ視点になる。これによってミステリ色は後退するが、その代わりに死んだ女に執着する男=スコッティの異常性、そして他の女としてしか愛されない女=ジュディの悲哀、がクローズアップされていく。

 しかも、他の女としてしか愛されない他の女というのは実は自分なのである。偏執狂的というか、悪夢的、迷宮的なこの映画にふさわしい倒錯だ。この映画にはこういう似ているが微妙に異なる倒錯的モチーフが色々と盛り込まれている。死人の憑依、他の人間へのなりかわり、演じた女と同じ運命をたどる女、などなど。こうして独特の異常な物語が成立する。特に他の人間へのなりかわり、というテーマは自分の女を他の女に変えようとする欲望、他の女に変えられる女の哀しさ、など色んな側面から追求される。抵抗していたジュディがついにマデリーンそのままの姿となって現れるシーンは戦慄的である。

 あまり目立たないが、愛されるために他の誰かになりかわろうとする欲望、もちゃんと登場する。スコッティの元婚約者である。彼女はスコッティが古い肖像画に興味を持っているのを知り、その肖像画の顔を自分に変えた絵を描いてスコッティーに見せる。この映画のオブセッションは徹底している。

 普通に考えると、後半ではスコッティが騙されたことが分かり、騙した友人に対する仕返しが行われることになりそうだ。そして騙しに加担したがスコッティを愛してしまったジュディは最後には逮捕されるか、でなければスコッティと別れていずこともなく去っていく。ところがこの映画はそうならない。最大のヒールであるはずの騙した張本人はそのまま放置され、忘れられてしまう。残りの物語はスコッティとジュディだけで展開する。もう犯罪はどうでも良くなり、映画はひたすらオブセッションを追求する。スコッティの行動は狂気を帯び、クライマックスではスコッティがジュディを塔の上から突き落とすのでは、とさえ思わせる。

 マデリーン、そしてジュディが墜落するスペイン風寺院の塔の映像は妙に頭に焼きつく。昔の特撮なので実写と絵を合成してあるが、この明るいけれどもどこか不気味な塔のたたずまいには得体の知れない恐さがある。夢に出てきそうだ。そういう意味では、この映画の美しいカラー映像はどこか『カリガリ博士』のような不気味な表現主義を感じさせる。

 こういうすべての悪夢的要素が、スコッティの高所恐怖症によるめまいに重ね合わされ、オーディエンスの潜在意識を刺激する。あの遠近感が急激に増幅するようなめまいショットのインパクトは強烈で、一度見たら忘れられなくなる。ヒッチコックの映画としては異色だが、無意識に食い込んでくるような呪縛力を持った傑作だと思う。
 


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