崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

「建前と本音」再考

2013年10月05日 03時49分30秒 | エッセイ

 日本では「建前と本音」が一般化されており、嘘をついても「建前」を持って弁明する人が多い。本音は隠されるもの、プライバシーなどの名目で事実、真実を隠し、否人間の存在さえ隠そうとするような極端な風潮がある。出生届、死亡届も出さなくても良いのかと皮肉を言いたいほど存在感を持ちたがらない人がいる。生まれて生きることに感謝し、堂々と存在感を見せるべきであろう。9月24日下関の名士の一人の林三雄氏が91歳で亡くなられたとお聞きした。遅ればせながらご冥福をお祈りする。存在感のある人がただ静かに世を去ったのである。
 日本では事前にいろいろな打ち合わせ会が行なわれている。最近私は忙しく演壇に立ってから考えることさえある。打ち合わせなしで行事を行う場合もある。若い時鏡の前で練習したり暗記したりしていた時とはあまりにも変わり、反省している。時々打ち合わせ会に参加して感じることが一つある。会議は内緒であり、それが公開するものとは異なることもある。特に失敗したことの事後処理のために議論する時、弁明や嘘をわざわざ作りだすように話が流れることがある。その時私は一喝、「嘘を作ってはいけない」と言ったことがある。打ち合わせ会は謀議、秘密会議、作戦会議、対策会議など多様ではあるが、基本的には純粋な「準備会」「反省会」であってほしい。
 続報、98歳の小山正夫氏が日中戦争を証言してくださり、ドキュメンタリー映画を作ることができて彼に感謝している。この証言は私の文化人類学研究の現地調査から出来上がったものである。証言を視て建前と本音を検証する時間になってほしい。試写会に来られた竹下一氏が「長周新聞」(2013.10.4)に映画の真意を分かりやすく報道してくださった。